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それはぼくの目から溢れ始めた涙の粒だった。その自然に流れ落ちた自分の大粒の涙を見て、ぼくはとても驚いた。
ぼくは自分が涙を流していることが、なんだかとても嬉しくて、泣いているのに、にっこりと口角を上げて、声を出さずに笑ってしまった。こんなに自然に涙が流れることは本当に久しぶりのことだった。猫になってよかった、とぼくはこのとき初めて思った。人間のときはずっと泣けなかったのに、猫になったら、泣くことができた。
ぼくは風の小さな胸の上にうずくまると、そこで体を丸くしてそっとその二つの瞳を閉じた。
真っ暗闇の中でぼくはとくん、とくん、と小さな音を立てている風の心臓の音だけに、その意識を集中していた。いつの間にかそれ以外の音はなにも聞こえなくなっていた。
ぼくの中にあるものは風の心臓の音が奏でるとても優しい、ゆったりとした音楽だけだった。ぼくはずっとその音楽を聞いていたいと思った。だからぼくはずっと、ずっと、その風の小さな心臓の音だけに自分の意識を傾けていた。
それから少しの間、(あるいは、もしかしたらずいぶんと長い時間が経過していたのかもしれない)時間が流れた。
すると、しばらくして、ぎー、という音が、やけにはっきりとぼくの耳に聞こえた。
それは風の病室のドアが開いた音だった。
その音を聞いてぼくはそっと目を開けて、開いたドアのほうに瞳を向けた。
するとそこには『ぼくそっくりの、一匹の緑色の瞳をした黒い毛並みの子猫』がいた。




