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いただきます、をして朝ごはんを食べていると、途中でとんとんとドアがノックされた。病室の中に入ってきたのは冬子さんだった。その看護婦さんが冬子さんであることが、秋子さんのときと同じように、なんとなくぼくには理解することができた。
風と冬子さんが挨拶をして、その看護婦さんがやっぱり冬子さんであることがわかった。二人の見分けがつくようになったことはぼくの思い違いではなかった。秋子さんと冬子さんの判断ができるようになって、ぼくはなぜかすごく嬉しかった。
冬子さんは手に錠剤の入った瓶を持っていた。これが特別なお薬というやつなのだろう。風は「ありがとうございます」と言っていたが、その表情は少しこわばっていた。冬子さんは「いつものお薬は今日は飲まなくていいからね」と言い、それからその特別なお薬の服用の仕方や使用量などを風に説明してから、やはり笑顔で病室をあとにした。
ごちそうさまをしたあと、風は冬子さんの説明の通りにその薬を服用した。瓶から取り出した赤い錠剤を風は口の中に放り込み、ぽりぽりと音を立ててそれを口の中で噛み砕いた。(薬を噛むのはどうやら風の変な癖のようだった)風はとても嫌そうな顔をしていた。水を飲み、一息つくと、風はぼくに「やっぱりこれ、嫌い」と言って、大きく舌を出して見せた。風のピンク色の舌は、ほんのりと赤い色に染まっていた。それはまるで夏の蒸し暑いお祭りの夜の日に、神社の屋台で買った赤い色のシロップのかかったかき氷(きっと、いちご味か、りんご味だろう)を食べたあとのような舌の色だった。ぼくはメロン味のかき氷が好きだから、その場所にもしぼくがいたとしたら、きっとぼくの舌は緑色に染まっていただろう、とそんなことを考えていると、ぼくの三角形の形をした耳には、どこか遠いところから、懐かしい夏の日の夜の祭り囃子の音が聞こえてくるような気がした。
風は丁寧な歯磨きをしたあとで曇った鏡の前に立つと、そこで大きな、いー、をした。歯磨きは完璧だったようで、鏡の中で風は満足そうな顔をする。




