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「宇宙は好き?」
「好き」
「宇宙のどこが好き?」
「綺麗なところ」
「きみは優しいね」
「優しくないよ」とぼくは言った。
「全然、ちっとも優しくない」とぼくは言った。
声は足を組み、その膝の上に両手を乗せてから、横目でぼくの顔を見た。それがぼくには声の姿を見ることもなくわかった。ぼくは宇宙から視線を移して、声の顔に目を向けた。
「ずっとさ、こういう時間が続けばいいよね」
「うん」
ぼくは声の言う通りだと思った。ずっとこの時間が続けばいいと思った。だけど、ずっとは続かないということも知っていた。夜は明けるのだ。どんなに美しい夜でも、必ず夜は終わってしまう。どんなに美しい夜にも、夜明けが訪れてしまうのだ。太陽が顔を出せは、夜はあっという間に消えてしまう。それに抗うすべはない。
「ねえ、あそこを見て」
ぼくは声の指差す方向に目を向けた。それは遠い遠い宇宙の果てだった。そこにはきらきらと輝く一筋の白い光の線があった。それはどうやら宇宙を漂う一つの彗星のようだった。
「あれの名前、知ってる?」
「知らない」
「あれはね、『サイレント彗星』っていうんだよ」
「サイレント彗星?」
「そう、サイレント彗星。質量を持たない不思議な彗星。ずっと、ずっと誰にも見つかることもなく宇宙を漂い続けている孤独な彗星の名前。それがサイレント彗星なんだ」と声は言った。
「サイレント彗星」とぼくは呟いた。
ぼくはサイレント彗星を見つめた。彗星は星々の中で、ひときわ大きく輝いて見えた。それは、とても綺麗な彗星だった。あんな彗星の存在を誰も気がつかないなんてことがあるのだろうか? とぼくは疑問に思った。
「でも、今きみが見つけた。だからあの彗星は、もう『サイレント彗星』じゃないんだ」
「え?」
その言葉を聞いてぼくは声のほうに目を向けた。でも、もうそこに声の姿はなくなっていた。声はいつの間にかぼくのそばから消えてしまっていたのだ。ぼくは、……ぼくのそばから声がいなくなってしまったことを悲しいと思った。
声がいなくなって、宇宙には彗星が、そして地上にはぼく一人が残された。




