270 きみ(兎)を追いかけて
生きている骨
ふふ。なに。怖がることはないよ。確かに本当なら骨はしゃべったりはしない。だから驚いたり、怖がったりすることはわかる。でも、そんなこと、すぐになれる。安心していいんだよ。なにもきみのことを恨んでいるとか、呪い殺そうとか、ぼくは思っているわけじゃないからね。
と、けたけたと笑って、頭蓋骨の骨は言った。
きみ(兎)を追いかけて
「ぼくは世界を旅して、遠いところにある、街や、異国の世界や、まだ誰も足を踏み入れたことのない秘境の地や、そこにある風景を記録して、冒険の記憶として、本にして残していくという仕事をしているんだ」とぼくは言った。
「世界を旅するの?」とファニーファニーは言った。
「うん。遠くまで旅をして、絵と文字で記録を残す。そして、その風景をみんなに伝えるんだよ。そう言うギルドのお仕事の集まりがあるんだ。まあ、ぼくはまだまだ入りたての初心者冒険者のたまごなんだけどね」とぼくは言った。
「楽しそうだね」とファニーファニーは言った。
「でもぼくが一緒にいると、君に迷惑がかかってしまうかもしれないよ。旅のお供というよりも、お荷物になってしまうかもしれない。それでもいいの?」と、ちょっとだけ、下を向いて、地面を見ながらファニーファニーは言った。
「いいよ。友達だからね」とにっこりと笑ってぼくは言った。
すると、「まあ、そう言うことだったら、もう少しだけ君についていってあげるよ。たまたまなんの予定もないし、ぼくたちは友達だからね」
と言って、恥ずかしそうにしながら、仕方がないな、と言ったような雰囲気で、すごく嬉しそうにしながら、ファニーファニーは言った。
それでぼくたちの未来は決まった。
ぼくたちは大きな街に住んでいるみんなにばれないように気をつけながら、門をくぐって少しの間、お世話になった(ぼくが病気になってしまったから、日にちも使ったお金も予定よりも多くなってしまった)大きな街の外に出た。
ファニーファニーの言う通りに、そんなに楽で甘い旅にはならないだろう。
もしかしたらもうすでにぼくたちが気がつかないところで、ファニーファニーに気がついている誰かがいて、ひっそりとぼくたちのあとをつけているのかもしれない。追ってがやってくるかもしれないし、今のところ誰にも見つかっていなかったとしても、この先の旅のどこかで見つかってしまうかもしれない。
そんな大変な旅だった。
だけど、とても楽しい旅だった。
だってぼくはひとりぼっちじゃない。
今は友達のファニーファニーが一緒にいてくれるからだった。
「君に会えてよかったよ。ぼくは本当に幸運な兎だね」とファニーファニーはぼくを見て、にっこりと笑ってそう言った。
そんなファニーファニーの言葉を聞いて、こっちこそ。幻の種族、白い月兎と出会えて、一緒に旅ができて、冒険者として、あるいは一人の人間として、本当にとても幸運なことだとぼくは思った。(調子に乗ってしまうから、声に出しては言わなかったけど)
ある日の夜。
ぼくは夢を見た。
その夢の中で、ぼくはぼくの護身用のナイフでファニーファニーの胸をしっかりと刺していた。
ファニーファニーの小さな膨らみかけの胸からは、真っ赤な血が流れている。どくどくと。とてもたくさん。流れていた。
「大丈夫。よく頑張ったね」とファニーファニーは震える声で言った。
「おめでとう。これで、みんなが救われるよ。みんなが幸せになれる。君はとても正しいことをしたんだ。だから、そんな顔をしなくてもいいんだよ」と優しい声でファニーファニーはぼくに言った。
ぼくは怖くなってナイフから手を離すと、(どろっとした赤い血がべったりとくっついていた。きっともう二度と、とれることはないのだろう)意識を失って倒れたファニーファニーを助けるためになにかをしようとした。
自分でファニーファニーを刺したのに。
自分でファニーファニーを助けようとしたのだ。
でも、なにもできなかった。
ファニーファニーは、幻の種族、白い月兎のぼくの友達の女の子は、そのままその真っ暗な闇の中で、倒れて、息を引き取って、死んでしまった。
ぼくはなにも考えることができなくなって、そして、ぼくは、……。
ぼくはファニーファニーの小さな胸に刺さったままのナイフを手に取って、それを引き抜いて、(血がどばっと吹き出した)その血まみれのナイフでぼく自身を刺そうとした。
でもその瞬間、だめだよ、と声が聞こえた。
その声は、……、死んでしまったはずの、ぼくが殺してしまったはずの、ファニーファニーの優しい声だった。
その声を聞いて、ぼくは自分を刺すことを、やめた。
ぼくは夢から目覚めた。(きっと、ひとりぼっちで)
ねえ、お願い。ちゃんと抱きしめてよ。
幻の種族と呼ばれる白い月兎の少女、ファニーファニーは美しい庭で優しく微笑みながら、ぼくに告げる。君の小さな命には生まれた意味があるんだよって。 終わり