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「君になら殺されてもいいかなって、そう思ったんだよ。ぼくはね」と反省している顔をして、ファニーファニーはぼくに言った。
「ぼくは今まで、自分の手で、動物を捕まえて、動物を殺して、その肉を食べてきたことはある。旅の途中で何度もそんなことをしてきた。もちろん。生きていくために。お腹が空いて、食べるためにそうしてきたんだ。でも、人間を殺したことはないよ。白い月兎だけじゃない。ほかの種族のみんなの命を奪ったことも、奪おうとしたこともない。傷つけたことも、傷つけようと思ったこともない。一度もないし、これからも絶対にない」と涙目のままでぼくは言った。
「うん。わかっている。君は本当に優しいからね」とファニーファニーは言った。
(ファニーファニーの白い月兎の耳にはたくさんの声が聞こえるらしい。
「声を聞くんだよ。こんな風に、耳をすませてね」と言ってファニーファニーは自分の白い月兎の耳に手のひらをあてて、そっと目を閉じた。
「そうするとね、聞こえてくるだ。たくさんの声が。いろんな、いろんな声がね」と目を閉じたままで、その長い兎の耳をぴくぴくと動かして、ぼくの耳には聞こえないたくさんの声を聞きながら、ファニーファニーは言った。
そんな風にして、ファニーファニーはぼくに声の聞きかたを教えてくれた。ぼくの声も、「ちゃんと聞こえているよ」とファニーファニーは言った)
ファニーファニーに、そんなことを言いながら、ぼくはどこで命を奪う動物とそうではない種族との違いを感じているのだろう? と思った。(だけどその疑問には答えが出なかった)
「ぼくと君が出会ったのはどうしてなのかな? それはただの偶然なのかな? もしかしたらなにかの意味があることなのかもしれないよ。人間の国で流行りの伝染病がたくさんの人間たちの命を毎日、毎日奪っている。そんなときに、ふと、森の中でぼくたちは出会った。そして友達なった。そのことにはもしかしたら、とても深い、ぼくや君ではわからない、大きな意味や物語があるのかもしれないよ」とファニーファニーは言った。
「……、運命のように?」と涙を手のひらで拭きながら、ぼくは言った。
「そうだね。運命のように。ぼくと君が出会ったのは運命だったのかもしれない。たくさんの人間の命を救うための運命。うん。そうなのかもしれないね」とふふっと笑ってファニーファニーは言った。
「そんなに大きなことは、ぼくにはわからないよ。ぼくにわかることは、ぼくにはファニーファニーを殺すことなんて、できないってことだけだよ。だって、ぼくはファニーファニーに、生きていてほしいと思っているんだから。ぼくたちは友達だから。だから、もうやめよう。このお話はね」とにっこりと笑って、赤い目のままで、ぼくは言った。
「うん。わかった!」とファニーファニーは子供みたいな声で言った。(嬉しかったのか、ファニーファニーの兎の耳はぴょこぴょこと動いていた)