26
ぼくはなんだかとても嫌な感じがした。ぼくは下の階段を選んだことを、このとき少し後悔していた。いや、上の階段を選んだとしても、結果は同じだったかもしれない。そもそもぼくはこの真夜中のお散歩にあまりいい感情を抱いてはいなかった。最初は確かに少しわくわくしたけど、先に進むにつれて、どこか『本当は行ってはいけない場所に、今から自分たちが行こうとしているのではないか?』 ……、という薄気味悪い気持ちを強く感じるようになった。今からでも病室に戻りたいくらいだった。
しかし風は足を止めずに、そしてぼくの心配事とは裏腹に何事もなく一階まで移動した。風の顔はずっと楽しさに満ちていた。ぼくの感じているこの嫌な感じを風は感じていないようだった。
一階にたどりつくと(風が一階と言ったのだから、ここは一階なのだろう)、そこには大きめの空間が広がっていた。そこはどうやら病院の玄関と受付を兼ねた空間のようだった。周囲は薄暗いままで、さっきまでいた病院の二階と闇の風景は変わらなかったが、遠くになにやら白い色が見えている場所が存在していた。それはどうやら窓のある場所のようで、見えている白い色は外に降る雪の色だった。
風は先ほどまで以上に周囲をきょろきょろと見渡しながら慎重に、なるべく音を立てないようにゆっくりと行動するようになった。一階に降りても風が歩くたびに、ぎい……、ぎい……という音がした。
風はゆっくりとだけど、確実に闇の中に向かって歩いて行った。
階段のすぐ近くには、こぢんまりとした古びた病院の待合室があった。受付の横には観葉植物が一つ置いてあった。その隣には黒い電話があった。待合室の床には、誰も座っていない椅子がいくつか並んで置かれていた。視線を動かして玄関のほうを見ると、そこには暗い夜の闇があるだけで、その先に白い色は見えなかった。どうやら病院の玄関は病院の窓とは違って、『夜の時間には硬く、完全に閉ざされている』ようだった。
ぼくは闇の中にぼんやりと見えるそれらの風景を観察することで、自分の意識を闇から遠ざけようとした。しかし、それはあまり意味のない行動だった。風が移動を続けると、それらの風景もすぐに見えなくなった。




