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次の日、三久は音楽部の顧問の並木先生に、音楽室で進路のことを報告した。
並木先生は三久の決めた進路の選択をとても喜んでくれた。
並木先生はどうやら、三久に少しくらいは音楽の才能がある、と思ってくれているようだった。それに、それだけではなくて、いろんな悩みを吹っ切ったような(悩み自体がなくなったわけじゃないのだけれど)三久の顔を見て、すごく安心したような表情をしていた。
その顔はなんだかどこか、三雲鞠の三久を見る顔にちょっとだけ似ていた。どうやら私は、いつの間にかすごくいろんな人に心配をかけていたみたいだ、と並木先生の顔を見て、(それから両親の顔を思い出して)三久は思い、すごく反省した。
「ありがとうございました」
三久はそう言って、並木先生の前をあとにした。
私は東京に行く。そして音楽の道に進むんだ。……と、そうすると決めた以上、自分を応援してくれる(先生だけではなくて)いろんな人たちの期待に必ず答えなければならないと三久はこのとき、心に決めた。
(随分と悩んで、進路のことで両親や先生たちに迷惑をかけてしまったこともあるし、……)
「よし!」
鞠は気合を入れて、誰もいない学校の廊下のところでそう言った。
夏の終わりごろ。
森家で一匹の子猫を飼うことになった。(親戚の家で猫が生まれたという話だった)
とても可愛らしい黒猫の子猫だった。
その子猫は、どことなく鞠に似ているように見えた。
三久はその黒猫の子猫に『手毬』と言う名前をつけた。(鞠にはないしょで。こっそりと)
「よろしくね、手毬」
三久がそう言うと、手毬は「にゃー」と嬉しそうな声で三久に返事を返した。
「お前は可愛いね」と三久は言った。
三久は手毬のことをきっと神様がおくってくれた、自分と鞠の二人の縁結びの猫だと思った。
秋の深まったころに、西中学校から少し歩いたところに、西中学校の生徒たちがよく立ち寄る古い駄菓子屋さんがあったので、そこに二人で寄ることにした。
駄菓子屋さんに着くと、そこに西中学校の生徒は、誰もいなかった。(それはすごく珍しいことだった)
そんな駄菓子屋さんの店内を見て、「貸切ですね」と嬉しそうな声で鞠が言った。
三久は駄菓子屋さんの中で、二人でソーダを飲みながら、(先輩だから奢ってあげた)鞠と一緒に、……、いろんな、いろんなお話をした。
鞠はいつも、三久の隣で明るい顔で、笑ってくれた。