表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
213/400

213

「おとうーさん。おかーさん」そう言って、一人娘の梅がにっこりと笑って、アトリエの近くにある渓流のところで一生懸命遊んでいる梅の絵を河原で描いている笹と、梅と一緒に川遊びをしている松に大きく手を振った。

 そんな梅のことを見て、梅に手をゆっくりと振り返しながら、笹は自分は本当に幸せだと思った。

 松も梅の横で、梅と一緒に遊びながら、本当に幸せそうに笑っていた。

 それからふと梅と川遊びをしていた松が笹に目を向けた。

 そして、笹と目と目が合うと、松は本当に輝くような笑顔でにっこりと笑ってくれた。

 その松の笑顔を、もう二度と手放さないと笹は心に誓っていた。

 ……、今から、五年前。

 松に一度、別れようかと言われたとき、笹は自分が悪かったと松に謝った。自分にもう一度だけチャンスが欲しいといった。松ともう一度、やり直すチャンスが欲しいと言ったのだった。でも、松は笹のことをすぐには許してくれなかった。だけど、一度だけ、笹の言葉を聞いてくれて、笹にチャンスをくれた。松はそれから、もう一度、少し間を開けてから、笹と会う約束をして、アトリエを出て実家に戻ることにした。

 その間、一人になった笹はもう一度、松との結婚生活のことを思い出して、自分になにが足りなかったのか。なにを忘れてしまったのか。それを真剣に考えることになった。

 それが結婚六年目のことだった。

 そのとき二人はお互いに二十六歳になっていて、一人娘の梅も生まれていなくて、まだ子供はいなかった。

 それから松と別れて、一人になった笹はしんとしている静かなアトリエの中で、じっと松 まつの絵を見ていた。それは高校生のときに描いた松の絵だった。(笹の一番、大切にしている絵だった)

 絵の中で高校生の松はとても幸せそうに笑っている。本当に美しい笑顔だった。笹は松が実家に戻るときに、松にこの松 まつの絵をもらってほしいといったのだけど、(もしかしたら、最後になってしまうかもしれないから)松は「ううん。いらない」とにっこりと笑って、笹に言った。だからこの絵は今も笹のところにあった。

 絵だけを残して、松は笹のところからいなくなってしまった。

 笹は大好きな松を一度、失ってしまったのだ。

 どうしてだろう?

 どこで間違ったのだろう?

 どこで失敗をしてしまったのだろう?

 ……、といくら考えても、わからなかった。

 わかっていることは、笹と松の間には、もう愛はなくなりつつあるということだけだった。

 それから笹はじっとアトリエの椅子に座って、高校生のころに初めて松と出会ったときのことを、ゆっくりと記憶をたどるようにして思い出し始めた。

 季節は春で、窓の外ではあのころと同じようにたくさんの桜が咲いていて、きらきらと輝く日の光りの中で、数えきれないくらいの桜の花びらが舞っていたから、あのころのことを思い出すにはちょうどいいな、とそんな風景を見て笹は思った。

 そうして笹はゆっくりと十六歳の自分に少しづつその意識をうつしていった。

 ……、二人の間にある愛を、二人が歩いてきた道のりを、ゆっくりと、出会ったときからもう一度、思い出すために。


(松 まつの絵は今も大切にして、笹のアトリエの中に飾ってあった。松は恥ずかしいからと嫌がったけど、梅はとても喜んでくれた)


 ねえ、覚えてる? それとも、もう忘れちゃったかな?


 愛ってなんだろう? 終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ