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それは都に住まう天子様からのお仕事だった。天子様の住んでいる御殿の門を守護するための御神像を二体、(左右の像だ)彫ってほしいと依頼がきたのだ。
成功すれば聖の名前は天子様の書物の中に記録されて、歴史に残ることになるだろう。それだけではなくて、その名前は国中に響き、伝わっていくはずだ。でも、失敗すれば、おそらくは生きてはいられないだろう。よくて都の追放。それも、ただの追放ではなくて、目をつぶされるとか、両手を切られてるとか、そういった罰をうけてからのことになるだろう。もしそうなったら、(自分は自分の夢のために生きているのだからしょうがないとしても)幼い子供の、まだ一人では生きていくことができない白鹿の姫はどうなるのだろうか、とそんなことを聖は思った。
わたしにはまだ神様が見えていない。きっと天子様のご依頼されている御神像のお仕事は失敗になるだろう。でも、天子様のご依頼を断ることなどできるはずもない。
聖はご依頼を受けて、天子様の御殿にやってきた。彫刻のために用意されていた巨木を見て、聖はなんて立派な木なのだろう。と思った。(切られているというのに、まだ大地に根を張ったままでいるかのように、まるで湯気のように大きな自然の気のようなものが沸き立っているかのようだった)まさに神木だと思った。その巨大な二つの切られた大木の幹を見ながら、聖は仕事にとりかかった。おそらくは自分の生涯最後となる彫刻を彫るために。誠心誠意、力を込めて。心を込めて。一振り、一振り、御神像の彫刻を彫り始めた。
彫刻を彫り始めると、いつものようにあらゆるものが無となり、聖の心の中には簾越しにお会いすることができた天子様も、(ずっと頭をさげていたから、見たわけではないのだけどお声を聞くことはできた)これから死を賜るかもしれない自分の命の心配も、そして、いつも聖の心の真ん中にいる明るい顔で笑っている白鹿の姫のことも深い闇の中に消えていった。あとには聖が彫刻を彫る音だけが残った。