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薬を飲み終えた風は小さな瓶を引き出しの中に戻し、流しでコップを洗い、それを重ねられて置かれている食器の近くにそっと置いた。
次はなにをするのかと様子を見ていると、風は再び流し台に向かった。
台座に乗って、今度は鏡の下の出っ張った板の上に置かれていた歯ブラシの入ったコップを手に取った。どうやら風は歯磨きをするようだ。コップに水を注ぎ、それから歯ブラシを使って丁寧に、時間をかけて、自分の歯を綺麗に磨いた。歯磨きが終わると、風は曇った鏡の前で大きく口を開けて自分の歯の様子を確認した。歯磨きの出来に満足したのか、鏡の中で風はにっこりと笑っていた。
「よいしょっと」
そんな掛け声とともに風は台座から降りると、そのままぺたぺたと床の上を移動して、自分のベットの前で立ち止まった。スリッパを脱ぎ、いそいそとベットの上に移動すると毛布をかぶり、「じゃあおやすみ、猫ちゃん」とぼくに言ってから、起きたばかりだというのに、すぐにまたベットの中で眠りについてしまった。
眠りについた風はぴくりとも動かなくなった。
とくにすることもないぼくは、それから丸椅子を利用して、風のベットの上に移動してから、風の小さな胸の上にちょこんと座って、そこから昨夜と同じように風の死体のような寝顔と窓越しに雪の降る外の風景を交互に眺めて時間を潰すことにした。
本当は風のように眠ることで時間をやり過ごせれば一番いいのだけど、困ったことに風に拾われてからぼくには眠気というものがまったくなくなっていた。そのことに気がついたのは今朝のことだ。時計の針がいくら進んでも、ぼくは少しも眠くならなかった。冷たい廊下であれだけ眠かったことを考えれば、それはとてもおかしな話だった。あの強烈な眠気はどこに行ってしまったのだろうか? そのことを考えると、すごく不思議な気持ちになった。