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……、先生。先生はどうして絵本を描くのですか? わたしは頭の中で先生にいう。先生はにっこりと笑って、わたしに、……、そっと、耳もとでわたしだけに聞こえるひそひそ声で、その答えを教えてくれた。
それはね、わたしの命をすくってくれたからだよ。
「先生。世界は綺麗です。とってもきらきらしてますよ」と道のわきに生えている風に揺れているたくさんの緑色の木々の葉からこぼれる、木漏れ日をみて、わたしは言った。
わたしは荷物の中から、スケッチブックを取り出して、その美しいきらきらと輝く木漏れ日の絵を描こうと思った。でも、わたしの持っているえんぴつは途中で止まってしまった。木漏れ日の絵は完成しなかった。(きっとまだ、わたしにはこの絵を描くことははやいのかな? と思うことにした)ふと、えんぴつを持っている自分の手をみると、そこには不思議な風景があった。『わたしの手が、透明になって、その向こう側にある風景が透き通るようにして見えたのだった』。わたしの手が透明になってる。なんでだろう? とあたまをかたむけて、わたしは思った。それから少しずつ、ゆっくりと、わたしは自分がこれから本当はどこに帰るのかを、思い出していった。
そうか。そうなんだね。うん。そうだったね。とわたしは思った。
それからすぐにどこか遠くから車の走る音が聞こえてきた。みると、そこには大きなバスが道の上を走って、わたしのいるバス停のところまでやってくる風景が見えた。大きな青色のバスはわたしのいるバス停のところまでやってくるとゆっくりととまった。わたしは真っ白なベンチから立ち上がって、開いたドアから、バスの中にのった。バスの中のお客さんは『わたしひとりだけ』だった。
わたしが一番奥の席にすわると、バスのドアが閉まって、ゆっくりとバスは大地の上を走りはじめた。
わたしはバスのうしろの大きな窓から、後ろを見て、先生のことを思った。先生。泣かないで。泣いている先生のことを思い出して、わたしはそう思ったのだけど、やっぱり先生は泣いてばかりいた。わたしの言葉も、もう先生には聞こえていないみたいだった。先生はずっと、ずっと、泣いていた。まるで小さな子供みたいに。ひとりぼっちで、先生しかいない、薄暗いアトリエの中で、泣き続けていた。わたしはそんな先生を見て、先生に幸せになってほしいと、本当に心から思った。
やがて、わたしの乗っている大きなバスはふわっと大地から離れるように、ゆっくりと空に浮かんで、そのままわたしを乗せたままで、青色の空の中に向かって、遠い遠いところにあるわたしのお家に向かって、静かに空の中を走りはじめた。わたしはバスのうしろの窓から小さく見える先生のお家の青色の屋根を探してみつけると、じっと見えなくなるまで見つめていた。 ……、眩しくて、とっても、きらきらとしている美しい光りの中で。
二人で一緒に。……、ずっと一緒にいようね。
ふとっちょな小鳥 終わり