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 わたしはふとっちょな小鳥の絵本の中にでてくる言葉を思い出した。ふとっちょな小鳥は、一番最初のページで、お願いします。わたしをひとりぼっちにしないでください。と言いながら、真っ暗な闇の中で、わんわんと泣いている女の子の絵から始まった。それはきっと痛みの物語だった。女の子は痛くて痛くて泣いているのだ。きっと。

 ゆっくりと傷を癒せばいいの。

 ゆっくりと休んでさ。傷がいえたら。また飛んでいけばいいの。自由な空の中に戻ればいい。大丈夫。心配しなくていい。あなたはちゃんとまた空が飛べるようになる。あの美しい青色の空の中に戻ることができる。だから、大丈夫なんだよ。みんなに隠れて、こそこそとひとりで葉っぱの後ろで泣かなくてもいいんだよ。

 あなたがみんなとしゃべらなくなった理由がなんとなく私にはわかるよ。あなたがごはんをちゃんと食べない理由も、いつも部屋の隅っこで小さくなってひとりぼっちで泣いている理由も、なんとなくだけど、わかる。もちろん全部じゃない。あなたの心はあなたのものだから、私には本当はわからない。でも、少しくらいなら、わかる……、ような気がするの。私もそうだったから。わかるんだよ。だから、一緒にいてあげたいって思うの。一緒に泣いてあげたいって思う。抱きしめてあげたいってそう思うの。そのときの私が誰かにそうして欲しかったように。あなたに、今さ、そうしてあげたいなって、そう思うんだよ。あなたが誰にも言えない大きな悩みを抱えていることはわかるの。その大きな悩みがあなたを孤独にしていることもよくわかるよ。でも、そのあなたの大きな悩みは、あなたの大きな個性なんだよ。あなたがいつも、一生懸命なのは、しってるよ。わたしはあなたの友達だからね。そう言って、あなたはわたしの手にあなたの手をそっと重ねて置いた。

 先生と笑顔でさようならをして、先生の家から帰る道の途中にあるバス停のところで、真っ白なベンチに座ってお迎えの大きなバスを待っている間に、大きな空を見ながらわたしは空が飛べるだろうか? と思った。もしかしたら、わたしは空が飛べないかもしれない。でも、それでもいいのかもしれない。この大きな空の向こうまでずっと続いているわたしの知らない世界は、わたしが空想しているよりも、わたしの頭の中にあるわたしの創造している世界よりも、とっても広いのかもしれない。すごく大きいのかもしれない。もしそうだとしたら、いつまでもじっとしているのは、すごくもったいないことなのかもしれないと思った。

 わたしがそんなことを思うなんて、すごく驚いて、なんだか思わずおかしくなって笑ってしまった。わたしは変わってしまったのだろうか? うん。わたしは確かに変わったと思う。もし大好物はなんですか? と聞かれたら、わたしはきっと野菜がいっぱい入っている手作りのカレーライスですって、とても幸せな顔で言うと思う。先生との思い出のカレーライス。この世界には、いろんなカレーライスがあると思うけど、わたしにとってのカレーライスは先生の手作りの野菜いっぱいのカレーライスだった。そう思えるように、先生がわたしを変えてしまったのだ。

 人は変わっていく。世界も同じ。季節のように、移り変わっていくのだ。あらゆるものが、すべて。かわっていく。変化している。同じものなんてどこにもない。なにもないのだ。なにもかもが流れている。ゆるやかに。おだやかに。うつくしく。きらきらと、太陽の光を反射しながら。消えていく。わたしが見ている風景だって、本当はもうどこにもないのだ。そう思って、わたしは少しだけ悲しくなって涙を流した。もう、わたしのそばにいない、ばいばいをした、先生のことを思い出して。

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