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「一緒に猫ちゃんを探してくれたお礼」と風は言った。

 ぼくは風が小さな鉢植えを両手に持ってぼくに差し出してくれる、という行動をしている間に、いつの間にか風の小さな胸のあたりから肩の上に移動していた黒猫の子猫の顔を見た。それから風のすぐ近くにいる三人組の大人たちの顔を見た。みんな、「受け取ってあげて」とでも言いたげな優しい顔をしていた。(お医者さんの年老いた太っちょな先生も、双子の綺麗な看護師たちも、みんな、そんな顔をしていた。……、唯一普段と変わらないぼんやりとした表情をしていたのは、黒猫の子猫一匹だけだった)ぼくがもう一度黒猫の子猫に目を向けると、黒猫の子猫はぼくを見ながら大きなあくびをしていた。(ぼくたちのやりとりに興味なんてこれっぽっちもなさそうにして)ぼくはその風からの突然の贈り物を受け取ることにした。

「どうもありがとう」とぼくは風にお礼を言った。

「どういたしまして」と本当に嬉しそうに風は言った。

 ぼくがこうして誰かのお願いを聞いて行動したり、その見返りとして、誰かから贈り物をもらうという経験をしたことは、今日が生まれて初めてのことだった。(そのせいなのかもしれない。本当に嬉しかった)ぼくは木のベンチから立ち上がると、両手を使って、その『大切な贈り物をしっかりと受け取った』。……その小さな鉢植えを受け取ったときに、ぼくは危なく、風の前で泣きそうになってしまった。(そんな感情が溢れてきて、自分でも驚いてしまった)風から手渡された小さな鉢植えはとても軽かった。……だけど、そこには確かに『大切な命の重さ』が感じられた。(ぼくは感動して少しの間、動けなくなった)

 ……、それから風はなんだかぼくの前でもじもじとし始めた。

「どうしたの?」とぼくが聞くと、風はぼくに「……、あの、名前を教えて」ととっても恥ずかしそうに真っ赤な顔になって言った。(その風の言葉を聞いて、なんだ。そんなことか。とぼくは思った。それから確かにぼくは風に名前を言っていなかったなと思った)

 ぼくはそんな風に「ぼく名前は『なぎ』だよ」と自分の名前を教えた。

 するとぼくの名前を聞いて、風はとても喜んで(ぱぁっと雲間から太陽が顔を出したように、明るい顔になって)「わたしは風って言うの! 猫ちゃんを一緒に探してくれて、どうもありがとう! なぎちゃん!」とぼくに言った。

「どういたしまして。ふう」とぼくはさっきのぼくたちの会話とは反対に風に言った。

「風ちゃん。そろそろ」とロングの髪型の看護婦さんが言った。

 その言葉を聞いて風は「はい。わかりました」とロングの髪型の看護婦さんに言ってから、風はぼくを見て「じゃあね。さようなら。なぎちゃん」と(今度はとても悲しそうな顔で)ぼくに言った。

「うん。さようなら。……、ふう」とぼくは言った。(風の顔を見ながら、ぼくの胸はちょっとだけ痛くなった)

 そしてそのあとで三人組の大人たちもぼくにきちんとさようならを言ってくれた。(嬉しかった)ぼくは三人組の大人たちに向かって、きちんと「さようなら」を言った。三人組の大人たちはお医者さんの年老いた先生、双子の綺麗な看護婦さんたち、の順番で大きな青色のバスに乗り、そして最後に風が腕の中にいる黒猫の子猫と一緒に大きな青色のバスの中に乗り込んだ。その間、黒猫の子猫はずっと黙ったままだった。言葉を持たない黒猫の子猫はぼくにさようならを最後まで言わなかった。(生意気なやつだと笑いながら、ぼくは思った)

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