118
……ふう? ふうか。それがこの小さな女の子の名前のようだ。……ふう、ふう。ぼくはふうという言葉を頭の中で何回か繰り返して読み上げてみた。その名前は、どういう漢字を書くのだろう? やはりふうは『風』だろうか? それとも違う、あるいは、ひらがなのふう、なのだろうか? (いや、きっと風だろう。だってこの元気な小さな女の子には、なんだかとっても風いう名前がすごく似合っていると思うから)
風と呼ばれた小さな女の子は元気よく木のベンチから土色の地面の上に降り立つと、「猫ちゃん。こっちにいらっしゃい」と言って、木のベンチの上でおとなしくしている黒猫の子猫を抱きかかえて、その黒猫の子猫を腕の中に抱いたまま移動して、器用な手つきで小さな子供用の赤色のリュックサックを背負い、そして最後に、白い手提げ袋を手に取った。そして風はにっこりと笑いながら、ぼくの目の前までやってきた。風は一人、木のベンチに座ったままでいるぼくにその場でにっこりと笑いかけた。(なんだかちょっとだけ恥ずかしそうにしながら)
「これ、あげる」とほほを赤く染めて、照れながら風は言った。
「これ?」とぼくは言った。「うん。これ」と風は言った。風は手に持った白い手提げ袋をぼくに差し出していた。(急にそんなことを言われて)ぼくがそれを受け取るかどうか戸惑っていると、風はもう一度、にっこりと笑ってから、いそいそと白い手提げ袋の中から、その中身を取り出して、それを両手で持ってぼくによく見えるようにしてくれた。……それは『小さな鉢植え』だった。その小さな鉢植えには、すでに風が『なにかの種』を植えていたようで、小さな緑色の芽が黒い土の中から遠慮がちにその顔を出していた。……それは、とても春らしい光景だとぼくは思った。(なんだかぼくの心まであったかくなったような気がした)