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ぼくたちは三人組の大人たちから逃げるために小走りで移動し始めた。そしてすぐにぼくたちは大きな緑色の木と白いベンチがある場所まで戻ってきた。ぼくと小さな女の子が最初に出会った場所。その白いベンチの上には、『一匹の黒い子猫』がいた。突然、天気雨が降り始めたので、雨宿りをするために、その場に移動したのだろう。黒猫の子猫は雨の当たらない、白いベンチの上にある半分だけの木陰の中でじっとしたまま、雨の降る不思議な青い空をそこからずっと見つめていた。
「猫ちゃん!」と(黒猫の子猫を見つけて)小さな女の子が叫んだ。
瞬間、黒猫の子猫がこちらを向いて、そして、ずっとつながれていたぼくと小さな女の子の手が、その瞬間に、……とても簡単に切り離された。……それは、間違いなく小さな女の子の意思だった。小さな女の子はそれを証明するかのように黒猫の子猫に向かって一直線で(迷いもなく)駆け出していく。握る手を失った、ぼくの空っぽになった右手が小さな女の子の小さな左手を求めて一瞬、空中をさまよった。……ぼくの胸がずきっと痛んで、それから少し遅れてぼくは自分があの小さな女の子がずっと探していた黒猫の子猫に嫉妬しているということに気がついた。
それにそれだけではなくて、(嫉妬していることとは関係なくて)なんだかあの黒猫の子猫が小さな女の子に捕まって自由を失うことが、……嫌だな、と実際にいなくなった黒猫の子猫の姿を見たときにぼくは強く思った。黒猫の子猫はきっと自由を求めて、小さな女の子のところを逃げ出したのだと、このとき初めてぼくはそんなことを思ったのだ。
ぼくは心の中で、逃げろ!! と強く叫んだ。
もう一度、小さな女の子のところから逃げ出してしまえ!! 今度つかまってしまったら、もう自由には生きられないぞ!! とぼくは叫んだ。
しかし黒猫の子猫は逃げなかった。それは今、この緑色の世界の上に天気雨が降っていたからかもしれないし、(雨に濡れたくないと思っているのだ)もともとあの黒猫の子猫は、どこかにいなくなったり、あるいはずっと、じっとしていたりを繰り返す、そういう落ち着きのない気質の猫だったからなのかもしれない。『猫ではないぼく』にはその本当の理由はわからないけど、とにかく黒猫の子猫は逃げなかった。ぼくの思いとは違い、逃げずに白いベンチの上でじっとしていて、やがて黒猫の子猫はとっても簡単に小さな女の子に(優しく包まれるようにして)捕まった。