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「先生はね、太っているし、足と腰を痛めているから、こんなに急な坂は歩いたり走ったりできないんだよ。だから先生は、本当は今みたいに走ることだって、あんまり得意じゃないんだ。助かったね」と嬉しそうな顔で小さな女の子が言った。「そうなの?」とぼくは言った。「うん。そうなんだ。それに看護婦さんたちはね、先生には内緒にして、本当はわたしがバスを待っている間に、猫ちゃんを探すことをちゃんと許してくれているんだよ。だからわたしは先生のところからこっそりと抜け出すことができたんだ」と小さな女の子は楽しそうに笑いながらぼくに言った。ぼくは小さな女の子の話を聞いて、なるほど、と思った。先生の後ろを走っている看護婦さんたちは、心の中ではこの小さな女の子のことを応援しているみたいだった。
ぼくがちらっと三人組のほうに目をむけると、ちょうどこっそりと後ろを振り返っていた看護婦さんたちがぼくたちに向かって、笑顔を向けていた。(すぐに前を向いて、その背中も見えなくなってしまったけど)
小振りだった雨はだんだんと強くなってきた。
太陽の光とそれを反射する虹色の雨の輝きが、遠くに小さな二重の虹を作り出しているのが見えた。ぼくはその不思議な珍しい虹を見つめながら、緑色の芝生の上を小さな女の子に手を引かれながら走って、ついさっきまでぼくたちが歩いていた少し低いところにある橙色の煉瓦造りの道まで戻ってきた。すぐ近くに大きな緑色の木と白いベンチが見えたので、ぼくたちはすごろくで言ったら、『振り出しに戻る』、感じになってしまった。遠くには走っている三人組の大人たちの姿が見えた。ぼくたちとの距離は随分と空いている。小さな女の子の作戦(年老いた先生には申し訳ないと思ったけど)は大成功したようだ。
「これなら、なんとかなりそうだね」とぼくは言った。
「うん!」と小さな女の子は(全然、悪びれていない)満足そうな顔で言った。