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それと同時にぼくの頬になにか冷たいものが当たって、ぱん、と音を立てて弾けた。(ぼくはちょっとだけ、びっくりした)
それは小さな雨粒だった。弾けた雨粒はまるで涙のような跡を残して、ぼくの頬を伝って消えた。空を見上げると、晴れ渡る青色の中からぽつり、ぽつりと透明な天気雨が降り出してきた。春の季節特有の晴れた日に降る不思議な雨だ。ぼくの見上げる空には確かに青色と白い雲が浮かんでいた。雨はそこからぼくたちの居る大地に落っこちてきている。それは理解できたけど、それでも太陽の輝く青色の空から雨が降ってくるのは、とても不思議な経験だった。だからぼくは思わず(なんだか、とっても楽しい気持ちになって)空を見てにっこりと笑ってしまった。
「雨だね!」と小さな女の子が(はしゃぎながら)言った。
「うん。雨だね」とぼくは小さな女の子に答えた。
それからぼくは後ろを振り返った。すると三人組の大人たちはぼくたちのかなり近くまで迫ってきていた。小さな女の子の速力と年老いた男性の速力では、どちらが速いのかは微妙なところだけど、今回は年老いた男性の勝ちのようだ。小さな女の子もそれがわかっているのか、焦った表情をしていた。
「これは、……追いつかれるね」と息を切らせながらぼくは言った。
「えっと、……、こっち!」と小さな女の子が言った。「こっち?」ぼくがそう言うのと同時に、小さな女の子は橙色の煉瓦造りの道を飛び出して、『本来は歩くはずの場所ではない、緑色の芝生の上』に足をつけた。
ぼくは小さな女の子に引っ張られるようにして、橙色の煉瓦造りの道からはみ出して、緑色の芝生の上に小さな女の子と同じように足をつけた。小さな女の子はそれから緩やかな緑色の丘の斜面を下るようにして、芝生の上を走り出した。どうやら小さな女の子は橙色の煉瓦造りの道を飛び出して、小さな緑色の丘の上の高いところから低いところに向けて、その走るコースをショートカットしようとしているようだった。それに気がついた三人組の大人たちは急ブレーキをかけて立ち止まると、それからその場で(さっきまでぼくたちがいた場所だった)少し迷ったようにあたふたしてから、ぼくたちをまっすぐに追いかけることをやめて、やがて急いで方向転換をして、せっかく走ってきた橙色の煉瓦造りの道の上を引き返すように走り始めた。ぼくはそんな大人たちの行動を不思議そうな目で見ていた。(助かったことは、助かったのだけど)