110 虹の架け橋 思い出して欲しい。わたしのことを、あなたに思い出して欲しいの。
虹の架け橋
思い出して欲しい。わたしのことを、あなたに思い出して欲しいの。
ぼくは少し迷った。本来なら、このままこの場所であの三人組を待って、小さな女の子を(無事に)引き渡すことがぼくの役目だろうと思った。ここからさらに先の道の上に逃げたとしても、迷子の子猫が見つかる保証はないし、だいたいこの場をうまく逃げ切れたとしても、大きな青色のバスに乗るという予定がある以上、それほど長い時間、ぼくは小さな女の子のわがままを聞き続けるというわけにもいかなかった。この場合、ぼくは悪人で、正義はあの三人組の大人たちの側にあるのだ。それくらいはぼくにもすぐに理解できた。
「ね、お願い。一緒に逃げよう」と小さな女の子は言った。
「逃げてもいいけど、一つだけ僕と約束してくれる?」とぼくは言った。「なに?」と小さな女の子は言った。「猫が見つかったら、今度は大人しくあの大人の人達と一緒にバスに乗ること。それをぼくと約束できる?」とぼくは言った。すると小さな女の子は「うん、約束する!」と言って嬉しそうにこくこくと頷いた。
「わかった。じゃあ行こう」とぼくは言った。
「うん!」と小さなひまわりの花のついた子供用の麦わら帽子を片手で押さえながら、小さな女の子はそう言ってにっこりと笑った。
約束を確認したあとで、ぼくは小さな女の子の手をとった。(大人の人たちの話をしているときに、いつの間にかぼくたちはそのずっとつないでいた手を放していた。その手を今度は、ぼくのほうから手に取ってつないだ)小さな女の子の手をとって、そのまま三人組の大人たちとは反対の方向に向かって橙色の煉瓦造りの道の上を急いで走り始めた。後ろを振り返ると、三人組は走り出したぼくたちを見て、三人とも、とても驚いた顔をしていた。それから先頭にいた男性がすぐに怒ったような顔になって、ぼくたちのあとを必死になって追いかけてきた。慌てた様子で女性二人も男性のあとを追いかけるようにして、ぼくたちのあとを追ってきた。
ぼくは小さな女の子の手を引っ張りながら、ある程度、小さな女の子の走る速度に自分の歩調を合わせるようにして、橙色の煉瓦造りの道の上を走り抜けた。
あまり運動をしないぼくの息は、はぁはぁ、とすぐに上がってしまったけど、久しぶりの『走る』という行為は、それなりに楽しかった。ぼくは走りながら小さな女の子の顔を見た。小さな女の子は小さなひまわりのついた子供用の麦わら帽子を片手で懸命に押さえながら、地面の上を見つめて、一生懸命に小さな両足を動かしていた。
小さな女の子が自分を見つめるぼくの視線に気がついて、ぼくを見た。そして小さな女の子はまたにっこりと楽しそうな顔で笑った。