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「ねえ、なにしてるの?」と小さな女の子が言った。ぼくは「なんでもない」と小さな女の子に答えてから、再び橙色の煉瓦造りの道の上を歩き出した。
「猫ちゃーん。出ておいでー。一緒にお家に帰ろうーよ」と、小さな女の子は片手を口の横に当てながら大きな声でそう言った。ぼくは流石に小さな女の子のように大きな声を出すことはできなくて、黙ったまま迷子の子猫を探した。
大きな自然公園を覆う緑色のほとんどは短い芝生だったので、(遠くには深い緑色をした森が広がっていたけど)周囲の見渡しはよく、隠れる場所もほとんどないので、迷子の子猫はすぐに見つかるような気がした。しかし、そんなぼくの予想とは違い探しても探しても、迷子の子猫は見つからなかった。迷子の子猫はいったいどこに行ってしまったのだろうか?
そもそもよく考えてみるといないのは(あるいはあると思うものがないのは)迷子の子猫だけではなかった。ぼくたちのほかに人間が誰もいないこともそうだけど、この大きな自然公園には物がなさすぎた。たとえば橙色の煉瓦造りの道を照らすための照明器具とか、立ち入り禁止を意味する鎖とか、公園の案内板を兼ねた地図とか、美味しそうな食べ物を売っている屋台のようなお店とか、それから一定の距離の間によく置いてある自動販売機とかゴミ箱とか、それから先ほどぼくたちが出会ったあの白いベンチのような休憩施設のようなものだ。(そんなものたちがどこにも見えなかった)この大きな自然公園の中で目覚めてからぼくが見つけたものは小さな女の子と白いベンチと大きな緑色の木と橙色の煉瓦造りの道と、眩しく輝く太陽と、青い空と白くて大きな雲と、気持ちの良い風と、それからぼくの周囲に永遠に広がる緑色の大地だけだった。それと美しい色をした桜の木々だ。それらのことに春と四月という言葉を付け加えてみてもいいかもしれない。
ぼくの見つけたものたちは、それだけで十分に満たされていると思われる、ずっとぼくがずっと探し求めていた宝物のようなものばかりだったけど、迷子の子猫を探す手がかりにはならないし、やっぱりあって当然と思われるものたちがその場所に存在していないということは、なんとなく少し奇妙な(そして少し寂しい)感じがした。