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「猫ってどんな猫なの?」とぼくは小さな女の子に聞いた。
「黒い色をした猫ちゃんなの。大きさはこのくらい」と小さな女の子は両手で自分の胸の前の空中に小さな空間を作り出した。それは本当に小さな空間で、おそらくその猫はまだ子猫なのだろうとぼくは思った。
「いなくなっちゃったの?」とぼくは言った。「……うん。いなくなっちゃったの」と小さな女の子は言った。
そのとき、小さな女の子はぼくの前で初めて、とても寂しそうな顔をした。大きな黒目を潤ませて、まるで雨が降り出す直前の空のような曇った表情でぼくを見つめた。ぼくはそんな小さな女の子の顔を見て、少し(情けないけど)ひるんでしまった。ぼくは小さな子供も、他人に好意を向けられることも苦手だったのだけど、……なによりも自分の前で誰かに泣かれることが一番苦手だったからだ。
「その猫は君の猫なの?」とぼくは言った。
「猫ちゃんはわたしの友達なの」と小さな女の子は言った。
「猫の名前はなんていうの?」とぼくは聞いた。「猫ちゃんは猫ちゃんだよ。私はいつも猫ちゃんって呼ぶの」と小さな女の子は言った。どうやらその迷子の子猫には名前がないようだった。この小さな女の子には、猫に名前をつける習慣がないらしい。なかなか珍しい習慣だ。そんな珍しい習慣を持つ小さな女の子に拾われて、(ほとんどの子供は猫に名前をつけるだろうから)その迷子の子猫は可哀想な奴だなとぼくは思い、それから心の中で苦笑した。
「ねえ、お願い。一緒に猫ちゃんを探して」と小さな女の子は言った。そう言いながら小さな女の子はまたぼくの体をゆさゆさと左右に揺らした。
ぼくは少し迷った。
迷子の子猫探しなんてとてもぼくらしくない行為だと思った。それに見ず知らずの小さな女の子の頼みを聞くなんてことも、全然ぼくらしくないことだと思った。……でも大きな自然公園の中に吹く風がとても気持ち良かったから、……暖かくて、どこか花の香りがしたから、太陽も綺麗で、空も青くて、白い雲は優雅で、遠くに見える桜も綺麗で、自然公園の緑はぼくの両目と心をめいいっぱい清めてくれたから、それはまるで、自分の内側を綺麗に洗濯されているようだったから、……だからぼくは「いいよ」と小さな女の子に言った。
すると小さな女の子は、もともと大きな両目をさらに大きくした。口も大きく開いていて、言葉はなかったけど、その小さな女の子がとても驚いていることがぼくに直接、両目を通じて伝わってきた。ぼくはその小さな女の子の顔が見られただけで、迷子の子猫探しを手伝うことにしてよかったと思った。
「ありがとう」本当に嬉しそうな顔で、小さな女の子は言った。
「どういたしまして」とぼくは言った。
ぼくはずっと座っていた白いベンチから腰を上げた。すると小さな女の子も白いベンチから大地の上にある自分の白い色の靴の上に飛び降りるようにして移動した。その小さな女の子の行動を見てから、ぼくはその場で大きく、うーんと一度背伸びをした。横を見ると、小さな女の子は地面の上にしゃがみ込んで一生懸命に小さな白い色の靴を履こうとしていた。
小さな女の子が白い靴を履き終わると、「じゃあ行こうか?」とぼくは言った。
小さな女の子は「うん」とぼくの顔を見て言った。
こうして、ぼくと小さな女の子の迷子の子猫探しが始まった。