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そんな巨大な自然公園のどこかにある白いベンチの上。きっとそんな場所にいるのだとぼくは思った。ぼくが自分のいる場所が自然公園の片隅だと思ったのは、それだけの大きさがあるにもかかわらず、ぼくの周囲にいる人間がぼくの隣に座っている小さな女の子一人しか見当たらなかったからだ。
「ねえねえ、お外ばかり見てないでわたしを見て。わたしのお話をちゃんと聞いて」小さな女の子はそう言いながらぼくの体をゆさゆさと揺さぶった。ぼくは小さな女の子の言葉通りに視線を大きな自然公園の風景からぼくの横にいる小さな女の子の姿に戻した。
その小さな女の子は靴を脱いでいて、裸足のままで、(とっても綺麗な小さな足だった)白いベンチの上に両足を乗せて座っていた。小さな女の子はとても自然な表情をしていた。なぜだかはわからないけど、ぼくはこの小さな女の子にとても懐かれているようだった。誰かから好意を向けられることは、もちろん悪い気はしないのだけど、だけどぼくは小さな子供に懐かれることにも、他人から好意を向けられることにも、あまり慣れてはいなかった。(だからこんなときにどうしていいのか、あまりよくわからなかった)
「わかった。とりあえず話を聞くから、ベンチの上から足を下ろして、それから、ちゃんと靴を履いて」とぼくは言った。
白いベンチの下の地面の上には小さな女の子の靴が綺麗に揃えられておかれていた。小さな女の子の靴は白い色の可愛らしい靴で、それはこの小さな女の子のイメージ通りだったのだけど、その白い靴が綺麗に揃えられていることには違和感を覚えた。この小さな女の子はとてもやんちゃな感じがしたので、靴なんて脱ぎっぱなしにしそうだとぼくは思った。もしかしたら、この広い自然公園のどこかにいるはずの、この小さな女の子のお母さんが綺麗に白い靴を揃えたのかもしれない。(小さな女の子の近くにお母さんがいないのは、よくわからなかったけど)
「話ってなに?」とぼくは言った。
それはどこか聞いている相手に冷たい印象を与える言いかただったと思う。ぼくはそれほど子供が好きではなかったから、自然とそんな声音になってしまったのだ。その言葉の冷たさにぼくは声を出したあとで、少し後悔したのだけど、でもその小さな女の子はちっとも物怖じしない様子で、ようやくぼくが自分の話をきちんと聞いてくれる気になったことが嬉しかったのか、にっこりと笑って「あのね、いなくなっちゃったの」と、とても嬉しそうな明るい声音でぼくに言った。
「いなくなった? いなくなったって、なにが?」
「猫ちゃん。ねえ、猫ちゃんを探して」
そう言いながら、小さな女の子はとてもまっすぐな瞳で、ぼくの目を見つめていた。その大きな黒い目の中には相変わらずはっきりとぼくの顔が映り込んでいた。