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1 愛はここにあるよ。ずっとある。

 猫と風の旅行 ねことふうのたび


 愛はここにあるよ。ずっとある。


 四季 しき


 ちょっと。誰、見てるの?


 私の命を救ってくれた先生への大切なお手紙 


 拝啓


 先生。お元気ですか? お久しぶりです。先生の弟子の大友(四季)しきです。

 突然のお手紙、申し訳ありません。

 どうしても先生にお手紙を書いてみたいという思いにとりつかれてしまって、こうして筆をとりました。久しぶりに自分の弟子の面倒をみるような気持ちで、先生にはどうかわたしの手紙を読んでほしいと思っています。

 先生がわたしの描いた絵を初めて見たときの言葉を今もわたしは鮮明に覚えています。

 絵を描くときに興味のあるものが大きくなる。あるいは構造が崩れても、そのように描くことは、いいと思う。正直だし、それが絵なんだと思う。とにっこりと笑って、わたしのはじめて描いた絵を見ながら、先生は言いました。

 自由に描いてもいい? いいよ。それが絵を描くってことだからね。と先生は言いました。

 わたしは生意気だったから(今もかな?)そのまま先生に言われた通りに、自由に絵を描きました。とっても、とっても、本当にとっても楽しかったです。(もしかしたら、今までの人生の中で一番楽しかった時間かもしれません)

 心の中で絵が完成するまでは、とても長い時間がかかります。先生はわたしにそんなことを教えてくれたけど、ようやく今頃になってわたしの中で、本当に描きたい絵(描かなくてはいけないもの)というものがわかるようになってきました。本当にこんなに長い時間がかかるものなんですね。とっても驚いてしまいました。(先生には、きっとこんな風に大人になったわたしがびっくりすることをあのころからわかっていたんでしょうね。教えてくれないなんてひどいです)

 あのときに、先生が、そう言ってくれたから、わたしは自分の絵を嫌いにならなくてすみました。本当にありがとうございます。先生。

 絵を嫌いにならなかったことは、わたしの人生において、もっとも大切なことだったと思います。

 先生がわたしの自画像を描いてくださることになったときに、先生はわたしに、私が君の絵を描いたら、君はとても傷つくだろうか? もし君が傷つくのなら描くのをやめる、と言いました。

 幼いわたしは先生に、ううん。描いてほしい。と言いましたね。

 わたしは本当に先生にわたしの自画像を描いてもらいたかったんです。実際に描かれた自画像は今も大切に保管しています。わたしの人生の宝物です。(本当ですよ)

絵の中のわたしはとても気難しい顔をしています。なんだかいろんなことを恨んでいるような、あるいはなにかとても難しいことになやんでいるような、なんだかそんな余裕のない顔をしています。(すくなくとも、幸せそうには見えません)

 先生は容赦なく、わたしの顔を当時のわたし自身よりもきっと正確にその魂のような、内側の心のありようをとらえて、そのまま大きく誇張して描写したのだと思います。みんなはわたしの絵を怖いといっていましたが、わたしは当時からわたしの自画像が大好きでした。先生がまるで本当のわたしを世界でただひとりだけ見つけてくれたような気がして、すごく嬉しかったんです。(だからわたしは泣いてしまったんです。あれは悲しいからじゃなくて、感動した涙でした)

 わたしの娘はわたしの自画像を見て笑います。でもいいんです。あの絵のよさは簡単にはわかったりはしないのですから。

 娘の描く絵を見ていると、なんだかむかしの自分の絵を思い出して、おかしくて思わず笑ってしまいます。

 

 先生。

 お暑い日が続きますけど、どうかお体に気を付けてください。

 先生のご健康を心から祈っています。

 突然のお手紙、申し訳ありませんでした。


 あなたのできの悪い弟子、大友しきより。


 敬具


 ……あ、書き忘れてましたが、わたしには娘が生まれました。名前はすいと言います。大友すいです。今年で五歳になる娘です。(とってもかわいい女の子ですよ)ご連絡が遅れて申し訳ありません。もし、先生さえよければ、娘のすいにも先生のところで絵を学ばせたいと考えています。わたしににて、とても生意気な娘ですが、どうかよろしくお願いします。それとこれはお願いなのですが、もしできたら娘のすいの自画像を先生に描いてほしいと思っています。かさねがさね、どうかよろしくお願いします。


 先生のことを世界で一番尊敬しているかわいい弟子より。先生。愛してます。(手紙の余白にはキスマークがあった)


 落書き


 好きな気持ちを作品の中に詰め込んでみる。好きなものを好きという。自分の好きを表現する。好きな気持ちを誰にも隠さない。(自分自身にも、ね)


 てるてる坊主のてる坊


 明日は、晴れるかな?


 こんにちは。今日もいい天気ですね。


 私の暮らしている部屋では、いつも雨が降っていた。私は雨の中でずっと暮らしていた。

 部屋の外に出ているときは、こんな風にずっと雨に濡れることはなかった。(もちろん、家の外でも雨は降るときはあったのだけど、いつも雨が降っているわけではなかったから)

 私は部屋の中にいるときは、いつもいつも、泣いていた。

 私は家の外にいるときだけ、ずっと、ずっと、にっこりとした笑顔で笑っていた。(もちろん、それは偽物の笑顔だった。本物の太陽ではなかった)

 それから家に帰ってきて、部屋のドアを開けると、私の部屋にはやっぱりいつものように雨が降っていた。この雨をどうしても止ませたいと思ったのだけど(雨は嫌いではないのだけど、ずっと雨だと気が滅入ってしまうのだ)私には、この雨がどうすれば止むのか、その方法が全然わからなかった。

「ねえ、今、大丈夫?」

「なに、お母さん」小さな声で私は返事をする。

「暇だったらさ、ちょっと買い物行ってきて。急に用事ができちゃったの」忙しそうにしている様子のお母さんが言う。

「うん。わかった」開いていないドア越しに、私はお母さんにそう言った。

 中学校の制服からシンプルな私服姿(白い薄手の上着に、青色のスカートだった)に着替えをした私は、お気に入りのサンダルをはいて、お母さんの代わりに夕食の買い物に出かけた。

 家を出ると、世界の全部が、オレンジ色の夕焼けに染まっていた。

「……綺麗だな」そんな(本当に、馬鹿みたいに綺麗な)夕焼けを見て、大きめの買い物用の手提げバックを持った私は一人、そんなことを玄関の前でつぶやいた。


 次の日、私は素敵なことを思いついた。てるてる坊主をつくることにしたのだ。(なんで今までそうしようと思わなかったのか、不思議なくらいすごく素敵な思いつきだった)

 私はわくわくしながら材料を用意して(ちゃんと白い布とはさみと綺麗な糸と針をお店で買って用意した。ぬいぐるみのように、きちんとしたてるてる坊主を作りたくなったのだ)それらの材料をきちんと(自分の部屋にある)四角いテーブルの上に置いて、クッションの上に座ってから、てるてる坊主を作り始めた。

 てるてる坊主作りはすごく楽しかった。(時間を忘れるという経験を久しぶりにした)

 白い布で長いレインコートのような服をつくり、首のところに青色の襟をつけて、丸いあたまを作り、そこに緑色ののボタンでふたつ目をつけて、眉毛と鼻と口を青色の糸で描くようにして縫っていった。(がんばった。指を二回くらい針でさして血が出ちゃったけど、たのしかった)

 そうやっててるてる坊主は完成した。(なかなかいいできだった。すごくかわいかったし)

 私はてるてる坊主をまるでお守りのように、このずっと降り続いている雨が降りやんでくださいと願いを込めながら、窓のところにぶら下げてみた。

「お願いします。この雨を降りやませてください」と私は目をつぶってお願いを込めて、お祈りをしてから、目をあけて、つんつんと(生まれたばかりの)てるてる坊主のほっぺたをつっついた。

 私はせっかくつくったてるてる坊主に名前をつけてあげたいと思った。でも考えてみてもなかなかいい名前を思いつくことができなかった。(てるてる坊主に名前をつけることははじめてのことだから、しかたがないのかもしれないけど……)

 私は結局、その可愛らしいてるてる坊主に『てる坊』という名前をつけた。(てる坊は女の子なんだけど、もっとかわいい名前のほうがよかったのかな?)

 それから私はてる坊と一緒に自分の部屋の中で生活をするようになった。

 てる坊がいてくれるようになってからも、私の部屋の中で雨が降りやむことはなかった。てる坊は全然やくにたってくれなかった。(まあ、かわいいからいいけど)

「ねえ、てる坊。雨はいつ降りやむのかな?」とベットの上にごろんと横になって、相変わらず、文句も言わずにずっと窓のところにつり下がっているてる坊を見て、私は言った。

 てる坊はなにもいってくれない。(ただ笑っているだけだった。私がそういう顔になるように、口の糸を笑顔にしただけなのだけど)

 雨は降りやまなかったけど、私には友達ができた。(もちろん、てる坊のことだよ)

 それから夏が終わるころ、八月の終わりくらい、てる坊と出会ってから、だいたい一か月後くらいになって、私はてる坊を窓のところ(カーテンの棒)からとって、ベットの頭の上あたりに、ぬいぐるみのようにして置いた。(てる坊にずっとそばにいてほしかったのだ)

「てる坊はてるてる坊主失格だね。でも別に怒ってないよ。てる坊ががんばってくれているのは、私にはちゃんとわかっているから」とにっこりと笑って私は言った。

 それから、私は、自分が笑っていることに気が付いてすごく(本当にすっごく、今まで生きてきた十四年間の人生の中で一番)驚いた。偽物の笑顔ではなくて、本物のまるで太陽のような笑顔で笑ってた。(そのことに気が付いて、私はまるで石になってしまったみたいに、固まって動けなくなった)私は、まだこんな風に自然と笑うことができるんだと思った。

 それは、きっとてる坊のおかげだった。

 ……私は、てる坊を抱きしめながら、声もなく、静かに泣いた。自然と涙が溢れてきたから、今、私は泣くときなんだと思った。

 その日の夜は、なんだかとってもつらい夜だった。だけど、私にはてる坊がいてくれたから、……私は、ひとりぼっちじゃ、なかったから、……私は、その日のとってもつらい夜をなんとか、かろうじて、生き残ることが、……できた。(……ありがとう。てる坊)


 君の香り きみのかおり


 私には、木の香りをかぐ習慣があった。


 立石香の住んでいる家の庭には大きな木が一本立っていた。その木の香りをかぐことが、香の幼いころからの朝の習慣になっていた。(そういうつもりで両親は私の名前を香にしたわけじゃないと思うんだけど、自然とそういう癖が幼いころから私にはあった)

 木の匂いはとても好きだった。なんだかとっても落ち着いたのだ。

 今日の朝も、香はいつものように木のそばに立って、その大きな木の幹にそっと自分の鼻先を当てて、目を閉じて、その木の香りをかぐことに心を集中させていた。

 大きな木からはいつものようにとてもいい香りがした。(心がすごく安心する、まるで陽だまりにような、あたたかくって、とても懐かしい香りだった) 

 そうやってくんくんと木の香りをかいでいると「なにしているの、香ちゃん」と後ろから声をかけられて香はすごく驚いた。

 香が振り返るとそこには隣の家に住んでいる白花優くんが立っていた。

 香に木の香りをかぐ朝の習慣があるように、優くんには散歩をする朝の習慣があった。

 今のように香の実家である立石神社の境内を散歩することもよくあった。(優くんはちゃんと香のお母さんの了解を得ていた)

 でも今のようにいつも香が朝に香をかいでいる木のあるところまで(つまり、神社の本殿ではなくて、その隣にある香の家の立っている場所まで)優くんが散歩にやってくることは今まで一度もないことだった。

 だから香はすごく驚いたし、すごく恥ずかしい思いをした。(本当に油断をしていた。恥ずかしい)

「おはよう、優くん」

 恥ずかしさを笑顔でごまかそうとして、にっこりと笑って香は言った。(でもやっぱり隠しきれていなかった。香の顔は真っ赤な色に染まっていた)

「おはよう、香ちゃん」といつものように優しい顔で笑って優くんはそう言った。

 それから「じゃあ、またあとで」と言って、家の中に帰ろうとした香がうまくごまかせたかな、と思っていると、「香ちゃん。木の匂い好きなの?」と優くんが(よこしまな気持ちのない、とても綺麗で純粋でまっすぐな心で)そう言った。

 その優くんの言葉を聞いて香はなんだか思わず(恥ずかしさのあまり)泣きそうになってしまった。

「優くん。今見たこと。みんなには内緒にしてくれる?」と顔を真っ赤にしながら、今にも泣きだしそうな顔で香は言った。

「うん。もちろんいいけど、どうしてみんなに秘密にするの?」と優くんは言った。

「隠れて木の匂いなんてかいでいるなんて、きっとみんなにばかにされちゃうから」と香は言った。

 すると優くんは「わかった。今見たことは誰にも言わない。約束するよ。香ちゃん」と笑顔で言った。

「本当?」

「うん。本当」と優くんは言ってから、「ねえ、香ちゃん。明日から、僕も香ちゃんと一緒に、木の匂いをかいでもいい?」と香に言った。

 その優くんの言葉を聞いて、「うん。わかった。いいよ。一緒にかごう」と香は言った。

 それから、香は朝の時間に優くんと一緒にくんくんと木の匂いをかいだ。

 一緒に散歩をして、木の匂いをかいで、いろんなお話をして、それはなんだかきらきらと輝いているような、とても素敵な時間だった。

 優くんが亡くなったのは、それからすぐのことだった。

 優くんは子供のころから体が弱くて、お医者さんから『君はきっと大人になれない』と言われていたのだけど、優くんは「僕は絶対に香ちゃんと一緒に大人になってみせるよ」とにっこりと笑ってそう言っていた。

 ……、でも、優くんは死んでしまった。

 最後まで頑張って、生きて、生きて、それから、笑顔で病院のベットの上で息を引き取った。

 香は優くんの最後の日の少し前に優くんのところにお見舞いに行った。

 そこでチューブにつながれている痩せてしまった優くんは「香ちゃんの秘密は誰にも話してないから心配しないでね」と香の耳元で小さな声で香に言った。

 香は、そんなことどうでもいいよ、と思ったのだけど、結局、香は泣いてばかりいて、優くんになにも言うことはできなかった。

 優くんは最後に香に「またね。香ちゃん」と笑顔で手を振ってくれた。

「うん。またね。優くん」と香は涙で滲んだ視界の中で、とても細くなってしまった優くんの手を見ながら、なるべくがんばって笑顔でそう言った。

 優くんが亡くなって、いつも香が香りを嗅いでいた大きな一本の木の横にもう一つの小さな木が植えられた。

 それは優くんのお願いだった。

 その小さな木の香りを大きな木と一緒にかぐことが、それからの香の毎朝の新しい習慣になった。

 その小さな木からは優くんの香りがした。

 ……それは、とても懐かしい優くんの香りだった。

 その香りをかいで、香は静かに一人で泣いた。

 香が優くんにちゃんと、さようなら、優くん、と言えたのは、香が小学校を卒業して、中学、高校にいって、大学にも合格して、優くんの木が、あのころの優くんの背丈と同じくらいに成長した、香がもう木の香りをかいだりしなくなった、きちんと大人になってからのことだった。


 最近、よく君のことを思い出します。どうしてだと思いますか?


 第一章


 真夜中のお散歩


 ……ずっと一緒にいようね。猫ちゃん。


 気がつくと、ぼくは夢の中で真っ黒な毛並みをした一匹の猫になっていた。猫になって、真っ暗な廊下をなれない四本の足を使いながらひたひたと歩きまわっていた。それは暖をとるための行動だった。そこはとても冷たかったから、ぼくは体を温めることのできる小さな炎を求めていた。

 だけど、どこまで行っても世界は真っ暗なままで、炎はどこにも見当たらなかった。ぼくは炎が無理なら、せめて古くても、ぼろぼろのものでもいいから一枚の毛布が欲しいと思った。暖かい毛布にくるまって、朝がくるまで、この真っ暗闇の中で静かに眠っていたいと思った。夢の中で眠りにつくというのはなんだか変な話だけど、でもそうしたいと思えるくらい、ここは寒くて仕方がなかった。

 ……、でも結局、どこまで歩いても世界は真っ暗なままで、いつまでたっても現状はなにも変わりそうもなかったのだけど、でも、それでもぼくはそんなものたちを求めて、暗い廊下をひたひたと小さな足音を立てながら歩き続けていた。

 お腹がとても空いていた。だから力が出なかった。夢の中だというのにお腹が減るというのも、これまた変な話だった。そんなことを考えていると風が、びゅーという音を立ててぼくの周囲を吹き抜けた。寒い風だ。ぼくはぶるっと体を震わせた。今は春のはずなのに、吹く風はまるで冬の風のように冷たかった。もしかしたらこの夢の中では季節は冬のままで時間が止まっているのかもしれないとぼくは思った。そういうことは夢の中では、『よくあること』だった。

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