出会いの瞬間
しばらく待っていると、スーツを着た青年がホームに現れた。
髪は軽くセットされ、落ち着いた表情を浮かべている。
美咲が手にしているスマホに気づき、その青年はすぐにこちらに向かって歩いてきた。
「すみません、スマホを拾ってくださってありがとうございます。僕のです。」
そう言って青年は、申し訳なさそうに頭を下げた。
彼の姿は落ち着いていて、大人の雰囲気が漂っている。
社会人らしい清潔感に溢れたその姿に、美咲は少しだけ緊張してしまった。
「いえ、全然…私はただ拾っただけなので…」
「本当に助かりました。僕は篠田直人と言います。今日はいろいろと急いでいて、すっかり忘れてしまって…」
直人は苦笑いを浮かべながら、スマホを受け取った。
美咲もその笑顔につられて少し微笑んだ。
「椎名美咲です。高校生ですけど、ちょっと遅くなっちゃって…」
「ああ、高校生か。部活とか?こんな時間にありがとう。お礼に、何かお返しできるといいんだけど…」
直人の申し出に、美咲は少し驚いた。
普通、スマホを拾った程度でお礼をされることなどないと思っていたのだが、直人の真面目さが伝わってきて、その言葉を素直に受け取ることができた。
「いえ、お礼とかは全然いいです。これで大丈夫ですから。」
そう言って、その場は別れることにした。
しかし、別れ際に交わした言葉と、彼の落ち着いた雰囲気が、なぜか美咲の心に小さな種を残していった。