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さくら、ノノミヤ邸を堪能する

「さくら様、お邪魔にならないよう、あちらで待機いたしますので、なにか御用がございましたら、こちらでお呼び下さい」


「さくら様、私の事はお気になさらず」


セシルさんから、モルフォ蝶の装飾がついた美しいベルを渡される。


カイさんは、長椅子に座る私の後ろに立つ。


セシルさんの気遣いが満点すぎる。カイさんも見習ってほしい。


「あの、長椅子に寝転がりたいのですが」


「どうぞ、このブランケットをお使いください」


「さくら様のお好きなツナサンドとタマゴサンドでございます。お茶はアップルアイスティーをご用意いたしました」


「至れり尽くせり・・・!」


さくらは、勇者一行のエルフの魔法使いの話の1巻を手に取り長椅子へ向かう。


本を開く前に、せっかく用意してくれたからとサンドイッチを一口食べてアイスティーを一口飲むと、そのおいしさに目を瞠る。


サンドイッチも凄く美味しいけど、何このアイスティー、びっくりするくらい美味しいんですけど。

氷が溶けても薄くならないように、氷がアイスティーで出来てる。あと、リンゴジュース入ってる?すごくフルーティ。


さくらは、漫画を読みながらつまむはずだった軽食を、長椅子に座るなり完食してしまった。

美味しい物でお腹をいっぱいにして、すぐ長椅子に横になるとか、なんと罪深い幸せか。


デキる侍女のおかげで天国を味わいながら寝転がって漫画を読む。


心の赴くまま至福の時間を過ごして顔を上げたら、カイさんが真正面から片膝をついてやさしい顔でさくらを見つめていた。


「さくら様、お休みになるのでしたら、お部屋にお戻りください」


「まだ寝ないので大丈夫です」


「横になられているので、お休みになるのかと」


「眠くて横になってるわけではないので」


眠くもないのに長椅子に寝転がるという行為を、カイさんは理解できないようだ。

自堕落を楽しんでいるだけなのに、それが上手く説明できない。


さくらは、話題を変える事にした。


「そういえば、執務室とか無いんですか?いくら何もしなくていいと言っても、色んな管理の仕事はあるでしょう?」


「そのためにエリックがおります。さくら様は領地経営をしているわけでも、マーゴ様のように会社を経営しているわけでもありませんので、特に必要な執務はございません」


執務はエリックさんに丸投げでいいらしい。

そんな事言われたら、エリックさんにどこまでも甘えてしまいそうだ。

さくらは、ものぐさな自分の性格をよく知っている。あんまり甘やかすと、すぐダメ人間になってしまう。


「そうなんだ、じゃあ、ちょっと古のルーンについて勉強でもしようかな」


「今からでございますか?」


「うん、だってまだ夕方だし」


「ただいま5時半でございます。お食事とご入浴をすませたら、お休みになる時間かと」


「え?もうそんな時間?」


この部屋に居ると極楽すぎて時間が経つのが速い。気が付いたら数時間ワープしてた。

竜宮城で時を忘れた浦島太郎もこんな感じだったのだろうか。


「じゃあ、もう自室に戻ります」


さくらは、セシルさんを呼んだ方がいいかなと思い、セシルさんから渡されたモルフォ蝶の装飾がついた美しいベルを持ち上げた。


チリンとなった瞬間ドアが開いて「さくら様、お呼びでしょうか」とセシルさんとサリーさんがにっこり笑って礼をする。

すごく早かったけど、部屋の外で待ち構えてたのだろうか。次からソファーで待ってもらおう。


「へ、部屋にもどろうかと思います」


「かしこまりました。ご案内いたします」



▽△▽△▽△▽△▽△



さくらは、モルフォ蝶の壁紙の自室に戻り、”お夕食の為のお召し替え”をしていた。


ドレッサーの横のハンガーラックに、衣装室から選ばれた服が並んでいる。


さくらは、サリーさん推薦の三着の中から、一番ゆったりしたシルエットのグリーンがかったベージュのロングドレスを選んだ。

頭文字Uの量販店で買った薄手のニットとマキシスカートを脱がされ、シルクのインナーとロングドレスにお召し変えだ。


「御髪はゆるく編んでハーフアップにいたしましょう。さくら様、眉を整えてもよろしいですか?」


「ぜひ!お願いします!」


「かしこまりました」


サリーさんが、手際よく眉を整えてくれる。プロのお手入れすごい。今まで生きてきて、一番美しい眉かもしれない。


「軽くお化粧もいたします」


サリーさんは、軽くお化粧してますという雰囲気なのに、劇的に顔が垢ぬけるお化粧を施してくれた。

毎日この顔を見ていたら、自分を美人だと錯覚しそうだ。


「アクセサリーはお召しになりますか?」


「やめておきます」


「かしこまりました」


「歴代のルーンの主様は、護衛の方とお夕食をご一緒されていらっしゃいましたが、さくら様はカイ様とご一緒に召しあがりますか?」


「あ、はい、カイさんと一緒で」


「かしこまりました」


「セシルさん、サリーさん、もうちょっと気安い言葉で話して欲しいのだけど、それはダメな事ですか?無理ならいいけど、私こっちに友達いないし、もう少し近い距離感がいいです」


「はい、わかりました。さくら様、私の事はサリーと呼んで下さい」


「さくら様、わかりました。私も、セシルと呼んでください」


「ありがとう、サリー、セシル」


サリーとセシル、優秀すぎる。

侍女たちは、さくらのリクエストに即座に応えて言葉使いを変えてくれた。

さくらは、良い感じに距離を詰めてくれた2人のおかげで、少し肩の力が抜けた。



▽△▽△▽△▽△▽△



夕飯は、それはもう美味しかった。一見普通のローストビーフとマッシュポテトなのに、ものすごく美味しかった。

特にマッシュポテトが、これだけ山盛り食べたいと思うくらい素晴らしかった。


このローストビーフとマッシュポテトは、マーゴさんのレシピらしい。

マーゴさんのスーパーウマンっぷりがすごい。本当に後継がさくらでいいのか。マーゴさんみたいな活躍を求められても、さくらには無理だ。不安しかない。


「さくら様、マッシュポテトのおかわりはいかがですか?」


「あ、いただきます」


ふと前を見ると、カイさんが柔らかな笑みを浮かべながらさくらを見ている。

そうだ、カイさんにも言っておかなくちゃ。

さくらは、セシルとサリーにお願いした事を、カイさんにもお願いする事にした。


「カイさん、お願いがあるんですけど、このお屋敷の人みんなに。もちろんカイさんも」


「なんでございましょう?」


「もう少し気安い言葉で話して欲しいです。私、こっちに知り合いも友達もいないし、もう少しフレンドリーな方がうれしいです」


「気安いとは、どの程度でございますか?」


「カイさん、親しい女友達に話す時って、どんな感じですか?」


「女性の友達はおりませんので、分かりかねます」


「いないって、ひとりも?」


「さくら様は、親しい男友達はいらっしゃいましたか?」


「いませんでした」


しまった。さくらも親しい男友達なんていない。どうしよう、距離感がわからない。

男友達どころか、病気をしてから女友達とも碌に付き合ってなかった。


「マーゴさんと護衛さんって、どんな距離感でしたか?それを参考にしましょう」


「さくら、マーゴ様の護衛は、公私ともにマーゴ様のパートナーだったよ」


「いきなり距離を詰めてきましたね」


「マーゴ様と護衛の距離感を参考にした。さくらが望んだことだよ?嫌かい?」


「け、敬語よりはいいかな」


カイさん、どうして隣に移動してくるのか。近い近い。テーブルの大きさに対して椅子の位置がおかしい。

男前が近い。カイさんが男前すぎて辛い。大口開けて食べられない。


「カイさん、近すぎて食べずらいです」


「さくらもカイでいいんだよ。言ってごらん、カイ」


「カイ、近すぎて食べずらい」


「大丈夫、すぐ慣れるよ」


慣れないと思う。絶対慣れないと思う。

カイは、意外と強引だ。言葉は丁寧だから誤魔化されてたけど、よく考えたら最初からグイグイきてた。

さくらは、カイを横目で軽く睨んでおかわりしたマッシュポテトを食べる。



ノノミヤ邸の料理人は優秀だった。

メインだけではなく、スープも自家製パンもデザートの桃のシャーベットも素晴らしかった。


ちなみに、食事はコース料理ではない。

マーゴさんよりずっと前の主が、家でコース料理なんて嫌だと言い、ルーンの主の館では、デザート以外全て配膳されるスタイルになったらしい。

さくらもその方が気楽に楽しめるので、変えずにこのままでと料理人にお願いした。


カイに、食後の談笑をと誘われたけれど、さくらは早々に部屋に戻る事にした。何だかとても疲れたのだ。

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