さくら、侍女を採用する
カイさんのエスコートで、まずはさくらの自室に向かう。
「さくら様の自室です」
「ここ、マーゴさんが使ってた部屋?」
「いいえ、ノノミヤ邸になってから出来た部屋です」
「なんでこんなにファンタジーテイストなの?壁紙モルフォ蝶とか怖いよ」
「お好きかと」
「夢は夢、現実は現実だよ。こんな落ち着かない部屋はちょっと」
「では、壁紙は張り替えましょう」
「お願いします」
「今日は間に合いませんので、このままでお休みください」
「・・・わかりました」
「では、さくら様の趣味の部屋と図書室にご案内します」
「趣味の部屋?」
「はい。こちらへどうぞ」
その部屋は、壁一面に本が並び、その一画が漫画だった。読みたいと思っていた作品が目白押しだ。素晴らしい。
丸テーブルに月の満ち欠けが描かれているクロスがかけられていて、布張りのアンティークな椅子が2脚向かい合って置いてある。
すごく占い師っぽい。なにこれ素敵。
さくらは、ニヤつく顔を必死で戻してカイさんの顔を見る。
「どうです?お気に召しましたか?」
カイさん、すっごいドヤ顔だ。
「悔しいですけど、すごくいいです」
「なぜ悔しいのです。喜んで頂けたようで安心しました、準備した侍女候補が喜びます。手配したのは私ですが」
「この漫画は、増やしてもらえるんですか?」
「さくら様がお望みなら、何とか増やすでしょう」
「何とかって、どうやって?」
「それは分かりませんが、漫画を揃えた侍女候補を採用すれば何とかするでしょう」
さくらは、深く考えない事にした。気にしていたら案内が永遠に終わらない。
図書館も素晴らしかった。学校の図書館くらいの規模があった。
歴代の主が趣味で集めた書籍が中心なので、内容はだいぶ偏っているらしいけれど、図鑑や医学書や歴史書などの知識系から恋愛小説や冒険談などの読み物まで揃っていて、なかなか楽しめそうだ。
厨房も広々していて、大きなオーブンがあり、お菓子作りも捗りそうだ。
お風呂は猫足のバスタブのある小さなものが部屋についていたけれど、広い浴場もあった。なんと温泉を引いているらしい。
サロン(応接室)は3か所あり、サンルームと温室が一緒になったような部屋もあった。
「カイさん、これまで他の人に1人も会ってないけど、侍女候補の人ってどこにいるの?」
「会って頂けるならホールに集めますが、どういたしますか?」
「会います」
ホールに向かい、カイさんがパンパンと手を叩くと、あちこちからお仕着せの人達が出てきた。
なんと、16人もの人が邸内に居たらしい。
お仕着せではない人が5人いる。ドレスの人が3人、ワンピースの人が2人。あの人達がもしかして侍女候補だろうか。
「家令と執事を兼ねたバトラーのエリックです。エリック、ご挨拶を」
「主様、ご機嫌麗しゅうございますか。家令のエリックでございます。館の管理、家計の管理、使用人の管理、銀器やワインの管理などを行います。よろしくお願いいたします」
「エリックさん、よろしくお願いします。私の事は、さくらと呼んでください」
「かしこまりましたさくら様、私の事はエリックと敬称無しでお呼び下さい」
「わかりました。エリック」
「料理長のボブでございます。厨房の責任者です。よろしくお願いいたします」
「家政婦長のメアリーでございます。女中の統括、家事の運営を受け持ちます。よろしくお願いいたします」
「料理人のナンナです。よろしくお願いいたします」
「侍女候補のエリザベッタでございます。よろしくお願いいたします」
「侍女候補のイザベラでございます。よろしくお願いいたします」
「侍女候補のセシルでございます。よろしくお願いいたします」
「侍女候補のサリーでございます。よろしくお願いいたします」
「侍女候補のエラでございます。よろしくお願いいたします」
「フットマンのマイケルでございます。お客様の応対、お世話、給仕などを行います。よろしくお願いいたします」
「御者のサミュエルでございます。サムとお呼び下さい。御者と厩の管理を行います。よろしくお願いいたします」
「馬丁のアイクでございます。馬の世話を行います。よろしくお願いいたします」
「庭師のトムでございます。庭園の管理を行います。よろしくお願いいたします」
「メイドのニーナでございます。家事全般を行います。よろしくお願いいたします」
「メイドのサラでございます。主に寝室や暖炉の管理を行います。よろしくお願いいたします」
「メイドのロッテでございます。主にサロンの管理を行います。よろしくお願いいたします」
「みなさん、よろしくお願いします。私の事は、さくらと呼んでください」
多い!人数が多い!メイドさん全員似てるし覚えられる気がしない・・・。
さくらは、こんなに使用人が居るとは思わなかったので、いっぱいいっぱいだ。
「さくら様、これから侍女候補の面接をお願いします。とりあえず2人を採用予定です」
いっぱいいっぱいなのに、面接があるそうだ。嫌だやりたくない。
「今やりたくない」
「嫌な事を後回しにすると、揉め事の原因になりますよ。立場の違う女性5人なので」
立場の違う女性5人。トラブルの臭いしかしない。
「やります。今すぐやります」
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さくらは、カイさんと並んで応接室のソファに座り、一人ずつ侍女候補を呼んで面接する。
1人目の候補は、カイさんを見つめながら、ドレス捌きも軽やかに悠々と入って来た。
さあ、面接のはじまりだ。さくらは気合を振り絞る。
「エリザベッタでございます。エール伯爵家の三女です。現在はモンサル侯爵家で侍女をしております」
「志望動機はなんでしょう?」
「私は、ルーンの主様の元でお役に立ちたいと強く思っております」
「侯爵家の方々はなんと?」
「ぜひルーンの主様にお仕えするようにと」
「さくら様、エリザベッタはモンサル侯爵家の推挙です」
「わかりました。あちらの部屋でお待ちください」
エリザベッタさん、潔いくらいにカイさんしか見てない。
あ、こっち見たと思ったら、お役に立ちたいという目ではないんですが。
さくらは、例の会社にいた選民思想の強い先輩を思い出す。
「イザベラでございます。ゴズール子爵家の次女です。現在はモンサル侯爵家で侍女をしております」
「志望動機はなんでしょう?」
「私は、ルーンの主様の元でお役に立ちたいと強く思っております」
「侯爵家の方々はなんと?」
「ぜひルーンの主様にお仕えするようにと」
「さくら様、イザベラはエリザベッタ同様モンサル侯爵家の推挙です」
「わかりました。あちらの部屋でお待ちください」
イザベラさん、エリザベッタさんと一字一句同じ事を、さくらを一瞥もせずに答える。
イザベラさんも、視線がカイさんにガッチリ固定なんですが。
そしてやっぱり、チラリとこっちを見る目は、お役に立ちたいという目ではないんですが。
さくらは、また例の会社にいた選民思想の強い先輩を思い出す。
「セシルでございます。サンズ子爵家の四女です。ロンシャン伯爵家で侍女をしておりました」
「志望動機はなんでしょう?」
「私は、ルーンの主様、さくら様のお傍でお役に立ちたいと思い、ロンシャン伯爵家にお許しを頂き面接にまいりました」
「伯爵家の方々はなんと?」
「紹介状は頂きましたが、解雇になりました」
「解雇?!」
「はい、頑張ってこいとエールを頂きました」
「わかりました。あちらの部屋でお待ちください」
セシルさん、おしとやかに振舞ってるのに視線が熱い。
「解雇になりました」ってあんなに希望に満ちた顔で言う人初めて見た。
この顔見たら、伯爵様もエールを送るかも。
あと、クールそうなお顔にメガネがむちゃくちゃ似合ってて素敵だ。
「サリーでございます。サンセット商会の長女です。サルーン伯爵家で侍女をしております」
「志望動機はなんでしょう?」
「私は、新しいルーンの主様がいらしたら、ぜひお傍にお仕えしたいと思っておりました。サルーン伯爵家の奥様にお願いしまして、お許しを頂き面接にまいりました」
「伯爵家の方々はなんと?」
「奥様から紹介状を頂きました」
「今はまだサルーン伯爵家にお勤めですか?」
「はい、奥様付きの侍女としてお仕えしております」
「辞めてしまって大丈夫なのですか?」
「奥様には侍女が3人おります。ですから、私の気持を汲んで下さいました」
「わかりました。あちらの部屋でお待ちください」
何この人、すごい癒される。ほんわかしてていいな。
サリーさんに、朝起こしてもらったら、一日良い気分で過ごせそう。
やんわりしつつもやる気に溢れてて好感が持てる。
「エラでございます。コーナー子爵家で侍女をしております」
「志望動機はなんでしょう?」
「私は、ルーンの主様のお役に立ちたいと思い、面接にまいりました」
「子爵家の方々はなんと?」
「旦那様から紹介状を頂きました」
「今はまだコーナー子爵家にお勤めですか?」
「はい」
「辞めてしまって大丈夫なのですか?」
「はい」
「わかりました。あちらの部屋でお待ちください」
エラさんは、多分一ミリも私に仕えたくないよね?
何故応募したと聞きたくなるくらい、ずっと下向いて絶望してるんですけど。
誰かに強要されたのかな。気の毒だな。
これ、カイさん面接する前から絶対結果分かってたよね。
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さくらは、まず一番重要な事を確認する。
「漫画を用意してくれたのはどの人ですか?」
「セシルです」
よし、セシルさんだった!
「セシルさんと、サリーさんで。後、エラさんが困っているようなら、話しを聞いてあげて下さい」
「さくら様、一応理由を伺ってよろしいですか?」
「今後も漫画読みたいです。エリザベッタさんとイザベラさんは志望動機が全く一緒だし侯爵家のひも付き感がすごいです。あと、会社の選民思想の強い先輩に雰囲気がそっくりだった。エラさんは、全く私の侍女をやりたくなさそうだったし、なんなら絶望してた」
「なるほど。それではセシルとサリーを採用します」
「侯爵家から文句とか来ませんかね」
「侯爵家など、ルーンの主様のプライベートな決定に文句を言えるような身分ではございません」
本当に?エリザベッタさんとイザベラさん見てたらそんな感じしないけど。
彼女達見てると、むちゃくちゃ文句がありそうだ。色んな意味で。
「カイさんって、もしかしてどこかのご令息?」
「ライド公爵家の長男です」
「長男?!後継ぎじゃないの?」
「家督は弟に譲りました。何が何でもさくら様の護衛になりたかったので。10年前マーゴ様からお姿の映し絵を見せて頂いた時から、さくら様の護衛になると決めていました」
「カイさん、さわやかな笑顔で、さらりとヘビーな告白やめて」
「家族も私の好きにしていいと言ってくれましたので、全く問題はございません」
「私が引き受けなかったら、どうするつもりだったの?」
「さくら様が引き受けて下さらなかった時の事など、一切考えておりませんでしたので分かりません。私の幸せはさくら様と共にあります」
「やめて、生き方が刹那的すぎるし、幸せがピンポイントすぎる」
「ですが、現在こうしてさくら様の護衛としてお傍に侍る事を許されましたし、この先は一生お傍を離れませんので。私の夢はかないました」
さくらを見ながらにこやかに言い切るカイさんの目が爛爛としていて怖い。
「と、とりあえず、後の事はお願いします。私は趣味部屋にいますので」
「今すぐ採用の結果を伝えてまいりますので、こちらでお待ちください」
え、今すぐ伝えちゃうの?すぐそこにいると思うと気まずい。
「私、漫画読みたいので趣味部屋へ行きます。あとお腹空きました」
「結果を伝えるだけですので、すぐに終わります」
カイさんは、侍女候補のいる部屋に入って行った。
そして、5分も経たないうちにセシルとサリーを連れて戻って来た。
「さくら様、セシルとサリーがさくら様の侍女に決定いたしました」
「セシルでございます。精一杯勤めさせていただきます」
「サリーでございます。一生懸命お仕えいたします」
「「よろしくお願いいたします」」
「はい、よろしくお願いします。早速だけど、趣味部屋の方に」
「かしこまりました。趣味のお部屋へご案内いたします。お食事もそちらで?」
「はい、そちらで。片手で食べられる軽食でお願いします。サンドイッチとか!」
「かしこまりました。さくら様」
セシルさんは、メガネが似合うキリッとした美人さんで、サリーさんは柔らかい雰囲気のほんわか美人さんだ。
さくらは、背の高い違うタイプの美人2人を贅沢に従えて、カイさんにエスコートされながら歩く。向かうは趣味部屋だ。
ゴージャスな人達に付き添われて、まさかサンドイッチをつまみながら漫画を読みに行くとは誰も思うまい。