犬
息子と娘が、学校の帰り道、なにやら拾ってきて、家の裏で飼っているらしいと妻から聞いた。
私は眉尻を下げて昔を思い出して懐かしく思った。
当時の私も学校帰りに箱に入れられた犬を拾って親に内緒にして縁の下で妹と育てたものだ。夕食を互いに残して小さいそれが美味しそうに食べるさまが可愛くって仕方がなかった。
「ダメですよ、動物なんて」
妻はそういうが、これも情操教育だと説得して、裏庭にいるであろう子供たちの元に行った。
二人は箱の前に立って、何もいないと言ったが、私は二人を落ち着かせた。
私の両親は、私たちの仔犬を捨ててしまったが、この子たちにはそんな寂しい思いをさせたくないと、当時の自分達を重ねていた。
「どれ。父さんにも見せてくれ」
「うんいいよ」
「とっても可愛いよ! ジョンって言うんだ!」
箱を覗いて驚いた。そこには犬でも猫でもない、何かがいたのだ。
まるで胎児のような……、モコモコに太った芋虫のような……。
それは醜い口を歪ませて『バフ、バフ』と息を漏らしている。
「ねぇ、飼ってもいいでしょう?」
「おうちの中で飼う?」
この子たちはこれを見てなんとも思わないのだろうか? 私の背中にはびっしょりと汗をかいていて、なんとも答えることが出来なかった。
捨ててこなくてはならない──。
夜中に私は、その生き物を箱に入れたまま、自転車の荷台にくくって川まで運んだ。
そして橋の上から、川に捨てたのだ。それはゴボゴボと暗い水面に吸い込まれてやがて消えた。罪悪感と、正直な安堵の気持ち。
思えば、私と妹が縁の下で飼っていたものも──。あんな形だったかもしれない。
私は自転車のペダルに力を込めて家へと向かう。その時だった。
犬ほどの胎児のような、芋虫のようなものがウネウネと目の前を右から左へと横切って行った。
それも一匹ではない、三匹もだ。
私は暫く、ただ呆然と風の音とバフ、バフという鳴き声を多数の場所から聞こえることを感じていた。
◇
「どうもこんにちわ~」
「あ、こんにちわ……」
迎えの奥さんが犬の散歩をしている。最近はアレを散歩させる人も多くなった。
犬とはもともとあんな形だったろうか?
私がおかしいのか、世間がおかしいのか、最近は分からなくなってしまった。