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フォッグ 特命刑事マリ  作者: 西一
9/10

運命の日

 運命の日がやってきた。

 六月十二日、アメリカ大統領が日米首脳会談のために来日。この日のためにマリは日々苦しい訓練を行ってきたのだ。

 だが今日、その任務は完遂される。と同時に、任務を終えたマリにとって、過去のこの時代に必要とされないのである……。


 アメリカ大統領の来日に伴い、警視庁の威信をかけた警護が敷かれ、一万八千人の警察官を動員し警備を強化している。

 都心は厳戒態勢に入って、首都高と都心部の一般道で部分的な交通規制が行われた。


 アメリカ大統領を警護する三十台を超える長い車列。

 大統領は専用車のビーストの後部座席右側に腰掛け、分厚い防弾ガラスの奥から、笑顔で沿道の市民に手を振っていた。

 大統領の護衛を務める警護人、シークレットサービスの警護も厳重で、車両脇で警戒していた。


 万全の態勢でアメリカ大統領を東京に迎え入れた。

今まで重大事件が起こったことのない日本、誰もが楽観し緊張感が無かった。ただ、マリと黒田の二人を除いては……。



 この日の夕刻、非公式の夕食会が開かれた。

 高級寿司店の閉店後、店を貸し切りして、お忍びで大統領が遣って来た。

 世界中で一番命を狙われるアメリカ大統領。

 テロリストは、かなりの時間を掛けて綿密に計画し、この時を狙っていたのである。



「おっ、気合いが入っているな」

 黒田がマリに会うなり声を掛けた。

 この日のためにマリは、長い髪をバッサリ切っていた。

「さあ、行こうか! 二人して、日本を救おう」

「はい!」

 二人は運命の日に挑む。


 マリと黒田は別行動、マリは暗殺者を警戒して店前の通りを警戒し、黒田はテロリストの襲撃に備えて大統領の動きに合わせて行動した。


 混乱に乗じてテロリストは逃げたため、暗殺者のデータが無い。人相などが分からず勘だけが頼りである。

 

 黒田と別行動をしていたマリが、ある人物に目が留まった。

 挙動不審の怪しい外国人。

 尾行するマリに気付いた不審者は、マリから逃げるように人気のない路地裏へと消えた。


 やはり、暗殺者ね。


 彼こそ、N国同様、アメリカと対立するテロ支援国家が派遣したプロの暗殺者だった。


 暗殺者が懐に手を差し延べた瞬間、構えたマリが右手の人差し指に気を込めた。

「あんたのために、遥々未来から遣って来たのよ。でも、これでジエンド!」

『ズバーン』

 気銃が暗殺者の動きを止めた。が、

 暗殺者は必死で金縛りを解き、なおもマリに襲い掛かって来る。


 うそぉ、なんで……全く、しつこいわね。お仕置きよ!


 マリの強烈な回し蹴りが炸裂し、暗殺者を一瞬でノックアウトした。


 あちゃー、またやっちゃった。どうしょう、また叱られちゃうわ……いや、何かおかしい……。


 余裕だったマリの表情に焦りの色が浮んだ。

 暗殺者に意識は無かったものの、体が動き出す。

 上体を起こしてマリの方に顔を向ける暗殺者。

 マリはゾッとした。

 その時、見開いた暗殺者の目が光った。


 しまった――。


 マリが強い金縛りに合った。


 ナミの攻撃と同じ状況。声も出ない。

 動けなくなったマリをあざ笑うように、暗殺者がムクリと立ち上がり動き出した。

 ヨタヨタと、まるでゾンビのように……。


 暗殺者は無意識だった。

 彼にはマイクロチップが埋め込まれていて、仕組まれたプログラムによって一時的にコントロールされている。

 エイジェント・ナミによって、意識を失った途端に作動する超小型のマイクロチップが後頭部に組み込まれていたのだった。

 

 マイクロチップに洗脳された暗殺者。

 この時マリは、ナミの目的がハッキリと分かった。


 やはり、大統領の暗殺。しかも、この日本で殺害するのが彼女の目的だったんだ。


 大統領を暗殺するために、過去に送り込まれて来たのだと。

 大統領の暗殺によって、アメリカ国民の怒りの矛先を日本に向けさせ、強固な日米同盟を引き裂くのが彼女の狙いだったのだと気付いた。

 ナミの言っていた『あんたには防げない。任務は遂行出来ない』の言葉が脳裏に浮んだ。


 彼女なら未遂じゃなく、本気で大統領を殺すはず。早く止めないと大変なことになるわ。


 その時――。

『ドゴーン』

 突然、耳をつんざく爆発音がした

 爆発は近くで起こったらしい。 

 ハッとした。これは罠、警護人を引き付けるおとりなのだと。

 だが、マリの体はピクリとも動かない。

 暗殺者がマリの手から離れて行く。


 破壊テロだと勘違いした群衆の視線が一斉に爆発音に向けられ、ドッと警備の人達が一斉に爆発音に向かった。

 大統領の警護が緩んだ。

 暗殺者の魔の手が手薄の大統領に忍び寄る。


 もう駄目、間に合わない――。こんな、こんな大事な時に、体が動かないなんて。動いて、動いてよ! この足。


 心の中で叫びながら自らの足を叩くマリ。

 動こうとするがどうにもならない。

 ナミのあざ笑う声が聞こえるようだった。

 


 渾身の力を振り絞ってマリは立ち上がった。

 一歩一歩、重い足を引きずるように歩き出す。


 負けたくない。二度も負けるなんて、もう、彼女に負けたくない。この日のために未来から来たというのに……今までの苦労が水の泡に……黒田さん、お願い、そっちじゃないの、行っちゃだめぇー!


 心の中でマリは黒田に届くように叫んだ。


『パーン』

 一発の銃声が鳴った。

 全てが終わった、とマリは思った。途端、金縛りが解けた。

「キャー!」という悲鳴で、交通規制された大通りに集まっている観衆が騒然とした。

 群集がパニックに陥り、大きな混乱が巻き起こった。


 無我夢中でマリは走った。


 なんのために私は過去に来たのよ。全てはこの日のためだったはずなのに……。


 だが、次の瞬間、マリは自分の目を疑った。


 ――なんで?


 居るはずのない黒田が暗殺者を取り押さえていたのである。



 すでに大統領は専用車のビーストの中に避難していた。

 不思議そうな顔をしながらマリは黒田のもとに近付いた。

「黒田さん、どうしてここに?」

 声を掛けるマリに、

「あれが知らせてくれたんだ。マリの相棒だろう」

 指差した方にはバードが旋回していた。

「それと、信じられないだろうけど、声が、マリの心の声が、『そっちじゃない、行っちゃ駄目』と、まるでテレパシーのように聞こえたんだ。これも未来のアイテムなのか?」

 離れた黒田に、マリの心の声が聞こえたのだと彼は言った。

 

 囮の爆発に向かっていた黒田の足が止まった。そして、心の叫びに導かれるように黒田が動いていたのである。

 それは、愛と言う名の奇跡。科学では説明出来ない、愛する者同士が分かち合う力。未来にも無い優れた意思伝達装置だった。

 

「そんな物は無いです。心の声が聞こえたなんて、信じられないわ」

「じゃ、これって二人だけが持つ能力なんじゃないか」

「心と心が通じ合うなんて、素敵ですね」

 任務は達成された。

 マリを惑わし続けた孤高のエイジェント・ナミの残影に勝ったと思った。


「終わったんだな。これで警視庁の、いや、日本の汚点を防いだんだな。良くやった、マリ。全てはお前のお陰だ」

 優しく声を掛けられ、初めて黒田に褒められた。

 今までの苦労が報われたと思い、とめどなく涙が溢れ出る。任務が達成されたことはもちろん、黒田と心が通じ合えたことが何よりも嬉しかった。


 人目をはばからず泣くマリに、

「お、おい、こんな所で泣くなよ。みんなが見ているんだぞ」

 恥ずかしそうに黒田は言うが、

「だって、だって嬉しいんですもの」

 黒田の胸の中で泣き続けた。


『パチパチ、パチ』

 二人の勇気ある行動に拍手が鳴った。

 その拍手は、次第に多くなり一帯に響き渡った。まるで主演を務める舞台俳優のように、二人に拍手を送ったのである。


 観衆は大喜びで拍手喝采した。

 不法滞在者である自分を、過去の現代人が褒めてくれることにマリは喜んだ。

 だが、舞台はいつか幕を下ろす。

 黒田とマリにも別れの時が迫っていた。

 離れたくない一心で黒田を力一杯抱き締めた。



 日本の危機を救った黒田は称賛され注目を浴びた。

 その功績をたたえられ、彼に警視総監賞を授与された。

 黒田の所属する生活安全課もまた注目を浴び、市民の期待が高まった。

 重役達は大いに喜び、黒田とそのパートナーであるマリの二人に、ご褒美として長期休暇が与えられた。 


「気晴らしに、どこかへ行かないか」

 と黒田がマリを誘った。

「私、お母さんの故郷である四国に行ってみたいんですけど、遠いですよね」

 遠慮がちに言ったマリに、

「いや。マリが行きたいんだったら、行こう」

 是非にと、黒田は勧めた。

「でも、四国は遠いですよ」

「遠慮するな。過去のこの時代は不慣れなんだろう、だったら、旅行の計画は俺に任せろよ」

「じゃあ、お願いします」

 マリが満面の笑みを浮かべて大きく返事をした。


 単なる旅行としか思っていなかった黒田は、この時のマリの心情を知る由もない。

 滞在時計のカウントダウンは止まらない。僅か三十時間、分かれは間近に迫っていた。


来週で終話になります。最後まで読んでいただけると幸いです。


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