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フォッグ 特命刑事マリ  作者: 西一
7/10

コンビ解消

「黒田さんは?」

 いつまで経っても出勤して来ない黒田を気にしたマリが、水沢主任に聞いた。

「麻薬の密売が行われるという情報が入ったそうで、彼、取引現場に向かったそうよ」

「麻薬の密売? 何故、黒田さんが」

「彼、捜査一課の同僚の手伝いで、抜け出すことがよくあるのよ。麻薬の密売組織は六人、みんなが拳銃を持っているって聞いたけど、いつから日本はアメリカのように銃社会になったのかしらね。黒田君から、くれぐれもマリちゃんには内緒にして欲しいと、釘を刺されているんだけど。なんにでも首を突っ込むから危険だって。きっと、マリちゃんのことが心配で仕方がないのよ。もしかして、それって」

「そんなこと、ないですよ」

 と言って赤い顔をした。と同時に嫌な予感、胸騒ぎがした。


 第三管区海上保安本部から密売ルートに関する情報を受け、捜査一課は昨年から捜査をしていた。

 国際的な薬物犯罪組織から薬物を密輸入し、組織的に密売しているという。

 凶悪犯相手に防弾チョッキを纏っていない無防備な黒田のことが気になって、仕事どころではない。

 マリは、パトロールに出掛けると嘘を付いて署を出た。

 慣れないパトカーに乗って、急いで麻薬の取引現場に向かう。

 


 東京湾の倉庫群に着くと、何台ものパトカーが建物を包囲するように取り囲んでいた。

 すぐさまスマホをかざし、過去のデーターを調べる。

 情報によると、麻薬密売組織は極悪非道な凶悪犯で、八人組とあった。そのリーダーは拳銃の扱いに慣れた凄腕のヒットマン。


 確か、水沢さんは六人って言っていたけど……。


 何故か、その後の情報が不明になっている。

 何度もスマホを振るが読み込めない。


 不明って、何よ。肝心なとこが分からないじゃない……。これってまさか、タイムパラレルの影響? 彼女ナミが滅茶苦茶にしたから……。 


 黒田の身を案じるマリは、警備の目を盗んで建物の中に潜り込んだ。


 居た、黒田さん。無事で良かったわ。

 

 倉庫の中に入っていた黒田は、最前線で密売組織と対峙していた。

 一刻も早く組織の情報を黒田に伝えたい。

 身をかがめてマリはゆっくりと黒田のもとに近付いて行く。


 追い詰められた密売組織は拳銃を発砲して威嚇する。

 しかし、メンバーは六人ではなかった。後方で黒田を狙う組織のリーダーが、まさに発砲しようと引き金に手を掛けていた。

 

 ――危ない!


『パーーン』

 黒田に放たれた銃弾を、マリが身を挺して防いだ。


 痛ったぁい! この防弾服、壊れているんじゃないの? いくら身を守る防弾服といっても、その衝撃は大きいのね。


「――マリ」

 マリが居ることに驚きを隠せない。

「……何故、お前がここにいる? 下がっていろ!」

「組織は八人、それを伝えたくて」

「そんなことを伝えるために、危険を冒して来たのか」

「後ろに二人、その一人がリーダーです。拳銃の腕が凄くいいから気をつけて」

 そうアドバイスするマリに、

「危ない!」

 黒田が叫ぶ。

『パーーン』

 二発目の銃声――。

 今度は黒田が盾となった。


 何、これ?


 マリの手に熱い物が。

 熱いヌルッとしたものは黒田の血だった。

「いやぁーー!」

 マリの悲鳴が響き渡る。

「誰かぁ! 誰か、救急車を!」

 マリの叫びに、待機していた刑事達が一斉に襲い掛かった。

 密売人はバラバラに逃げ出し、危機は去った。


 気銃に使う、ありったけの気を集中し、黒田に止血の応急手当てをした。

「俺のことはいい。早く、応援に行け」

 それでもマリは動かない。

「お前は警官だろ、ここで組織を根絶やしにしないと、薬物の乱用者を増やすばかりで、被害が無くならない。早く行くんだぁ!」

「あっ、はい!」

 密売人を追ってマリは走り出す。

 上空で飛行するバードが密売人の足取りを捉えて、詳細な情報を送って来た。


 逃がさない! 絶対に逃がさないから。


 愛する人を傷付けられ、暴走するマリを誰も止められない。

 先回りしたマリが、狙撃したリーダーの前に立ちはだかった。

 気を使い果たしたマリに、もう気銃は使えない。

 マリは凶暴化した犯人に素手で挑んだ。


 防弾服が盾となり、恐れを知らないマリは犯人を追い詰める。

 マリがしゃがみ込むと、犯人の視界から一瞬で消えた。そして、次の瞬間、強烈な回し蹴りが襲う。

 怒りに任せて犯人を力一杯蹴り飛ばした――。


 勝負は一瞬で決着。

 リーダーは気を失ってその場に大の字になって倒れた。

「よくも、よくも黒田さんを!」

 気絶しているリーダーに馬乗りになり、小さなこぶしを振り上げて殴り付ける。

 何度も何度も犯人を殴り付けた。

「やめろ! やめたまえ、君。もうすんだんだ。犯人を取り押さえたことはお手柄だが、これ以上危害を加えると、君も傷害罪で逮捕しなければならん」


 ――私。


 ハッとしてマリは密売人から離れた。

 ナミと同じ。むやみに危害を加えてはならないという国際法違反。

 ある目的のために過去に来たが、果たして自分はこの世界にとって善良な市民なのか? はたまた、犯罪者なのか? そんなことを思い知らされる出来事だった。


 冷静を取り戻したマリは、急いで黒田の所へ向かった。

「心配ない、かすり傷だ。そんなことよりマリ、俺の仇といって犯人に危害を加えていないだろうな」

「……」

 思わずマリが視線を逸らした。

「お前という奴は……。警官が暴力を振るうとは言語道断、あれほど言ったのに。もう帰れ、顔も見たくない」

 唇を噛み締めながら黒田は言った。


『ピーポー、ピーポー』

 救急車が到着すると、黒田は病院に緊急搬送された。

 マリの服に付いた大量の出血痕は、彼が言っていた『かすり傷』ではなく、かなりの重症であることが分かる。

 黒田の容体を案じるマリは、救急車を追って病院に向かった。



 日が沈み、次第に辺りが暗くなっていく。

 マリの気持ちも、言い知れぬ不安で滅入っていった。

 無数のチューブと、点滴や人工呼吸器などの装置が施され生かされる黒田。

『すみません、手を尽くしたのですが』と医者はとても悲しげな顔で告げる。

 そんな最悪な状況が頭をよぎり、何度も振り払った。

 


 息を切らせ病室の前まで来たマリは、一瞬ためらったが、勇気を出して部屋の中に入った。

 部外者を立ち入らせないために個室があてがわれ、ホテルのような立派な部屋。そこには、マリの心配とは裏腹に元気な姿の黒田が居た。

 彼女の適切な措置のお蔭で、軽症ですんでいた。

 そんな黒田がマリを睨み付けて言った。

「話は聞いた。凶悪犯相手に、また無茶したそうだな……。何故、身勝手な行動をとるんだ」

「私はただ、黒田さんの力になりたいだけ」

「ほら、それがお節介なんだよ。なんで俺は、お前なんかとコンビを組まなきゃならないんだ……それに、なんて格好をしてるんだ。俺への当て付けか?」

 着替えもせず血の付いた服のままのマリ。

 黒田の怒りに油を注いだ。


「私のせいで、黒田さんが死に掛けたから……自分だけ着替えなんて出来ないよ」

 その時、黒田がお腹を押さえてうずくまった。

「だっ、大丈夫ですか?」

 介抱しょうとするマリの手が黒田の体に触れた。

「触るな! お前の助けなど、死んでも借りるものか。パートナーの俺との約束も守れないなんて……お前を見ていると、怒りが込み上げてくる。お前の存在は、俺にとってストレスそのものなんだ」

「そんな……」

 言葉に詰まった。

 でも、約束を破ったマリには謝ることしか出来ない。


「ご免なさい、約束を守れなくて。たとえ凶悪犯であっても危害を加えるなって……でも、でも黒田さんが」

「そんなことはどうだっていい! あんな奴ら、痛い目に遭った方が丁度いいんだ。それより、武器を持った凶暴な犯人に、素手で立ち向かうとは……」


 防弾服のことは、誰にも言ってはいけない重要機密。でも、黒田さんにいつまでも嘘は付けない。本当のことを知ってもらいたい。でも、言ったとしても信じてくれるはずない。


「あれほど、命を大事にしろと言ったのに、俺との約束を守れないなんて。出て行け! お前の顔なんか、二度と見たくない」

 マリを突き放し、黒田は目も合わそうとしない。


「……分かりました。もう、黒田さんの前に姿は見せない、もう二度と会わないから……。今まで、ご指導ありがとう……色々迷惑掛けたみたいで、ご免なさい。じゃー私、行くね」

 かすれる小さな声で、別れを告げた。


 黒田に一礼して振り返り、出て行こうとするマリに、

「どこへ行く? 行く所はあるのか」

 マリの足が止まった。

「……」

「マリ、お前は一体、何者なんだ?」

 何故か、全てを見透かされているようだった。


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