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フォッグ 特命刑事マリ  作者: 西一
6/10

復讐

 気が付くと、ベッドで寝ていた。


 ――痛い。


 筋肉痛に似た痛みがマリを襲った。


 気銃の後遺症ね。でも、無事で良かったわ。確か、黒田さんと、キスしたんじゃ……。で、ここは?


 見回すと、そこは見知らぬホテルの一室だった。

 布団を掛けられていたが、何故か下着姿。その時、ドアを開ける音がした。


 黒田さん?


 恥ずかしさのあまり「駄目よ! 来ちゃ」と叫んだ。

 黒田だと思った人物は、水沢主任だった。

「黒田君だと思った? 私で残念だったわね」

「そんな……」

 状況が理解出来ないマリは、ただ水沢主任の顔を見詰めるしか出来ない。


「濡れていた服を洗濯していて、乾いたから持って来たの。黒田君、あなたが気を失っていたから近くのホテルに入ったそうなんだけど、問題があっちゃいけないからって、私を頼って来たってわけ。最初は救急車を呼ぶつもりだったんだけど、大丈夫そうだったから呼ばなかったの。それに、不審者を逃がしてしまったんじゃ、言い訳が出来ないじゃない」

「すいません、私のせいで課のみんなに迷惑を掛けてしまって……」

「何言っているのよ、あれはいたずら電話。そう、嘘の通報だったのよ。だって黒田君、何も見てないって言っていたし、その怪我は、階段から落ちたんじゃないの。署内でドジの烙印を押されちゃったみたいだけど、まあ、仕方ないか」

 そう言って水沢が笑った。

 彼女の気持ちを察して、マリは何も言わず何度も頭を下げた。


「あの~、黒田さんは?」

「とっくに出勤したわよ。でも、意外だったわ。彼ってモテそうだから、女性の扱いは慣れていると思っていたんだけど、アタフタしていたわね。きっと、マリちゃんのことが好きなのよ」

「そんな、私なんか……。当然、黒田さん、付き合っている人がいますよね」

「そう、彼、彼女がいるわよ」

「――本当ですか!」

 思わず驚きの声が出た。


「クスッ、本音が出たわね。嘘よ。やっぱり好きなのね、黒田君のことを」

 さすがは警察関係者、誘導尋問はお手のもの。

「……はい」

 隠し通せず白状した。

「でも、ドジな私なんかに興味は無いんじゃ……」

「そんなことはないわ。女の勘。黒田君、きっとマリちゃんのことが好きよ」

「そ、そうでしょうか」

 不安そうに水沢主任を見るも、

「マリちゃんは、自分の魅力に気付いてないようだけれど、綺麗な顔立ちしてるよ。もっと、自分に自信を持って。美男と美女、くっつくのは自然の流れ。陰ながら応援するわ」

 彼女の言葉に、自然と笑みがこぼれる。


「でも、恋愛とは不思議なものね。他人のことは分かるのに、いざ自分のことになると全く分からないんだから。相手の気持ちが分かれば、恋愛なんて簡単に成就しそうなものなんだろうけどね」

 心強い見方が出来、マリは嬉しくなった。

 怪我の痛みを忘れるくらいに。


「しばらく休むといいわ。まだ怪我が治ってないんだから、無理しちゃ駄目よ。それにしても、酷い目に遭ったわね。相手は女だからって容赦しなかったみたい。あの辺りを、凶悪犯が根城にしているんじゃないの」

 

 恐ろしい武器を身に付けたナミ。

『最後に、綺麗に燃え尽きてやるわ。ハッハッハー』ナミの不適な笑い声が頭から離れないでいた。

 マリの不安は募るばかりだった。



 マリの傷が癒え、忌わしい事件を忘れ掛けた時、警察署近くの定食屋で同僚達と昼食中のテレビに、衝撃的なニュースが入った。

『詳細は不明ですが、アメリカ合衆国の首都ワシントンで破壊テロが発生したもようです。この爆発による死傷者の数が速報として入って来て、すでに搬送され治療を受けています。なんらかの高性能爆薬による攻撃があったと考えられていますが、国防総省はあくまでも事故であると主張しています。爆発のあったエリアは厳重に警備され、完全封鎖されています』 

「本当か? だとしたら大事件じゃないか」


 店内がざわついた。


 全長百六十九mのワシントン記念塔が、鋭利な刃物のような物で切断され、巨大なオベリスクが倒壊した。


 記念塔の分厚いコンクリートを一瞬で切断するとしたら、分子破壊銃しかない。まさか、ナミの仕業?


 ナミと対峙した悪夢が過った。

 首都機能が停止したワシントンは報道規制され立ち入り禁止されている。何かの異常事態が発生していることは分かるが、情報が伝わってこない。史上最大規模のテロ事件との噂が流れ、全世界に衝撃を与えた。

 

 アメリカ政府は、ワシントン記念塔は老朽化によって自然に倒れたと説明するも、鋭利な物で人工的に切断されたのは明らか。

 それでも、アメリカ政府は躍起になって事態の収拾を図る。

 そのせいもあって、鎮静化、何事もなかったように日常に戻っていく。



 それから間もなく、黒田がノートパソコンを持ってマリのディスクに寄って来た。

「お前のかたきを取ってやろうと思って、俺なりに調べたんだ。あの現場には、確かに人の気配があった。なのに、何も見えなかった。あれと似た現象が動画にあったんだ」

 動画投稿サイトに衝撃的な映像が映っていた。

 タイトルは『見えない敵』、世界中で様々な話題になっていて、凄惨な事件を伝えている。


 場所は知らされていないものの、特徴ある建物の造りから、明らかにペンタゴンだと分かる。そんな最新の防衛装置が配備されているペンタゴンが易々と敵の進入を許し、殺戮が繰り広げられていた。

 動画の撮影者はペンタゴンの職員か? 命懸けで詳細を伝えようとしていた。



 ワシントン記念塔を破壊したテロの集団は、対岸のポトマック川を渡り、国防総省の本部庁舎・ペンタゴンに向かう。

 彼らの標的は、陸軍海軍空軍の三軍を統合した最高軍事機関、アメリカの力の象徴であるペンタゴンを狙ったのである。


 マシンガンの発砲音が響き渡る。

 まるで映画のような迫力のある映像。

 二万人以上もの軍人や従業員がパニックに陥り地獄絵図と化していた。

 彼らの悲鳴が聞こえる度に、画面が大きく揺れ見えづらくなる。見えない敵に怯えた軍人達は、所構わずにマシンガンを乱射していた。

 

 最新のセキュリティをかいくぐって進入して来た謎の敵によって、多くの人命が奪われた。首謀者はタイトル通りの見えない敵。まるで、映画のプレデターを見ているように視聴者には映った。


 凄惨な光景に誰もが息を呑む。

 施設を破壊し尽くす狂った首謀者の、時折現れる姿は女性に見えた。

 カメラは、首謀者らしき人物の正体をとらえた。 


 あれは――。


 マリがハッとした。

 彼女が予想していたとおりエイジェントのナミだった。

 未来の武器をまとっているとはいえ、様々な障害によって、さしものクローキングデバイス(光学迷彩装置)も破損し次第に姿が現れた。


 

 逃げ場が無くなり追い詰められ、進退窮まった女は、銃のようなものをこめかみ当て引き金を引いた。

 途端、姿を消した。

『オー、マイ、ガー!』と投稿者が叫び、その動画は切れた。


 動画下のコメント欄には様々なコメントが寄せられている。

『これって、フェイク映像か?』

『いや、本物だろう』

『これが本当だとしたら、なぜ、おおやけになっていないんだ?』

『そうだ。一切、情報が流れてこないぞ』

『アメリカの力の象徴であるペンタゴンが襲われたんだ。アメリカの威信にかけて、必死で情報を遮断したんだろう』


『過激派集団だとばかり思っていたんだが、たった一人。しかも女だったよな、あれ』

『テロの首謀者は、女だったんだな』

『だから、アメリカは必死で事件を隠していたんだな。たった一人の女に蹂躙されたんじゃ、アメリカのメンツも丸潰れだよな』

『そうだろうな』

『アメリカ相手に、ハハッ、あれは、宇宙人の仕業だな』

『美人の異星人。俺のタイプだ』 

『ビュティーモンスターだな』

『あんな美人なら、オレ、殺されても良いな』

『今度は、日本に来ないかな。彼女とデートがしたい』


『消えた?』

『死んだのかな』

『これは、自爆テロなんじゃ』


 様々なコメントが寄せられていた。

 彼らには、ナミのことなど知る由もない。五十年後の、生身の人間ということを。


 ナミは分子破壊銃を自らの頭に当て引き金を引いた。

 証拠隠滅を図り、何の痕跡も残さないために銃を撃って消えたのだった。 

 マリの悪い予感は的中していた。

 復讐の二文字。それだけのために暴れるだけ暴れ、破壊の限りを尽くしてナミは消えた。


 消えた? いや違う。消滅したんだわ。分子レベルで消滅したんだ……。


 一人、真剣な眼差しでモニターを観ていたマリは、


 あんな滅茶苦茶なことをして、後世の世界が変ってしまうんじゃ……。


 世界で何かが変っている。タイムワープの乱用で世界が変ってしまったのだろうか、とマリは身震いする。

 タイムパラドックス(時間順序保護仮説)による、負の連鎖が起きているのではと案じずにはいられなかった。


「テロの首謀者は女? 恋もしたかっただろう。遊園地に行き、映画を見たりしてデートを楽しめたはず。生まれた環境が違っただけで、こうも悲惨な結末になるのか。生きられるのに、なんで自ら命を絶つんだ。神からもらった体を、無惨な姿に変え、神様も怒るだろう。自爆テロなんて、神に対して恩を仇で返す野蛮な行為……命を粗末にする奴は、大嫌いだ」

 静かに黒田が語り、怒りを込めて拳を握り締めた。


 本当に、これで終わったのかしら……。ホワイトハウスを襲撃すれば、易々と大統領を殺害出来たはず。それを生かしておいたってことは、確実に仕留められる自信のあらわれなの? あえて生かしたってことなの? 


 ナミが最後に言っていた『あんたにはこの先、絶望と言う名の未来が待っている。思う存分、地獄を味わうといいわ』の言葉を思い出す。


 きっと何かある。ナミが仕掛けた、最後のトラップが。


 彼女は死んだ。私は、私の任務を遂行するだけ。だって、そのためだけに私はこの時代に送り込まれたんだから。任務が達成出来るのなら、なんの望みも無いわ。


 決意を新たに、マリは心の中で誓った。


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