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フォッグ 特命刑事マリ  作者: 西一
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二人のエイジェント

 その日は朝から激しい雨が降っていた。

 その激しさは、この後に起きる出来事を案じているようだった。

 

 生活安全課に、一本の苦情の電話が掛かった。

 学校の統廃合によって生じた、使われなくなった校舎。その広い敷地内に不審者が居るとの通報だった。

 

 パトカーに乗ってマリと黒田は現場に向かう。

 ここ数ヶ月、不審な未解決事件が頻発していた。



 誰も居ない校舎内は、不気味なほど静かだった。

 古びた建物には落書きがあり、若者達の格好の肝試しの場所だった。

 黒田とマリは手分けして不審者を探した。


 マリがスマホをかざして情報収集するが、現時点での犯行履歴は無い。やはりいたずら電話だったのかと思い、黒田のもとへ向かうマリ。


 ――何?


 背後で殺気を感じた。

 振り向くと誰も居ない。だが、確かに目の前には誰かが居る。思わずマリは走り出し外に出た。


 降りしきる雨が、不自然に、人の形を描くように降っている。

「誰? そこに居るのは」

「さすがは選ばれたエイジェント、私が分かるようね」

 何も見えないが、気配だけを感じていたマリの前に、見知らぬ女性が姿を現した。

「あんたのエアポケットを通って、この時代に来れたのよ。確か、山下マリ、だったわねね。会いたかったわ」


 ――私のことを知っている、彼女は、一体……。


「私は、N国のナミ。あんたと同じ、五十年後の未来から来たの」

 その女性は、N国から指令を受けて遣って来た女スパイ、ナミ。

 閉ざされた世界から開放され、現代に飛び出した。


「じゃあ、あなたはN国のエイジェント……。今までの不可解な事件は、全部あなたの仕業しわざだったのね」

「生き抜くためには仕方がなかったのよ。生活していくためにね。良いわね、日本独自のフォッグとか言う装置が利いていて、人間らしい生活が出来るから。それに引き換え、身分証明書の無い私は、密航者のように居住はもちろんのこと、その日の生活すらままならない状態に追い込まれた。でも、住んでいて住みやすい国。アメリカの同盟国だから警戒していたんだけど、日本って本当に平和ボケな国なのね。情報がダダ洩れ、スパイ天国って言う意味が分かったわ。ほんと、めでたい国だこと。お陰で、知りたかった情報が手に入ったわ」

「情報? 何を企んでいるの」

「さあ、それは秘密よ。でも、哀れね。あんたも分かっているんしょう、私達には帰る場所なんてどこにも無いってことを。家族の無い孤児だった私達には、死んでも悲しむ人なんていないのよ」

「そ、そんなことはないわ! 私にだって大切な人はいるし、この日本が大好きだから」

 

「まあ、そう思い込むのは勝手だろうけどね。私の国は貧しく、生きるために膨大な国家予算を投入してタイムマシンを開発してきた。全ては危機的状況を変えるために過去に行こうとしたの。タイムマシンは、時間航行が可能な段階まで開発が進んでいた。けれども、エイジェントを転送する年代や回収の制御が困難で実用化まではほど遠かった。そんな不完全な状態で有人テストの計画が立てられ、そして私が選ばれたってわけ。あんたも知っているでしょう。タイムマシンには二種類あるってことを。一つはタイムホールを利用する『移動型』。安全で確実。先進国はこの移動型を採用しているけど、巨大な施設に加え莫大な費用が掛かる。貧しい我が国は、安価で出来る初期の『転送型』を採用せざるを得なかった。この方式は空間を変化させるのと違って、人体そのものを変化させる。当然、体に大きな負担を強いられ、被害者が続出したそうね。国連決議の武器禁輸措置をかいくぐって手に入れた旧式の転送型装置は、性能が悪く危険が付きまとう。案の定私は、亜空間の世界で遭難してしまった。そこは死と隣り合わせの閉鎖的な空間。気が狂いそうになるほどの寂しさと孤独感に襲われ、死にたいと思ったけれど、体の感覚の無い魂だけの世界だけに、死ぬことも出来ず、ひたすら時間だけが流れて行く。絶望に打ちひしがれていたところに、偶然あんたが遣って来た。ほんと、ご苦労さんだこと。でもね、転送時に細胞の核を傷付けたみたいで、癌化が始まっているの。もう、長くは生きられない。もって、あと数カ月。これだから保有国は転送型を敬遠しているのね。身を持って分かったわ」


 アメリカ合衆国と対立関係にあるN国は、瀬戸際外交による挑発行為を繰り返して、世界秩序を乱す『ならず者国家』と呼ばれていた。

「私には分からない。そんな体になるまで、なんで国に忠誠をつかうの? そんな人命軽視の国のために命を犠牲にするなんて」

「あんたも知っているでしょう。厳しい経済封鎖によって、存亡の危機に立たされていることを。世界全体で、愛する祖国を潰しに掛かっている。私は許せなかった」

「それは、安保理決議での国際合意に基づいて行われた処置。核武装に加え、禁止されているタイムワープ開発と実験を繰り返し、周辺諸国に脅威を与えているから。国際ルールを無視し、暴走に歯止めを掛けるためなの」

「ふっ、笑わせるんじゃないわよ。全てはアメリカの、でっち上げよ。そんなこと、何一つしていないわ!」

「嘘! タイムワープ実験には、膨大な電力を使うから、簡単に分かるのよ」


 アメリカからの敵視政策によって、国際的に孤立したN国の経済は混乱し破綻状態となる。

 国内各地では食糧不足が深刻化し、農村部を中心に甚大な被害が出た。

「祖国の疲弊を目の当りにして、私は、自らエイジェントに志願した。それは自爆テロと同じ、命なんか惜しくはなかった」

「それじゃ、許可無く来たってわけ? 国際法違反じゃないの」

「そう、不法入国者。でも、あんたも、この時代の人間にとっては同じ不法滞在者じゃない」

 マリの国際的におおやけにされた正式な任務と違って、ナミは、政府が手を下せない極秘任務を遂行するスパイ活動。

 ナミの違反はそれだけではなかった。


 左手首にはめたリングは強力な蓄電器。マリの人差し指にはめたインディックスリングとは比べ物にならない殺傷能力の高い武器。右手には分子破壊銃――分子間の結合力を無くし細胞を分解する銃と、クローキングデバイス(光学迷彩装置)――光学装置で光を屈折させることによって自分の姿を消すことが出来る。可視光線を遮断するだけでなく、あらゆるセンサーにも感知されず、電磁波なども遮断出来き、おまけに、身体能力を最大限にまで高めるパワードスーツをまとっている。

 彼女は、この時代には無い殺人兵器を武装。いずれも密輸入によって手に入れた最先端の軍事兵器だった。


「それらは国際法で禁止されている、軍隊の武器。国連憲章違反じゃないの」

「そう、掟破り。私の国は国連に加盟してない。アメリカによって追い詰められたからね。だから私は、あんたと違ってなんでも出来る無法者。その気になれば、簡単に核戦争を引き起こすことだって出来る。こんな腐りきったアメリカ主導の世界、終わった方が良いんじゃない」

「そ、それが目的なの!」

 青ざめるマリ。

 彼女がその気になれば、世界は滅ぶ。

「でも、さすがに私も血の通った人間。罪の無い人を犠牲になんか出来ない。私の敵は、アメリカだけなんだから」

 執拗にアメリカを敵視するナミ。


「優れたあなたが何故、国を変えるために力を注がないの? 国を豊かにしょうとしないのよ。国際社会の一員となって、国を富ませることこそが、あなたの進むべき道じゃないの。大国アメリカと張り合って、兵器の開発にお金を費やすなんて、馬鹿げているわ!」

「あんたとは、住む世界が違うの! こんな混沌とした世界に、正義なんてないのよ。そうやって、私達は子供の頃から教わってきたから。この国の人間だってそう。毎年、二万人以上の自殺者がいるそうじゃない。彼らは生きることに絶望したから、自らの命を絶ったのよ。平和を謳歌しているこの国で、まるで戦争でも起きているかのように国民が死んでいるに誰もが見て見ぬふり、現実から目を背けて生きているのよ。あんたに祖国のことを、とやかく言われたくはないわ!」


「……私は、国際法を無視したあなたを許さない」

 マリが身構えた。

「ふっ、笑わせるわね。玩具の武器で戦えるの?」

「それは、やってみないと分からないじゃない。私は、刑事。見過ごすことは出来ないわ!」 


 マリが気銃を撃つと同時にナミは駆け出す。

 パワードスーツによる増幅された脚力によって、一瞬でマリのそばに到達。

 ナミの右拳みぎこぶしがマリの顔面を襲った。

 とっさにマリが避け、ナミの拳が頬をかすめるも、すかさずナミの攻撃。

 左拳ひだりこぶしがマリのボデーを直撃した。

「うっ!」

 お腹を押さえながらその場にうずくまり、片手を着いたマリが反撃。

 得意の回し蹴りを仕掛けるも、ナミが僅かに蹴りをかわして、間合いを取った。


「選ばれただけあって、実力は本物ね。でも、お遊びはここまで。私には時間が無いからね」

 ナミが左手の掌を広げ、力を込める。

『ズバーン』

 強力な気銃がマリの至近距離で炸裂。

 途端、金縛りになった。

 彼女の気銃は、マリのインディックスリングより強力。

「ハー、ハー、ハーー」

 身動きがとれないばかりか、自律神経にも影響を与え呼吸すらままならない。息苦しさに意識が遠のく。

 立っていることもままならず、その場に崩れるように倒れた。


「この時代に二人のエイジェントはいらない。あんたに恨みは無いけれど、邪魔されたくないからね。運が悪かったと思って、死ね!」


 右手から青白い光が。その光は刀身のように輝いている。

 分子破壊銃で、ナミがとどめをさそうとした時、

「……もう、駄目、黒田さん……蓮さん……」

 かすれる声、無意識のうちに黒田の名前を呼んでいた。


「クロダ、レン? ああ、コンビを組んだ刑事のことね……まさか! あんた、恋して……。笑っちゃうわね。ほんと、同情するわ。私達エイジェントが恋するなんて、気でも狂ったの? ぬるいわね、観光に来ているんじゃないのよ。そもそも私達の任務は、自分が幸せになろうと思っては駄目なの。自分を捨て、犠牲になる覚悟がなければ達成出来ない。生半可な決意で過去の世界に来たんなら……」

 分子破壊銃の刀身の輝きが消えた。

「止めた。シラケたわ。腑抜けたあんたには任務の遂行は無理。到底、達成出来ない。確信したわ。精々あがくがいい、そして自分の弱さを思い知るがいい。あんたにはこの先、絶望と言う名の未来が待っている。思う存分、地獄を味わうといいわ」

 言って、ナミはマリを見詰める。

「ハァ、ハァー」

「あんたと違って、誰も迎えになんか来ない私は捨て駒。だけど、祖国のためなら命なんか欲しくない。でもね、わたしにも意地がある。明日をも知れない命だけど、不完全燃焼のまま終わりたくはない。最後に、派手に燃え尽きてみせるわ。ハッハッハー」

 不適な笑い声を残してナミは消えた。



「マリーー!」

 黒田の声が聞こえた。

 マリを見付けた黒田が駆け付けて来た。


「息が……苦しい…」

「息が出来ないんだな。なら」

「えっ――」

 ためらうことなく黒田はマリに人工呼吸を施す。

 口伝いに暖かい息が体中に行き渡るのが分かる。


 呼吸が整い、マリははっきりとした意識を回復した。

 そして、指で唇を押さえながら頬を赤らませる。

「すまない。無我夢中、とっさにしてしまって」

「いえ、ありがとう・ございます。おかげで・助かりました」

 人工呼吸、間接キッスしたことに、お互いしばらく沈黙があった。


 死の淵をさまようマリは生還した。

 落ち着きを取り戻したマリに、

「どうしたんだ? 一体何があったんだ。傘も差さず、びしょ濡れじゃないか」

「ご、ごめん・なさい。不審者を・取り逃がして・しまって」

 強力な気銃は、依然としてマリの動きを封じている。

 それでも彼女は力を振り絞って黒田に詫びた。

「そんなの、どうだっていい! マリがやられるぐらいなら、相当な腕だろう。さあ、風邪を引かないうちに帰るぞ」


 身動き出来ないマリを支えながらパトカーに連れて行く。

 冷え切った体が、黒田の暖かい体に触れ温もりを得た。

「命は大事にしろよ。約束出来るか?」

「は・い、約束・します」

「それでこそ、俺の優秀な部下だ」

 満足そうな黒田の顔だった。


 温かい。人の温もりって、こんなに安らぎを得るものなの。……独りなんかじゃない。私は彼女とは違う。私の帰る場所は、ここなんだから。


 この安らぎに、ホッとしたマリは意識が無くなった。


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