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フォッグ 特命刑事マリ  作者: 西一
3/10

パトロール

 急いでパトカーに乗るが、黒田が動かそうとしない。

「オイ、何ボーッとしてんだ! シートベルトしろよ。つくづく緊張感の無い奴だ」


 あっ、そうだった。この時代、シートベルトが法律で義務付けられていたんだっけ。過去へのシミュレーションは一通り学んで、オートマの運転は出来るんだけれど、実際にシートベルトを着用するとは思っていなかったわ。それにしても、シートベルトって、なんて窮屈なの。今じゃ、レベル5(ファイブ)の完全自動運転が主流だから、危険はゼロなんだけれど……時代のギャップが大き過ぎて、私、益々邪魔者扱いされるじゃない……あーあ、悔しい~ぃ。なんとか、この頑固者を見返してやりたいわ。


 黒田がエンジンを掛けた。

 微かに振動する車にマリは心を揺さぶられる。


 電気自動車が一般的になった私達の世界では、ガソリン車は博物館でしか見ることはないけれど、実際に乗ると、心地良い振動に感動するわ。これも貴重な体験ね。


 事件や事故の現場に急行し、犯人の追跡や交通違反の取り締まりなども行う。

 市民の安全な暮らしを守るために、街の中を二人でパトロールした。

 

 五十年前のレトロな街並み。


 あっ、あそこ、変わっている。昔はあんな建物だったんだぁ。あの建物は、昔から変わっていないのね。


 目の前の光景を見ていると、タイムスリップしたことが実感出来るのだった。


 車窓から見える街並みに見入っていると、

「何ぼーっと眺めているんだよ! 休暇で、ドライブしているんじゃないんだぞ」

 声を荒げる黒田に、慌ててマリは対向車の運転手に注意を向けた。

 挙動不審の車両にマリは目を光らせる。

 シートベルトの未装着者やスマホの、ながら運転などの違反者を取り締まった。


 自動運転の時代、渋滞もなければ事故もない。車の中は憩いの場で、お酒を飲んでお喋りして、誰も前を見て座っている人なんていないのに……。


 過去と未来の時代間のギャップに、戸惑うばかりのマリだった。


 突然、黒田がパトカーを止めると、

「代わるぞ」

 運転の交代を告げる。

「わ! 私が運転するんですか?」

 声を上げるマリに、

「ミニパトしか乗れないのか? もしかして、免許がない、とか」

 小馬鹿にしたように黒田は言った。

「免許ぐらいありますよ。ただ、運転する機会が無かっただけで……」

「なら、尚更、慣れておかないとな。いつか、一人でパトロールする日もくるだろうから」


 私、この時代の車はペーパードライバー並み、ちゃんと運転出来るかな。


 緊張の面持ちでアクセルを踏み込むと、電気自動車とは違う、ガソリン車特有の噴き上がるような加速に快感を覚える。

 事故の多い交差点や、違反の多い場所を黒田が助手席から誘導し、マリの運転するパトカーは疾走した。


 巡回パトロール中、マリの運転するパトカーに緊急の無線が入った。

『緊急通報、~町で銀行強盗事件発生! 至急、現場に向かわれたし』

 通信司令室からの緊急通報が。

 事件発生の一報を受け、急遽、犯行現場に向かった。

 


 銀行に着くと、多くの警官が包囲していた。

 事件直後とあって、報道の取材陣の姿は無い。

 マリは黒田に気付かれないよう、こっそり情報収集した。


 スマホをかざすと、今日の、この一帯の出来事が瞬時に出てくる。それに加えて、建物内を透視した『バード』がズームして、鮮明な犯人の姿を送って来た。

 障害物を透視するレーザー分子スキャナーによって、犯人の姿があらわとなる。


 犯人は凄く震えている。犯罪者リストには犯罪履歴は無い。

 どうやら初犯らしく、突発的に起こした事件であることは明らか。マリが憎む凶悪犯ではなかった。

 生活に困り犯行に及んだのだろう。

 事件の顛末を見てみると、『犯人はこの後、六時間に渡って立て籠もり、追い詰められた犯人が人質に危害を与える。逮捕された犯人の持っている拳銃は玩具』とある。


 これ以上罪を大きくさせないために、マリは黒田の指示を待たず勝手に行動した。

 軽犯罪ばかり扱っていたので久しぶりに腕が鳴る。今までの鬱憤を晴らすようにマリが銀行内に入って行った。


 突然の女性警官の突入につられ、待機していた警官達が一斉に犯人に襲い掛かった。

 犯人の持つ銃は玩具。予期しなかった突入に反撃出来ず、観念した犯人が両手を上げながら地べたに座り込んだ。

『確保!』『「確保!』と叫びながら警察官達が取り囲んで犯人を取り押さえる。


 一件落着。事件は無事に解決したのだが、再び黒田の雷が落ちた。

『バシッ』

 振り上げた手でマリの頬を引ったいた。

「なんで、俺の指示を待たずに飛び出したんだ!」

「そ、それは……。おもちゃの銃だって気付いたから」

「そんな言い訳が通用するか! おまえの勝手な判断で、もしものことがあったらどうするんだ。博打じゃないんだぞ、命が掛かっているんだ!」

 マリはカーッとなって、

「そんな言い方しなくてもいいじゃない。手を上げるなんて、最低!」

 泣きながら駆けて行った。

「……」

 ぶった手を見詰めていた黒田は、マリを追おうとはしなかった。



 翌日、出勤をためらったマリだったが、職業病というやつで、体が勝手に動いて署に来ていた。


 街中を長時間歩いて寮まで帰ったから、足が棒のようになっているし、ぶたれた頬はまだヒリヒリする。全ては、あいつのせいだ。


 ムスッとしてデスクに座ったマリが、口を尖らせ黒田の席を見る。

 何故か黒田の姿は無かった。

 顔も見たくないと思っていたマリは、あえて聞かなかった。

 そんなマリの頬が赤くなっているのに気付いた山田課長が席を立ち、彼女の方に近付いて来た。


「確か、今日は命日だったんじゃないか」

 山田課長が言った。

「命日?」

 思わずマリが聞き返す。

「殉死した、黒田君の後輩の命日なんだ。確か、柴田淳君って言ってたな。まだ若かったのに」

「黒田さんの後輩? ですか。黒田さんの過去に、何があったのですか?」

「昔の黒田君は、ああじゃなかった。とても明るく、滅多に怒ることはなかった……。彼は強い正義感の持ち主で、捜査一課きっての切れ者と称されるほどの敏腕刑事だったんだ」

「黒田さんって、捜査一課だったんですか!」

「そうとも、優秀な刑事だったんだよ。数多くの難事件を解決していた。昔から、他人の命を第一に考えて動くところがあってね。コンビを組んだ、優柔不断で好き勝手に行動する熱血刑事の後輩が殺されたんだ」

「コンビを組んだ後輩が、死んだ……」

 驚きを隠せない。

「後輩の死から、黒田君は変ってしまった。彼の甘やかしが、柴田君を殺したのだと自分を責めているんだろう。その思いで、君に厳しく指導しているんだと思うよ」

「そんな過去があったんですか……」


 それなのに私、勝手な行動ばかりして……。


 黒田は警視庁捜査一課の刑事だった。

 一目見るだけで犯行の手口が分かり、犯人の侵入路から逃走路までが分かってしまうほどの敏腕刑事だった。


 マリが過去のデーターを調べると、課長の言っていた通りの事件があった。

 殉死した刑事が自分と同じような、勝手な行動を取ったために起こった悲劇とある。


 今までの身勝手な行動、黒田に申し訳ない気持ちになった。

 彼に謝りたい気持ちで、居ても立っても居られずマリは席を立つ。

「どこです? お墓の場所」

 山田課長に聞いた。

「確か……」

「~霊園よ、行ってあげて」

 と山田課長に代わって水沢主任が答える。

 業務仕事をおいて、急いでマリは署を出た。



 水沢主任の手配したタクシーを使って、山田課長から聞いた墓地に行ってみると、黒田が居た。

 座ったまま墓石を見詰めている。

 マリの存在に気付いた黒田が、

「口止めしていたんだがな……」

 呟くように言った。

 いつもとは違う弱々しい声だった。


「手を上げて、悪かったな……」

 黒田が詫びると、

「いえ、私の方こそ勝手なことをして、すみませんでした」

 慌ててマリも謝った。

「……もう、誰も死なせたくなかったんだ」

「分かっています。山田課長から詳しく聞いたんですけど、黒田さんのせいじゃないです」

「俺のせいだ。俺の指導が悪かったばかりに、若い命を失わせてしまったんだ……」

 いつになく小さく見える黒田の背中がいとおしく見えた。

 そして、静かに、そっと後ろから抱き締めた。

 黒田は拒むことなくジッとしている。

 黒田の深い悲しみが、たくましい体から伝わって来た。


 

 翌朝、何も変らない一日の始まり。

 マリと黒田の関係に変ることはなかったが、ただ一つだけ変ったことがある。それは、彼女を呼ぶ時、『お前』から『マリ』と呼ぶようになったこと。

 同僚達は、二人の僅かな変化に気付いていたが、あえて見て見ぬふりをして静かに見守った。

 当のマリは、頑固な黒田が自分を認めてくれたんだと喜んだ。


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