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フォッグ 特命刑事マリ  作者: 西一
2/10

初仕事

 黒田とマリの二人が食堂に駆け付けると、店先で高齢の女性がうずくまっていた。

 無銭飲食の犯人を逃がさまいとしがみ付き、引きずられて怪我を負っていた。

「大丈夫ですか?」

 と黒田が優しく声を掛ける。

「黒ちゃんかい。あたしゃ、悔しいよ。五八〇円と、僅かな金だけど、あたしにとっちや大切なお金だよ」

「分かっていますよ。必ずかたきを取りますから」

 約束した。

 

「どんな奴でした? 特徴とか」

 黒田が犯人の特徴を聞くと、

「無精ヒゲを生やした坊主頭の大柄な男で、確か、黒い服装だったよ」

 はっきりと覚えていて、店主が説明する。

「ガタイが大きく、黒い服」

「駅の方へと走って行ったよ」

「駅の方……。まだ間に合う」

 即座に黒田が、

「何してんだ! 早く犯人を追え」  

 マリに指示を出した。

「あっ、ハイ!」


 犯人を捕まえるなんて、簡単よ。だって私には、この時代には無い三つの武器があるんですもの。一つは私の上に飛ぶペットロボット『バード』。犯人の上空で行動を観察し、情報を送信する。障害物を透視するレーザー分子スキャナーを搭載しているから、例え建物の中に隠れていても、行動が手に取るように分かるわ。それと、今までの犯罪者リストが詰まった『携帯型量子コンピューター』。今はスマホに、その機能をインストールしている。性能の差が違い過ぎるから、ごく一部、必要最小限の機能のソフトだけしか使えないけれど、事件現場の空間に携帯をかざすと、GPSのように場所・時間・年代を読み取り、現時点の詳細な情報を伝えてくれる。制約上、未来の事件は読み取ることは出来ないんだけれど、五十年にも及ぶ蓄積された膨大なデーターが、難事件を解決してくれるはず。三つ目は、一瞬で金縛りにさせ、身動き出来ないようにする『気銃』。これさえあればチョロイもんよ。私自身は、銃弾を防ぐ、カーボン・ナノファイバー(極小繊維)で編み込まれた見えない防弾服をまとってあるから、怪我なんてしないもん。


 逃げ去る犯人をマリの視線が捉えた。

 犯人は逃げ切れたと思い、悠然と目の前を歩いている。 

「見付けたわよ! 食い逃げ犯人。観念しなさい、警察よ」

 突然のマリの呼び止めに、慌てて犯人が走り出した。


「待ちなさい! 止まらないと、撃つわよ」

 犯人が驚いて振り返ると、

「なんだ、女の警官か、驚かしやがって。それに、銃なんか持ってやしない。ナメやがって!」

 構えた手には銃は無く、素手であることに安心してか、逆上した犯人がマリに襲い掛かって来た。


 もう、女だからって馬鹿にして。痛い目に遭うわよ。


 自分よりも大きな体の犯人が迫る。

 それでもマリはひるまない。

 マリが右手の人差し指に力を込めた。

 彼女の気によって、人差し指にはめたインディックスリングから電気が発生する。

『ズバーン』

 指先からレーザーが発射された。

 その光線に殺傷力は無く、微弱な電流が脳内の運動神経を遮断することで、一時的に体を麻痺させ、金縛り状態にする。


「――か、体が……な、何しやがった!」

「逃げられると困るからね。身動き出来ないようだけれど、口だけはしっかり動くようね」

「チッ……小銭がなかっただけだろうが。たった五八〇円の生姜焼き定食だぞ」

「そんな理由、通るわけないでしょう! あなたにとっては僅かなお金でしょうが、おばさんにとっては貴重なお金なんだから。無銭飲食に、おばさんを傷付けた傷害、れっきとした犯罪よ! この場で、罪を償ってもらうわ」

 動けなくなった犯人に、容赦ないマリの回し蹴りが。


 非力な女性でも足の力は強い。訓練されたマリの蹴りは、プロボクサーのパンチをも凌ぐ破壊力。

 一蹴りで犯人をノックアウトした。

 その時――。

「待てっ!」

 黒田が追い付いた。

「遅かったか……。例え犯人であっても、むやみに傷付けちゃならないんだぞ!」

「でも、正当防衛じゃ~」

 犯人に情けは無用とばかりに不満そうにマリは言うが、

「俺は見ていたんだぞ、相手は威嚇だけの声だけで、身動きせずにジッとしていたことを」


 ――げっ、黒田さんは気銃のことは知らないんだっけ。


「すみません、つい……」

「素人じゃああるまいし、『つい』じゃすまされないんだぞ! 分かっているのか、この、警察の面汚しが」


 ――この私が面汚しですってぇ。私こそ警察の汚名を晴らしに来たのに、そんな言われよう、あんまりだわ。


「俺の時もそうだったが、威力のある蹴り。どこで習ったか知らないが、大怪我するから、今後、二度と使うなよ!」

 黒田が忠告する。

「は、はい……」

 ノビた犯人を横目に、マリは言い返すことが出来なかった。


 応援の警官が駆け付けると、事件のあらましを説明して犯人を引き渡す。

 連行される犯人を見ていて、

「あ! そうだ、肝心なことを忘れていた」

 マリの暴走を止めようと、被害者を置き去りにしていたのを思い出した。



 急いで戻った黒田が救急車を手配しようとするが、

「いいよ、いいよ、大袈裟な。恥ずかしいから、救急車なんか呼ばないでくれよ」

 と店主に拒まれた。

「それなら、俺が」

 そう黒田が言って、店主を背負って病院まで送りとどける。


「ありがとうよ、黒ちゃん」

「いえ、今日はさんざんでしたね」

「怪我が治るまで、当分、店を閉めないとね」

 大衆食堂を一人で切り盛りしてきた店主にとって、店を閉めれば収入が断たれる。

「署のみんなで食べに行きますから。おばちゃんの料理は、実家の飯と同じで飽きないんですよね。怪我が治るまで、しっかり養生していて下さい」

 落ち込む店主を黒田が励ました。


「私、代りましょうか」

 気を遣ってマリが言うが、

「馬鹿言え、ヒョロヒョロしたお前がつまずいて、おばちゃんが怪我でもしたら大変だ」

 黒田は相手にしない。

「こう見えても私、力があるんですよ」

「ここはいいから。犯人を捕まえたのはお前の手柄だ、黙って俺の後を付いて来い」

「はい……」

 店主を背負っている黒田の後姿が、妙に胸をくすぐる。


 何? この感覚……。


 経験したことのない感情が芽生えていることに、マリは気付いていない。

 自己保身に走りがちな警察組織にあって、黒田は曲がったことが嫌いで頑固者。それでいて、弱い者には優しい。正義感の強い人情派のようにマリには映った。

 そんな黒田に、無意識のうちにマリは惹かれていくのだった。



 翌日、出勤したマリがデスクに座ってパソコンを開く。

 地域住民の安心安全を守るための、広報誌を作成するマリ。


 このパソコン、なんてクラッシクな代物を使っているんだろう。よく見たらこれ、ウイルスに感染しているんじゃない。こんなの使っていちゃ、情報が筒抜けになるよ。これだから警察が信用されないし、税金泥棒って非難されるのよ。


 皆に気付かれずに、ウイルスに感染したプログラムの一つ一つを駆除した。


 たくぅ、相変わらず雑な仕事しているわね。


 不満を募らすマリに、

「おい! パトロールだ。何寝てんだよ、いつまでたってもノロいな。普通、一日も経たてば、要領を覚えるだろうに」

 朝一から黒田の雷が落ちた。


「私、ウイルスの駆除をしていたんですけどぉ」

 とマリが言い訳をするものの、

「朝から何、寝言、言ってんだ! 仕事しろ。あれこれ言わずにやるべきことをやれ。考えるよりまず行動しろ。警察学校で習わなかったのか。お前みたいなノロマがいるから、税金泥棒だと非難されるんだ」

 とマリの努力も知らず怒鳴り付け、

「さっさとデスクの片付けをして、車庫に降りてこい!」

 怒りをあらわにして黒田は出て行った。

 

 もう! 朝からガミガミ、いい加減にしてほしいわ、まったくぅ。


 さすがに口には出せず、怒りを押し殺すマリ。

 歯車の噛み合わない二人。触らぬ神に祟りなし、とばかりに同僚達は見て見ぬふりをした。 


 まあ、この仕事が終わったら私は二階級特進。そうなれば、晴れて一人前の刑事として、男共の命令に従わず、自由勝手に行動出来るよね。でも……。私は、別に出世を望んで志願したわけじゃなかった。私には居場所が無かっただけ、孤独な世界から逃げたかっただけなの。昇進しても誰も祝ってくれないし、誰も喜んでくれない……。私は過去にも現代にも打ち解ける、心通わす人間なんて誰も居ない、ずっと一人ぼっちなのよね……。


 マリは自分に言い聞かすように心の中で言った。その時、黒田の顔が浮んだ。


 こんな時に何故、あんな奴の顔なんか浮ぶのよ。


 自分の思いが、その意思に反して沸き起こったのを、マリは意識して押し込めた。


 私って、何考えているんだろう。こんなことじゃ、大事な任務の遂行は出来ないじゃない。しっかりしなくっちゃ。


 自らのホッペを叩いて気合を入れる。 

 先に出た黒田を追って、マリは防犯パトロールに出掛けた。


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