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もうひとつの四魂物語  作者: yuzoku
ジンセンフの取材活動
9/9

黒い霧の村 狩人と友人

人の気持ちなんて、どんどん変わる。

いまは絶望で真っ黒でも、縁に触れて変わっていく


たとえすぐには変わらなくても、いつか変わるんだって知識があれば、

光が差して、よどんだ色も少し薄まる。

 今日は雲一つない快晴だった。自分以外に誰もいない街道を歩いているのをいいことに、ジンセンフは延々と鼻唄を鳴らしながらご陽気に歩いていた。街道の途中には、なだらかではあるものの、行先は見えない丘があった。少し汗ばみながらもお得意の鼻唄を切らすことなく丘を越える。

 開けた視界に、数キロレベルの黒いドーム状の物体が飛び込んで来た。それ以外は先ほどまでのように爽やかな空色とのどかな平野が広がる中で、一層得体の知れなさを強調させていた。異様な光景を認識したと同時に、ジンセンフは、”それ”に向かって駆け出していた。


 近づいてみると、黒い壁のように湾曲しながら広がっていたが、その黒は固体ではなく、黒いエリアの地面もうっすらと地形が見えるた。どうやら黒い霧らしいことがわかった。ただ、澄み渡った空気と生い茂った野原から、黒い霧と荒れ果てた地面へと、数メートルの範囲で切り替わるコントラストの激しさは、自然現象とは言い難かった。境界線のエリア手前から、感触や気で感じながら黒い霧に少しずつ進み、少なくとも毒の類ではないことを確認していった。完全に黒い霧の中に吞み込まれたあたりから、視界も悪くなってきたので、懐中電灯と”風”を使う。その先には、どうやら村らしき集落が見えた。人に会えば、少しは何か手掛かりがつかめるかもしれないと思い、進行方向の広角を光と風で照らしながら進んでいった。



 村の中は、黒い霧で包まれていた。住人の顔つきも、どことなく生気が薄い気がする。

何人かに声をかけたが、あいまいな返事しか返ってこなかった。旅人のジンセンフを警戒しているというよりは、話す気力そのものが無さそうな感じであった。


 ジンセンフは、比較的元気そうな、顎髭を蓄えたガタイのいい壮年に話しかけてみた。

「こんにちは、お兄さん。僕は今日この村にやってきたんだけど、宿屋ってどこにあるか教えてくれますか?」

「やぁ、旅人さん。こんな何もない村にようこそ。宿屋ならあの角を右に曲がったとこにあるよ。」

「ありがとう、助かるよ。ところで、今は真っ昼間の時間帯なのに、どうしてこの村は薄暗いんですか。」

「おう、聞いてくれよ。3年前なんだが、この村は、ずっと黒い霧に覆われちまったんだよ。ある日突然、急にだぜ?」

「え、そんなに長い間ですか?」

「そうなんだよ!村から1時間も歩けば、今も普通にお天道様を拝めるんだけどな。不思議なもんだよなぁ。」

「それと、村で見かけた人たちが、心なしか元気が無さそうな人が多かった気がするんですが、、、」

「そうなんだよ、年々、村中の元気がなくなってってさ。オレは仕事が狩りだし、しょっちゅう村を離れるから割と元気にやってんだけどな。村ん中でしか仕事しない職人連中なんかはミンナまいっちまって、オレの連れも最近は飲みの付き合いも悪くなっちまってさぁ。ほんとは村中で移動できりゃいいんだが、近くに村もねぇし、こんな状態じゃ新しく村づくりなんて体力もねぇしなぁ。」

「そっか、大変なんですね。実は俺、路銀稼ぎも兼ねて、旅先で何でも屋をしてるんです。もしかしたらなにか力になれるかも。」

「お!そりゃあ、ありがたいねぇ!今まで、村ん中でいろいろ試したんだが、どれも上手くいかずにジリ貧だったんだ。霧を晴らしてくれたらたっぷり代金払うぜ!村長がな、ハハハ!」

「それはこっちとしても嬉しいですね(笑)。3年前に霧が発生した時のことを詳しく聞きたいんですが、誰か詳しく知ってそうな人はいますか?」

「うーん、それだとレコドの奴がいいかもな。さっき言ってた付き合い悪くなった飲み仲間の一人なんだがな。オレなんかとは正反対なヤツでさ、毎日村で起こったことなんかを日記残すようなマメな野郎なんだ。」

「ではレコドさんに色々話を聞いてみますね、ありがとうございます、えっと、そういえばお兄さんの名前なんでしたっけ、オレはジンセンフって言います。」

「そういやこんなに立ち話しといて、お互い名乗ってなかったな、オレはお兄さんて年でもないしな(笑)。イエーゴだ。オレの名前を出しゃ、疑り深いレコドのやつも仲良くなりやすくなると思うぜ。あとさ、今夜は宿屋の代わりにウチに来てくれよな、世話好きのウチのカアチャンのメシは絶品だぜ!?アイツこんな若い客が来るってなったら喜んでご馳走作ってくれるぜ。なんならオレも久々な御馳走にオレもありつけるし、オレのためと思ってさ。」

「色々とありがとうございます。ではお言葉に甘えて、夕食前にはイエーゴさんのお宅に寄らせてもらいますね。黒い霧事件の真相、必ず掴んできますね!ではさようなら、また後で。」

「おう、頼んだぜ、旅の探偵さん!夕飯来る時ゃ、ついでにレコドも連れてきてくれよな!じゃぁなーーー‼」

そう言うと、俺が角を曲がるまで、イエーゴさんは手をずっと振ってくれていた。村がこんな状況でも、明るくいられるっていうのは、凄いよな。村ってのはああいう人が支えてんだろうなぁ。



 教えてもらったレコドさんの家をノックすると、イエーゴさんと年代は近そうだが、たしかに少し神経質そうな顔つきの細身男性が顔を出した。

「こんにちは、突然すいません、オレは旅人のジンセンフと言います。村の人に聞いたんですが、ここはレコドさんのお宅ですか?」

「そうだが、ここは旅人が来るような店じゃないので失礼させてもらう。」

「え!? あ、ちょっと」

 ドアをそのまま閉めそうなレコドさんに、慌ててイエーゴさんの名前を出した上で、黒い霧の解決のために経緯を知りたい旨を説明した。


「さっきは素っ気ない態度をとって申し訳なかったね。縁もない村のためにこんなに熱心になってくれている君に、オレはなんて失礼なんだろう。」

「いえ、突然知らないやつが来たら仕方ないですよ、旅してればよく受ける反応なので気にしないでください。早速なんですが、レコドさんの日記を見せてもらえますか。」

「ありがとう、言い訳ではないが、私もイエーゴほどではないが、3年前までは人並みの社交性は持っていたんだがね、、、日記だったね。もちろんだとも。こんな只の落書きが役に立つなら、大いに見てくれ。」


 本当に几帳面な性格なんだろう、日記を開くと、どのページもびっしりと文字で埋まっている。黒い霧発生の日は、何ページにも渡って、村の詳細な様子が描かれていた。


『日付:10月11日 天気:晴れのち霧?

 仕事がひと段落付き、いつもの酒場で昼食をとろうと外に出た。朝は晴天だったはずだが、昼のこの時間は、懐中電灯がなければ1メートル先も見えないほど暗かった。夜の暗さとも、雨雲がかかった暗さとも違う。情報収集も兼ねて、予定通り酒場へと向かう。

 酒場では、ちょうど狩りから戻ってきたイエーゴから話を聞いた。村から離れた狩場である森林では木漏れ日が眩しいほどだったそうだが、ひと狩り終えて村の方へ向かうと、村一帯のみに靄のような黒いものが不自然にたまっていたらしい。しかし、村の上空は雲一つない快晴で、幼い頃から狩りに出ていたイエーゴでも見たことのない現象らしい。

 異常事態を感じ、昼食後に私も一緒に村を離れてみたが、確かに先ほど聞いた話と同じ光景が広がっていた。』


 その後は、数日間に渡って、村の色んな人達に聞き取りした内容や、霧の境界線前後で念入りに検証した旨が事細かに書かれていた。しかし、わかったことといえば、霧の発生は突然で、時刻は正午少し前であることと、村を中心に5キロ程度のドーム状に発生していることぐらいであった。


「うーん。詳細が分かれば分かるほど、謎ですね。」

「ジンセンフ君は旅人と言ったが、こんな現象は見聞したことはないってことかい?」

「そうですね、完全に初耳な現象です。でもレコドさんの細かい記録のおかげでだいぶ様子は掴めました。ありがとうございます。」

「久しく誰かに感謝されるなんてなかったから、なんだが照れくさいな。お役に立てたのなら嬉しいよ。」

「必ず発生源と発生理由はあるはずなんで、まずは霧の境界線と同心円の調査はしてみたいですね。あとは霧が発生した日までの数週間の出来事や訪問者なんかから糸口がつかめたらいいんだけど。」

「こんな断片的な情報から、そこまで推察できるなんてさすがだな。」

「いえいえ、結局は僕も、レコドさんが調べてくれた以上のことは何もわかってないってのが正直なとこです。今言ったのは事件解決のセオリーって感じです。僕は師匠ほど知恵も経験もないので、実際に見聞きしないと何もわからないんですよね。

 あとそうだ、イエーゴさんからもう一つ言伝<ことづて>です。今日のイエーゴさん家の晩御飯に、レコドさんと僕を招待してくれるそうですよ。というか、2人とも来る前提で奥さんに豪勢な料理をリクエストしていそうな雰囲気でした(笑)。なんだか僕から誘うのも変な話なんですが、良かったら一緒に行きませんか。」

「まったく、アイツだけは3年前と何も変わらないな。ご一緒させてもらってもいいかな、お若い探偵さん。」



2人は、それなりに大きな木製の家の前に立っていた。


コンコン

「イエーゴ、ジンセンフ君と一緒にご馳走になりに来たよ」

ガチャッ

「おー、レコド来たか!お、ジンも連れて来てくれてありがとな」

「こちらこそお招きいただいてありがとうございます。」

「挨拶はいいからさ、入っちゃってくれ」


会って2回目で、あだ名で呼んでくれるこの人の人懐っこさにハニカミつつ、家の奥へと進むイエーゴさんの後をついていった。

 食卓らしき部屋に入ってまず目についたのは、左側の壁に掛かっている、鹿のような動物の頭の剥製だった。恐らくイエーゴさんの“戦利品”だろう。それから部屋の中を見回すと、木造の落ち着いた内装は、質素だが部屋の隅々まで掃除の行き届いているのに気づく。中央のテーブルには幾何学模様のテーブルクロスがかかっていた。棚には、生活品や小物が並んでいた。なんだか部屋全体が自分を迎え入れてくれているような温かさを感じた。

部屋の奥に立っていた女性の陰から、美味しそうな匂いと湯気が漂っていた。


「お久しぶりです。ベヒターさん。」

レコドさんが声をかけると、女性は手に持った棒で鍋をかき混ぜながら、首だけこちらを向いた。

「レコドさんお久しぶりー!それとお若い旅人さんもいらっしゃい!もう出来上がっているからね、お客さん達は座っちゃってー。イエーゴ、お皿並べてー!」

「はいはーい!」

「はいは1回!」

「あいあーい!」

小気味のいい夫婦の会話が流れながら、テーブルクロスの上は、あっという間に彩豊かな料理で埋まっていく。言われるままに大人しく座ったジンセンフは、その光景をただ眺めていた。少し経ってから、ご馳走になるんだからせめて手伝えば良かったと少し反省していた。


並べ終わったのか、イエーゴさんの奥さんらしいベヒターさんは席に座るなり話し始めた。

「久々の来客だし、今日は張り切ってたくさん作り過ぎちゃったからドンドン食べてね。レコドさん少し痩せたんじゃない?もう、ちゃんと食べなきゃダメよ。ジンセンフ君だっけ、ウチの主人がごめんね、強引で。ま、今日の料理の出来は保証するから遠慮せずに食べちゃってね。あ、でもいつもの癖でウチの村の伝統料理ばかり作っちゃたけど、旅人さんの口に合うかしら。苦手な野菜とかない?そういえば、どこから来たの?」

「おいおい、話なんか後でできるだろ?まずはメシにしようぜ。いっただきまーす!」

イエーゴさんの一方的な号令で、なし崩し的に食事が始まった。


たしかにどの料理も絶品だった。特に、赤いスープは気づいたらおかわりしているほど美味しかった。ゴロゴロした野菜と複数の動物の肉が入っているからか、色んな味が溶け込んでいて何杯食べても飽きない味だった。



食事の合間には、自己紹介も兼ねて、ひと通りお互いの思い出話に花を咲かせていた。イエーゴさんとレコドさんの話の中には、よくファーミィさんいう人物の名前が上がっていた。今日はいないが、以前はよくイエーゴさん宅や酒場で集まっていた飲み仲間らしい。お酒も入ってさらに陽気になっていたイエーゴさんだが、急にため息をつく。

「はあ〜〜。」

「何よ、急にそんな大きなため息ついて」

「今日はファーミィの野郎にも声かけたんだけどさ、アイツ断ってきてさ。」

「そういう時期もあるわよ、気長に待ちましょう。」

「そうか、やはり彼はまだ立ち直れなさそうなのか。」

「なんとか元気付けてやりたかったんだけどなぁ。ジンを呼ぼうって思いついた時は、皆でメシ食うイイ口実ができたと思ったんだけどなぁ。」


さっきまでのワイワイ楽しかった雰囲気とは反面、3人とも顔が曇って、黙ってしまった。ジンセンフも部外者の自分が気軽に聞いていい話題では無さそうだしと感じて、すぐに言葉が見つからずに黙る他なかった。少し間が空いてから、レコドさんが口を開いた。

「ごめんね、ジンセンフ君。」

「いえ。なんか部外者の僕がいるせいですいません。そろそろお暇して、宿を探しに行きます。」

「いや、ちょうどイイ機会だ。会ったばかりの君に話すにはちょっと気が引けるが、黒い霧解決のヒントになるかもしれないからファーミィのことも話しておくよ。」

「そうですか。話せる範囲で構いませんので、聞かせてもらえますか?」

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