寄木の街② 目利きと仁義
とりあえず一番手前の店内に入ってみる。
店の中は膝丈ほどの高さの長い台で区切られており、そこと壁一帯の台には大小のモノがずらりと並んでいた。お箸や皿、タンスに至るまで、全ての商品に寄せ木の紋様が刻まれていた。
大きな額縁に納められた寄せ木紋様を眺める。よく見ると、小さな区画で区切られており、その区画内では規則的な紋様が並んでいる。隣の区画には別の紋様が並ぶ。そうしてお互いの紋様が被らないように隙間なく多種多様な紋様が並んでいるのだ。一区画の紋様は単純なのだが、それらが密集した集合体自体が紋様として見ると、なんとも言えない美しさと不思議な雰囲気を醸し出していた。
店内は静かで何も声をしなかったので無人かと思ったが、よく見るとおばさんが奥の方に立っており、そろばんを弾いている。多分夫婦でお店をやっていて、職人はご主人の方なんだろうなと想像する。
「すいませーん、手に取って見てもいいですか。」
「別にいいですけど、買わないなら壊さないでくださいね。」
「わかりました、ありがとうございます。」
愛想もなく、というか敵意すら感じる言い方だったが、ひとまず許可は貰ったのでいくつか手に取って観察した。
たしかに丁寧に作られてはいるが、スピリットでピンと来る商品は無さそうだった。
「お邪魔しましたー」
諦めて店を出た。
とりあえず腕のある職人は伝統のある店にいるだろうと思い、古そうな建物から片っ端にお邪魔して商品を物色しに行った。店によってなんとなく紋様の特徴のようなものがあって面白かった。ただ、どこのお店もジンセンフが求めるような特別な力を感じるようなものはなかった。最初は初めて見た寄せ木に少しワクワクしていた。だが肝心な目的のモノは見つからず、どこも愛想のない店員にうんざりしてきて、段々とだるくなってきてしまった。
半ば諦めて、最後の比較的新しそうな木造の店に入った。
ここでも同じような寄せ木の工芸品がたくさん並んでいた。
「いらっしゃいませー!」
他の店とは違い、明るい若い女性の声が響いた。
ニコニコしながら、こっちに近づいてくる。
「ゆっくりご覧になってくださいね。手作りの寄せ木体験もできますよ。数時間の集中力とセンスがいりますが。」
「数時間か、、、オレ、飽き性には自信のある方なので、諦めます。お店の中でピンと来るヤツ探してもいいですか??」
「もちろんどうぞ!」
なんだか目に入る工芸品から、他の店にはない強いスピリットを感じた。
店を見て回ると、八角形の星形に、特にスピリットが響いたのでそれにした。デザイン的にも氷雪系の能力が宿っているようだ。
「これください。」
「買ってくれるんですね!ありがとうございます!」
「なんか神秘的なデザインですね。あなたが作ってるんですか?」
「いえ、お店に並んでるのは全部お父さんの作品ですよ。私も一応職人なんですけど、お父さんが厳しくて作品まだお店には並ばせてもらえないんです。もう3年も修行してるんですけどね!」
会話の後半になるほど言葉に熱を帯び、営業スマイルも消えてわかりやすくプンスカしている。
「そのお父さんに会うことってできますか??」
「大丈夫ですよ!お父さんー!」
そう言って、女性は奥に消えて行った。
女性は冴えない顔で1人で戻ってきた。
「ごめんなさい、今は作業中だからダメだって。夜出直して来いっていうんですけど、さすがに待てないですよね??」
「いえ、どうしてもこれを作った方と話したいので待ちます。」
「ホントですか??今日は他にお客さんもいないし、良かったら旅のお話し聞かせてください。」
女性がそう言って始まった会話だったが、気づくと彼女が生い立ちを一方的に語り出していた。彼女は数年前まで都会の学校で建築学を学んでいたこと。そして今は寄せ木の技術を父親から学んでいるらしいことを話してくれた。そのあとはひたすら、その父親との毎日のケンカネタが中心であった。
「寄せ木っていうのは、それぞれの紋様に効果があるのね。有名どころだと亀甲、鱗、波、卍、一松、麻の葉、剣菱、矢羽升、七宝なんてあるわ。その組み合わせによって化学反応が起こるから、種類は無限大なの。作り手や樹木によってもクセが出るからこの世に同じ寄せ木はないとも言われているの」
「へー」
「ちなみにアタシの名前はアサハ。紋様の一つである『麻の葉』からお父さんがつけたらしいの。娘の名前をこんな可愛くない名前にするあたり、ほんと寄せ木バカって感じよね。」
「そうなんだ」
「あとね、寄せ木の工芸品には。カラクリ箱があるの。」
アサハはそう言って、寄せ木紋様に囲まれた小さな箱を見せてくれた。
「へー面白そうだね!どんな構造になっているの?」
ようやく聴きたい話題に辿り着いたようだ。親父さんはガンコと言うらしいし、娘さんで予習させてもらおう。
「このカラクリ箱なんだけどね、ここに出っ張りがあるでしょ?これをこうして押すと今度はここを押して。こうやって正しい手順にしないと開かないのよね。これは単に箱を押し引きしているわけじゃないの。少し《スピリット》を流しながらやらないと開かなくて。あ、《スピリット》って知ってる??」
「名前だけね。詳しく教えてくれるかな?」
ほんとはジンセンフもそれなりの《スピリット使い》なのだが、カラクリ箱を作った術師の流派のことも知る必要があったので、いちから説明してもらうことにした。
「《スピリット》っていうのは、誰もが持ってる魔法のような力なの。ただしそれを自由に使うのには修行が必要でね。例えばアタシ達みたいな寄せ木職人は木を切って紋様を作る段階からスピリットを流し込むことで、ただの工芸品じゃなく魔力をもつ作品を生み出すことになるの。自分のスピリットと、元の木材、紋様の意味とかの相性なんかで大きく効果は違うんだけどね。ちゃんと作品が完成されると、あらかじめ職人が込めた効果をフツーの人が使う時に利用できるんだ。例えばお箸だったら、小さい子でも摘みやすいにとか、旨みが強くなって美味しくなるとかね。」
「なんだか奥が深そうだね。」
「そうなの、そうなの!ただ、このカラクリ箱はさらに複雑でね。カラクリ箱を開ける人もスピリットを使いこなせないといけないの。ウチのお父さんは特にこだわり強いから、寄せ木の込められた意味とか解釈しながら、こっちのスピリットを変化させて合わせていくしかないのよね。」
やっぱり、開け方にも技術がいるようだ。とりあえずスピリットを流して色々いじってみてもダメだった訳がわかった。
「あとさ、この前の台風で大木が倒れちゃって。森までの道が塞がれちゃったのよね。」
ジンセンフが一人で納得している隙に、アサハのトークテーマは変わってしまっていた。
「これじゃ寄せ木の材料をとって来れなくて困ってるのよね。それにお父さんの機嫌も悪くなる一方だし、、、あっ、ごめんなさい!来たばっかりの旅人さんにこんな辛気臭い話しちゃって」
「いやそんなことないよ。でもその巨木、俺ならどかすことができるかもしんないど、よかったらその場所に案内してもらえないかな?」
「それはムリよー。親切心もいいけど、できないことを安請け負いしちゃダメよ? ジンセンフくん。失礼だけど別にマッチョって訳でもないし、普通の人は無理よ。」
「ごめん、さっきはあんまりスピリットに詳しくないって言っちゃったけどさ。実はオレ、スピリットを操る《気流士》なんだよね。モノが木なら、でかくても切る事は多分できると思う。」
「ほんとに!?それめちゃくちゃ助かるんだけど!よし!どうせ今日はお客さんも来なそうだし、そうと決まったら向かいますか!」
そう言うと、アサハはすぐにお店の扉にかけている『閉店』の文字を外に向けると、踵を返してジンセンフに声をかける。
「行くわよ。」
「え?!」
「ほら、早くしないと日が暮れちゃうし。」
言い出しっぺとはいえ、さすがに急すぎて虚をつかれたジンセンフをせき立てるように立たせて、鍵だけ閉めてそのまま店を2人は後にした。
「ここよ」
現場に到着すると、確かに細い通路を塞ぐように、直径3メートル位の巨木が倒れこんでいた。たしかに何の能力もない人間がどかそうとするには、かなり骨が折れる作業になりそうだ。
「なんとかなりそう?」
「ちょっとそこで待ってて」
そう言ってアサハに声をかけ、ジンセンフは1人で巨木に近づく。
背中に差していた刀を抜いて構えると、ふぅーっと大きく息を吐く。
《鹿威し》
刀に風が纏い出して、ジンセンフの周りの落ち葉が地面を舞い始めた。
大きく振りかぶったかと思うと、一気に斜めに刀を振り抜いた。
その斬撃は刀身よりも明らかに大きな風となる。巨木の樹皮に当たると、大きな衝撃音が鳴った。
音がやむとら巨木は刀の軌道に沿って真っ二つになっていた。
ジンセンフが大きく息を吐く。
「すごいよ、ジンセンフくん!!」
そう言って近づいてきたアサハを、ジンセンフは右手で制した。
また大きく息を吐くと、《鹿威し》と呟き、刀が風を纏いだす。先程の刀傷とは少し離れたところを切りつける。そうやって何度か斬っていくうちに、少しずつ巨木が大きなブロックに分かれていく。
ひと通り巨木を斬り終えると、今度は刀をしまい、両手を前に押し出す。
《放牧》
急にジンセンフの両手から突風が吹き荒れた。細かくなった樹皮と砂埃が舞いだす。
元大木のブロック達も、突風に押されるように奥の方へごろごろと転がり込んだ。
「さすがに吹っ飛ばすわけにはいかないか」
そうぼやきながら、ブロックに近づく。ちょうど道の中心部分に立ち、斜め左に体を向けて突風を何度か繰り出した。今度は斜め右を向いて突風を出し、ブロックを左右に散らすことで、道の真ん中に数日ぶりの地面が現れた。
「ふぅ」
作業を終えると、額にかかった汗に気づいて右手で拭った。
「もう近づいても大丈夫?」
こちらの様子を伺うように。アサハは声をかけた。
「ああごめん、後はこのブロックをちょっと避けるだけだからもう少し待ってて。」
そう言ってさっきよりは弱めの風で、道の中心に残るブロックを端に追いやっていく。
「お待たせ!これでいいかな?」
「バッチリだよー!ホントすごいね!」
「まぁね。」
「ねぇ、さっきなんて呟いてたの?」
「あーあれは技名。鹿威しは簡単に言うと切る技。放牧は吹き飛ばす技って感じかな。」
「すごいかっこよかったよー!技も名前もなんかそれっぽくて好きだな。」
「ありがとね。オレら気流士の技は形がない分、技に名前をつけてイメージを固定化することで、能力を発揮しやすくなるんだ。技名はオリジナルでいいから、自分がテンション上がるような名前を勝手につけてはいるんだけどね。」
「なるほど、それぞれ業界によってこだわりポイントが違うのは面白いね!でもよかった。寄せ木造りは進まないし、お父さんの機嫌は悪くなるし、イイコトなんて一個もなかったからホント助かったよ、ありがとう!お礼になるかわからないけど、アタシも一緒にお父さんに頼んでみるね!」
「それは助かるよ。」
道中の話も盛り上がった二人は、ウキウキで店に帰ってきた。
「ただいまー」
「おう、遅かったな、メシ早くしろよ。」
「帰ってきて早々なによ?夜ご飯の前に聞いて欲しい話があるの。この人はジンセンフくん。」
「なんだそのボウズは?勝手にバイトでも雇ったのか?」
「違うわよ、お昼言ってたお客さん。」
「あ?昼ってなんの話だ??」
「もう、全然話聞いてなかったじゃない!お父さんが『夜まで待て』って言ったから、わざわざ待っててもらったのに!」
「そうだったか?悪いな、メシの後なら聞いてやる。」
「ダメよ、いつも夜ご飯食べたらお父さんすぐ寝ちゃうでしょ!」
「子供扱いすんなよ!」
「実際、職人の腕以外は子供なんだからしょうがないじゃん。」
「まだ何の手に職もついてないガキが、何ナマイキ言ってんだ!」
「ガキって、アタシもう25だよ??そっちこそ世間知らずのくせにいつまでも子供扱いしないで。それに、この家だってアタシが建てたんじゃん!」
「オレが1週間留守にしたスキに、オマエが勝手に改装しちまいやがったんじゃねえか。」
「前みたいなオンボロ小屋じゃ、誰も相手にしてくれなかったんだからしょうがないじゃない。実際改装して売り上げ伸びたでしょ!」
「バカやろう、店主のオレが決める問題だぞ!?これからやろうと思ってたとこなんだ。」
「『これからやろう』って、そのセリフを1年信じて待ってて何も動かないから、アタシがやるって決めたのよ!実際、アタシと仲間が設計から建築までやって、ほぼタダなんだからいいじゃない!言っとくけど、普通にアタシに頼んだらけっこうなお値段になるのよ??」
「そこらの学校出ただけのヒヨッコにゃ、たかが知れてらぁ。」
「『そこら』じゃないわよ、有名な建築デザイナーをたくさん輩出した超名門校なのよ?建築業界のこと何も知らないのに、テキトー言わないで!」
「どこの業界だって、10年でようやく一人前って相場は決まってんだよ!」
「それは寄せ木みたいな、まともな教育システムがない古臭い業界だけの話しよ!」
「ちょっ、ちょっと待ってください。オレの話聞いてもらっていいですか??」
一晩続きそうな親子ゲンカに、ジンセンフは強引に割って入った。
「なんだオメェは??」
「さっき紹介したじゃない。珍しくお父さんの地味な寄せ木を褒めてくれた変な人」
「なんだと!?」
「あの!! 実はお願いがあって。このカラクリ箱を自力で開けられるように教えてもらいたいんです。」
「ずいぶん気難しそうな箱を持ってるじゃねえか。ソイツは素人にはムリだ。帰んな。」
「いえ、そういう訳にはいかないんです!」
「そうよ、もう夜遅いんだし、ご飯だけでも食べて行ってよ」
「いや、そうじゃなくて!今はちょっと黙ってて!」
なり振り構ってられないのでアサハに対しての語気も強くなってしまったが、目線は親父さんを外さない。
「どうしてもアナタじゃなきゃダメなんです!ここで買った星形模様の工芸品なんですけど、他の店のモノと違って、ちゃんと魂こもってるっていうか、スピリットの純度が凄くて作り手の力量のスゴさを感じたんです。」
「ふん、おべっか使ったってムダだ。寄せ木の『よ』の字も知らねえど素人にゃ、貸す肩はねえよ」
「だったら、寄せ木の『よ』の字くらいは覚えたら話聞いてくれますか?」
「どういうことだ?」
「オレを弟子にして納得いくまでしごいてください!あと、炊事洗濯、雑用までなんでもやります!ただし、時間がないので1か月で!」
「舐めた野郎だ」
「そうよ、それならいいじゃない!アタシも家事に追われてなかなか修行に集中できなかったし。あとね、このジンセンフ君はこの前の台風で倒れた巨木を片付けてくれたのよ??」
「あの大木を?ホントか?」
「そうよ、何を隠そうジンセンフ君は気流士っていうスピリット使いなんだから!」
「なるほどな。ボウズやるじゃねぇか。」
「ちゃんと『ありがとう』って言いなさいよ、ツンデレオヤジ!『あの道が使えないとイイ木が取れない』ってボヤいてたじゃない!」
「、、、ありがとな。」
「よし、じゃあお礼代わりに弟子に取るのは決定ね!」
「それとこれとは話が別だ。職人がそんな簡単に弟子が取れるか!」
「『仁義を通さないのは職人の恥だ』っていつも言ってたと思うけど!」
「くっ。」
今度は意味のある援護射撃をしてくれたので、あとでお礼は言おうと心の中で感謝しつつ、ジンセンフは一気に畳み掛ける。
「これだけの精巧な技術を学ぶには短すぎるのは素人のオレでもわかります。でも、オレも譲れない目的があるんです!無茶は承知の上ですが、お願いします!!」
ジンセンフは目線を外さないまま一気に言いきったあと、直角に礼をしたまま動かなかった。もう言うことは言ったので、返事をもらえるまで顔を上げるつもりはなかった。
そのまま誰も動かず話さずの時間が続いた。さすがのアサハもただならぬ空気を感じており、2人を見つめたまま、なるべく息を潜めて事の成り行きを見守っていた。
何もしない時間というのは意外と長く感じるものだ。それがリラックスした空気ならともかく、緊迫した空気では余計に長くしんどく感じる。
膠着した空気が流れて数分ほどだろうか、親父さんの一言でその静寂は破られた。
「明日スギを切りに行くから、来たきゃ来い。」
そう言って、親父さんは席を立ち、工房に戻ろうとした。
「ありがとうございます!!」
ジンセンフは顔を上げると、ぶっきらぼうな男の背中に対して再び直角に礼をした。
一拍遅れて、父の背中へ、娘の怒涛の追い打ちが始まった。
「ちょっと!ちゃんと説明しなさいよクソ親父!手伝わせるだけ言って、依頼は聞かないつもりじゃないでしょうね!?」
空気を壊された親父さんは振り返ると、その顔はちょっと気まずそうな表情で、段々と怒りの表情に変わり娘に言い返す。
「職人にベラベラ喋らすな。頭の回転が悪くて口だけ回るウチの娘なんかより、ボウズの方がよっぽど見込みがあるな。」
「はぁ?なんで今アタシの悪口言うわけ??」
「うるせえハエが飛んでるから叩いただけよ。」
「箱が開けられるよう、修行つけてくれるってことですか??」
また蚊帳の外にならないよう、ジンセンフはついでに言質を取ろうと口を挟む。
「ああ。どうせそう言わねえと帰らないだろ。」
「ありがとうございます!、明日からよろしくお願いします!」
「まぁ、オマエがウチの店で手に持ってる『ソレ』を選んだってことは、センスだけはありそうだからな。紋様の『タネ』を1つどれか覚えたら、箱の開け方も教えてやるよ。あとな、雑用なんかしなくていい。タネ作りのことだけ考えろ。」
「え、お世話になるんだしそういうわけには。」
「ばかやろう!!1か月なんざ、全てタネに時間割いたって足りないくらいなんだ。アサハ、若いの増えるんだからウマくて腹にたまるもん作ってやれ。」
「ちょっとー!アタシの修行のことも考えてよ!」
「うるせー、オマエが持ち込んだことなんだからケツを拭け!」
「アサハさん、よろしくお願いします!」
「ちょっとジンセンフくんまで。はぁ、、、わかったわよ、まったく男って勝手な人ばっかり!!」




