寄せ木の街① 木の職人訪ねて、石たたき
ジンセンフはタケキメという街にやってきた。
じいちゃんからは、謎の紋様の箱と「それをスルガミに行って、壊さず開けて来い」という言葉だけ渡された。とりあえず人が集まるところに聞けば何かわかるだろうと、スルガミ藩の中心地であるココ、タケキメの街に来たわけだ。
幸い、地元の人に聞くと、この箱の紋様は『寄木細工』ということはすぐに分かった。さらに聞き込みを続けると、ある宿の主人から、ここから少し離れたヒダジュク地域の伝統的な技法らしい。
「ありがとうございました!」
「ここから歩いて半日はかかりますよ?足場も悪い街道なので夜歩くのは危険ですし、今日はウチに泊まって明日の朝、出発されてはいかがですか?」
「うーん、わかりました、じゃあそうします。」
なんだかご主人の営業トークに上手くハマってしまったみたいだが、ここまで休みなく来たのでもう日が暮れてきていたので大人しく乗っかることにした。
次の日の朝、宿屋を出て数分すると、木造の歩道橋が見えてきた。ステッキを持った夫婦の登山客をやり過ごし、階段を上る。歩道橋を渡りきると、そこはすでに山道となっていた。
両側が林となっており、真ん中の道を大小の石が敷き詰められていた。きれいに整備されているわけではなく、形も大きさもバラバラな石が並んでいる。表面が角になっているモノもあるので、早く歩こうとすると足を取られそうになる。
ジンセンフはフッと息を吐いた。重心を下げて足裏に集中し、目線は少し先の大きくて平らな石をひたすら探し続けた。少し歩くとこの作業にもなれ、ただ黙々と次の足場を探し、それを踏み越えるだけの作業に没頭するようになった。
前後に人は見当たらなかったが、都からの出発が正規ルートが正解なのか、時折すれ違う人が目につく
それだけが不定期に時を知らせる合図となり、それ以外はひたすらに石達との睨めっこだった。
どれくらい歩いただろうか。石を追う目の端で、左側の林が一旦切れていることに気づく。少し顔を上げると看板が目に入ったのでなんだろうと気になり足を止める。そこは初めて三叉路に分かれており、看板が左側の脇道から『展望台』に続いていることを示していた。立ち止まってみると急に疲れを感じ始めたので、立ち寄ることにした。今までの道よりも急斜面になった脇道を登りきると、すぐに頂上が見えた。
そこは小さな公園ほどのスペースがあった。無造作な雑草に覆い尽くされた上に、真ん中に丸太の椅子がぽつんとあるだけで、あとは周りを林に囲まれているだけの空間だ。
とりあえずここでしばらく過ごすことに決め、お茶を一口飲むと丸太に腰掛けた。視線は目の前の林と空だけをなんとなく見つめる。ゆっくりと雲だけが流れ、時折風で木が揺れる以外はたいして変わらない景色につられるように、段々と思考も真っ白になっていく。
すでにかなり日が昇っており、暖かい陽気が広がっていた。ジンセンフの体が温められて火照りそうになると、少し強い風が吹いて熱を奪っていくので、結果的にちょうどいい気候となっていた。
しばらく佇んでいてふと我に帰ると、なんとも不思議な心地良差のある場所だなと気づいた。
四方を木に囲まれているので、風が吹くたびに、一斉に木の葉が声を上げる。手前の小さい木は風が隙間から抜けていくので、かすかに葉先を揺らす。背が高くて幹の細い木は、体全体を大きく左右に振って揺れた。背が高くても、幹が太くしっかりした樹木は、ただ枝の先のみを揺らすだけだった。
一段とつよい風が吹くと、視界に入らないほどの林の奥の方からざわめきが聞こえ出す。少し遅れて目の前の樹木達が大きな声をたて、それを風と逆方向の林達が引き取って奥まで繋いでいき、長い余韻の後には静寂が戻る。指揮者である風が、大きくタクトを振った時だけ林全体で輪唱の大合唱が始まるのだった。
多くの人にとっては、山道に疲れた体を癒すための休憩所でしかないであろう。ただ、ジンセンフにとっては少し違った、意味のある場所に感じた。
風の空間に包まれているようで、行ったことはないが、なんだか気流師の故郷に来たように感じて心地よい。
風とは『現象』だ。なにか特定の物質ではないので、決して姿は見えない。ただ樹木を揺らす時などに、その存在を知らせる。樹木の種類や大きさによって、様々な音色を奏でて千変万化の姿を見せる。
気流士の技は違いがわかりにくいといわれるが、それでもやはり一人一人個性があるのはあえて言語化するならこういうことなのであろう。
明るい黄緑色の広葉樹が自分の存在をアピールするように、大きく葉を揺らす後で、それを見守るように、深緑の針葉樹林が頭を撫でるように優しく枝を揺らす。無風の時は、静止画のようにピクリともしないのに、また風が吹くと一斉に踊りだす。個性がバラバラでように見えて、意外と協調性あると言うところも気流士のようだった。
ひと通り風を浴びるのにも満足したので、また元の場所に戻り街道を歩くことにした
一度休んで元気にはなったものの、いつか疲れは戻ってくる。お茶屋の茅葺き屋根が見えると、迷うことなく入り口に向かった。
好き嫌いがはっきりしているジンセンフにとっては、こういう店ではきな粉餅と抹茶が鉄板だ。だが、せっかくの運動後の空腹ならなんでもウマく感じるだろうと、あまり普段は頼まない鶯餅と甘酒を頼んだ。
甘酒は砂糖が入っていないらしい。たしかに昔飲んだ記憶の甘ったるい感じではなく、ほのかに香る甘味が心地よい。お酒というか、甘いお米を溶かして飲んでいるようだ。せっかく頼んだので美味しく飲みきれそうで安心した。
さて、今度は鶯餅を一口。
、、、うーん、粉を塗してるだけあって食感はきな粉に似てる。粉の味は、なんというか薄くてよく分からん。第一印象は微妙の一言だった。まぁ、餅はしっかりモチモチしてるので全体の評価としてはギリギリ『可』で及第点をあげてもいいかなという感じだ。味が薄い分、付け合わせの漬物と一緒に食べると丁度いい。飲も食も『甘さ控えめ』なのが、歩き疲れた身体にとっては少し物足りなかった。
携帯したお茶で口をリセットし、改めて鶯餅をじっくり味わってみると、ほんのり甘味を感じた。ただ、これはどうやら餅の方だ。粉を単体で舐めてみたが、甘くはなかった。独特の味がしていいアクセントにはなっているという感じか。
甘酒の最後の一口を一気に飲み干した。成分が下に沈んでいたのか、『甘』の名を取り戻すように甘味が舌にまとわりついてきた。油断させておいて最後にこれとはなかなかの策士だ。まったく、お茶を持っておいて良かった。
お茶屋を出て街道に戻ると、何度か小川にかけられた小さな橋を渡った。ちょうど土踏まずに収まるような大きさの丸太が整然と並んでいるのを、何段か飛ばしで超えていく。石畳と向き合ってきたので、久々に規則的な感触が心地いい。
途中、木漏れ日で光の線路となっている箇所を見つけた。当然感触は変わらないのだが、光の枕木だけを狙って踏み締めていく。
ひときわ大きな看板が見えた。
『雲介の案内
通行や温泉遊覧のタスケとなるモノ求ム
一 力が強いコト
二 荷造りが優れるコト(西の都まで崩れない)
三 歌が上手いコト
その他、馬子、駕籠かきも求ム』
そんな職業もあるのかと感心しつつ、すぐに石畳との対話に戻った。
林がなくなり、開けた空間が見えてきた。そこには大きな道幅で、大きく曲がった道路だった。そこは今までの林道よりも傾斜が強く、速度が出過ぎて一気に駆け降りてしまわないように踏ん張りながら降る。
湾曲した道が終わると、少しの真っ直ぐの先にはまた湾曲した道がお出迎えである。案内の看板を見ると、『カシワ木坂』というらしい。別に名前を知ったところで移動の助けにはならなので、すぐに足元に意識を戻すしてひたすらうねうねとした蛇のような道を下る。
途中、道路の右側だけ金網で遮られており、その向こうに坂の傾斜がクロスするように道があった。どうやらあちらはまっすぐのようだ。なんだか大名が乗るような豪華な客車が通っていくのが見えた。少し気晴らしとなったが、移動の助けにはならなのでまた歩くことに集中する。
今度は道の両側を柵で囲った箇所が見えてきた。どうやら材質は同じだが色がまったく違う。右側だけ苔むし、左側は白いまま。風の影響なのか、右側だけ苔の元が運ばれるのだろうか?考えてもわからないので、移動の助けにはならないので、以下略。
ようやく蛇のくだり道を終えると、再び林に守られた石畳が待ち構えていた。またかよと、ため息が漏れる。
「もっと歩きやすそうに石の表面ならしておいてくんなかったのかなぁ。作った人も気が利かないよなぁ。」
目の前には看板があった。『昔は竹を敷いており、雨の日は膝まで泥に浸かりながら歩いていた。石畳の整備によって、人々の往来は大きく変わった』
昔の人、石畳のことを悪く言ってごめんなさい
そんな街道旅だったが、薄暗い林が終わりを告げる、光を浴びる家々の屋根が見えてきた。
ようやく、目的地の寄木職人の集落についたらしい。