表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/9

7,僕のこと、嫌いにならないで

 ぽんぽん、と自由になった両手で背中を叩くとアル君はソファーの上で器用にころりと横に転がった。うん、体勢が変わったのはいいことなんだけど、もう重くないし。でもこの体勢もよくはないんじゃないかな。めっちゃ、腕枕されてる。禁断の抱き枕を仕入れた気分。最推しに腕枕されるとか、全人類の夢だよ。興奮しすぎてもう鼻血の気配もない。逆に浄化されてる、誰か助けて。


 しかし、しかしだ。気難しい生意気後輩キャラのアル君が、現実でも最高に生意気で可愛くてスキンシップ大好きなアル君がご機嫌なのに水を差すのも憚れる。すごく楽しそう、良かったね。でもね、先輩はぬいぐるみじゃないんだよ。ほっぺ撫でるのはやめい!



「僕は貴女が分からない」

「えー、すごく分かりやすいって評判なのに」

「去年は勝手に卒業しようとするし」

「ああ」

「今年は飛鳥だけ残していなくなろうとするし」

「あああ」

「なのに結局、契約は結ぶし、こんなにべたべたしても嫌がらないし」

「ううん」

「僕のこと弄んで楽しいですか?」

「人聞きの悪い……」



 弄ばれているのは私の方だが? だから、ほっぺやめい! 結構力を入れて押し返しているにもかかわらず、全然手が剥がれない。力も強くなったね! 成長って、いいことだけどね!



「事実でしょう」



 はあ、と溜息を吐いてアル君は目を閉じた。待て、寝るな。いやでも、卒業式と魔力暴走で体力が削られているのかもしれない。暴走していた時間はそう長くなかったし、アル君は元々の魔力が多いからそこまで消耗していなさそうだったけどやっぱりしんどかったのかもしれない。



「アル君、眠いならお部屋に行った方がいいよ。こんな所で寝たら風邪ひくし休めないから、ね?」

「……」

「アル君。……アル君がいていいって言うなら、とりあえずお世話になるから。ほら、私も実家に連絡しなきゃだし」

「そんなのはもう済ませてるんですよ」

「何を?」

「エステル先輩のご実家へのご挨拶と説明」

「ちょっとよく分からない」

「説明、明日でいいですか……」

「本気でおねむだね。いや、駄目だから、起きて」

「……」

「そんな顔しても駄目なものは駄目です、起きなさい」

「……」

「……後で耳かきしてあげるから」



 その一言でアル君はもそもそと起きだした。耳かき好きすぎないか、君。それでもやっぱり眠いのか、横並びに座るとそのまま私の肩に頭を乗せてきた。まあ、寝てないならいいでしょう……可愛いし。



「去年の内に、エステル先輩のご両親にはご挨拶しています」

「うん、あのさ、私、アル君に実家教えてないよね?」

「……ご息女を指揮者に頂きたいというのだから、ご挨拶はきちんとしないと」

「話続けようとしないで」

「先輩のご両親は快く了承してくださいました」

「ねえ」

「……貴女の了承前に勝手にご挨拶に行ったことは謝ります」

「違う、そこじゃない」

「エステル先輩」

「はい」

「知らないでいた方がいいことって、あると思うんです」



 受け答えはしっかりしているものの、声が明らかに寝落ちる前だ。もうこれ以上は無理だろう。確かに今日は色々あった。……それはそれとして、後で両親に飛鳥を送ろう。あの人たちは本当に自分たちが年頃の娘の親だってちゃんと理解しているんだろうか。



「アル君、もういいからお部屋に行って。ちゃんとベッドで寝ようね、ほら、立って」

「う……」



 先に立ち上がって、アル君の手を引く。瞑りかけた目を歪めながら何とかまぶたを開いている顔はお父様にそっくりだ。アル君は将来ああいうマフィアのボス顔になるかもしれない。……ダンディで格好いいアル君、すごくいいな。



「ほら、アル君のお部屋はどこなの? ちゃんと歩ける?」



 さすがに部屋まで送るのは過保護だろう、送ってあげたいけど。そう思い、手を引いて扉の所まで連れて行くが、アル君の目はもう開いていない。ええ、これどうしようかな。浮遊魔法で連れて行ってもいいんだけど、このお屋敷の人にそういうところを見られるのはアル君的にどうなんだろう。跡取りさんだからなあ、駄目なんじゃないかなあ。むしろ誰か呼んで連れて行ってもらった方がいいのかな。



「アル君、ほら起きて」

「……こっちじゃないです」

「え?」



 引いていた手を逆に引かれたので、ついて行く。アル君は入ってきた廊下側にある扉とは別のそれを開けた。



「扉の向こうは寝室でした、じゃなくてさ。え、ここアル君の部屋なの?」



 私は今までアル君の部屋で過ごしてたのか。……え、至福なんだが。緊張なんてしてないで、アル君の部屋をもっと堪能しておけばよかった。前世の友人に「推しの部屋の壁になりたい」って言っていた子がいたけど、ちょっと気持ちが分かったかもしれない。



「僕の部屋、じゃなくて、僕たちの部屋です」

「へえ、ふうん、聞き捨てならないねえ」

「寝食を共にするって契約にあったでしょう」

「アル君。あのね、先輩さすがに怒るよ?」

「怒らないで」

「可愛い声だしても駄目!」



 これは駄目だ、本当に駄目だ。教育に失敗した、甘やかしすぎた。可愛い過ぎて、つい、とか言ってる場合じゃないかった。どうしよう、どうしよう。必要なのは情操教育か? それとも雌しべと雄しべとかそういうのか? いや、ジェンダーレスが叫ばれている昨今、そういうのはどうなの? いやでも、倫理的に、そうだ、倫理だ! あれ、違う? ええとええと、貞操観念! 大事!



「エステル先輩」

「何!?」

「駄目?」

「だ……っ、駄目!」



 あっぶない、今一瞬「駄目じゃないよ」って言いかけた。何だ、この子。どこでこんな技法を学んできたの。あ、まずい、怖い。言うこと聞いちゃいそう、可愛くて。いやいやいやいや、駄目だって。



「チッ」

「……アル君、今、舌打ちした?」

「僕、そんなことしないです」

「あ、こら、駄目だってば!」



 ぐいぐいと引っ張られて、抵抗しているのに引きずられる。そのまま一緒にベッドへダイブする羽目になったが、さすが金持ちのベッド、全然痛くないむしろ気持ちいい。じゃなくてだ。



「アル君、あのね、本当に」

「指揮者は狙われやすいんです、学校でも習ったでしょう」

「私だってちゃんと防衛魔法使えるし、アル君と専属契約してるんだから狙いようもないでしょう」

「いつの時代も指揮者は誘拐の危険に晒されているんですよ。エステル先輩は優秀ですが、何十人もの魔導士相手に戦えますか?」



 私の実家のような田舎では考えられない話だが、確かにそういう事件はあるにはある。大昔には国家まで絡んだ大掛かりな誘拐だってあったらしいが、今ではちゃんと法も整備されてほとんど聞かない話だ。指揮者は魔導士にとってバースト機能のようなものでもある。違法であっても欲しがる魔導士だっているにはいる。ただ、まあ、私だってそんな程度の低い魔導士にやられる程じゃない。その上ここは名門アスピラシオン家で、私の魔導士はそこのお坊ちゃんだ。そんな私に手を出そうなんてもの好きはいないと思う。



「だからって一緒に寝るのは、おかしいよ。過保護っていうんだよ」

「うちの父はそれを理由に母と寝室を分けたことはありません」

「ご両親は夫婦だよね!? ていうか、ご両親、魔導士と指揮者なんだ。ううん……そんなに心配なら、何か、防犯の魔道具とか買うから」

「……」

「寝たふりしないの!」



 アル君はもう会話する意思がないらしく、目を瞑って黙り込んでしまった。またもやがっちりと、今度は両手で右手を握られてしまい、魔法も使えない。こうなったら耳元で叫んでやろうか。……いや、うん。これは、ちゃんと話さないといけない。



「あのね、アル君。アル君がなんとも思ってなくてもね、私も一応嫁入り前の娘さんなんだ。アル君だって婿入り前の息子さんでしょう」

「……」

「私のこと、指揮者として大事にしてくれるのは嬉しい、慕ってくれるのも。でもね、私は」



 緊張で口の中が乾く。本当は言いたくない、言わないままでこのままでいたい。でも言わなきゃいけないことだ。幻滅されても仕方がないけど、でも今言わなきゃいけない。



「私、あの、私は、アル君のことが、す、好きだから、こういうのは困る」



 ばち、とアル君の目が開いた。その視線にちょっと泣いてしまいそうだ、いや、最後まで言わないと。



「男の子だからって、油断しちゃいけないんだよ。私、アル君にキスとかしたいって思ってるし、だから、でも指揮はちゃんと、き、気持ち悪いって思ったなら、あの……」



 泣いちゃいけないって思っていると、余計に泣けてくるのはなんでだろう。あの子すぐ泣くって言われたくなくて、昔からずっと笑顔でいようって思ってたのに。目に水分が集まってくるのが分かる。瞬きをしたら絶対に零れる。もう嫌だ、帰りたい。


 アル君は何も言わないで、じっとこちらを見ている。純粋に慕っていた先輩にこんなことを言われて困惑しているのは分かる、本当にごめん。でも、そろそろ手を放して欲しい。そう伝えたいのに喉がつかえて、それすら言えない。どのくらい経っただろう、数秒かもしれないし数十秒かもしれないけど、やっとアル君が口を開いた。



「して、いいんですか」

「……?」

「キス、していいんですか!?」

「駄目だよ!」



 何言ってんだ、こいつ!



「していいって言った! 今していいって言った!」

「言ってません!」

「何言ってるんですか!」

「こっちのセリフですけど!?」



 涙も情緒も引っ込んだわ。さすがに緊急事態過ぎたので、緩んだ拘束を振り払い素早く手の甲を重ねて捕縛魔法をかけた。すごく正しい判断だった。……よく分かった。私に可愛い女の子はできない。ヒロインぶろうとするとギャグが襲ってくる。……はあ。



「何するんですか!」

「分かった、もういい、もう寝なさい。今日はいろんなことがあって疲れたんだよね。混乱させて本当にごめんなさい、とりあえず今日はもう寝て」

「待ってください、どこ行くんですか!?」

「さっきの部屋。ちょっと早いけど私も休ませてもらうね、部屋からは出ないから。朝には捕縛魔法も解いてあげるからゆっくり休んで」

「ちょ、エステル先輩、待って! エステル先輩!」

「おやすみなさい」

「っ……エステル先輩!」



 ああ、振り返るべきじゃない、振り返るべきじゃないんだよ。分かってるんだよ、そんなことは。



「……何?」

「すみません、調子に乗り過ぎました。謝りますから、話をさせてください。僕と一緒の部屋で眠れないっていうなら、僕がそっちで寝ますから、お願いします……!」



 ドアノブを掴んだまま、私は葛藤した。いや、だって、アル君が謝る必要あったかな、今。私が悪いよね、全部ね。アル君もキスとかそういう性的なことに興味があるお年頃だもんね。それ自体は悪いことでもないしね。スキンシップ大好きだけど人を選ぶし、スキンシップしてもいいくらいには気に入っている私があんなこと言ったらしてもいいって思っちゃうよね。でもそうじゃない、そうじゃないんだ。自分の気持ちを落ち着かせる為に、もう一度ゆっくり深呼吸をして振り返った。



「あのね、アル君。私はね、君が好きだけど、犯罪を犯す気はないの。だけど魔が差すって言葉があるくらいだから、自信がないの」

「それって、キスの話ですか? 大歓迎なんですけど」

「だから、そうじゃないの。そういうこと言われるのは困る。私は俗に言う都合のいい女っていうのにはなりたくないの。アル君がそういうことに興味があるっていうのは健全なことだけど、興味があるからって理由では触られたくないし触りたくない」

「……すみません、分からない。どうして貴女が都合のいい女になるんですか?」

「ううん、心が伴っていないっていうのかな。いろんな考え方があると思うし、合意のもとならいろんな関係が成立すると思うけど、私は、私が好きで、私のことを好きでいてくれる人とじゃなきゃそういうことはしたくないし、させたくない」



 ……文章に纏まりがない。もうちょっと国語勉強すればよかった。そもそも、したくないし、させたくないならそうすればいいだけの話だ。でも、私は自分のことをそこまで信用できない。そうして魔が差した後で「何であんなことをやってしまったんだろう」って後悔する自分しか想像ができない。ならば逃げるが勝ちだと思う。君子危うきに近寄らず、三十六計逃げるに如かず。戦略的撤退は重要なことだ。


 前世の何かの雑誌で“もっとカジュアルに性を楽しもう”みたいなキャッチコピーを見たことがあるけど、私には多分そういうの合わないんだ。他人がそういう風であるのは何も思わないし、止めた方がいいよとも思わない。ただ、自分が違うっていうだけなんだ。



「だけどね、アル君がそういうことに興味があって、そういうことしたいって言うなら、相手してくれる子はいっぱいいるだろうから」

「待ってください、僕が悪かったですから、それ以上話を進めようとしないで。もうここまで来てこじれたくないんですよ、僕は!」

「こじれるっていうか、意見の相違じゃないかな? 今のは全部私の考えであって、押し付けようとは思ってないから」

「だから違うんですって、くっそ、解けない!」

「くそ、とか言わないの」



 アル君は筋金入りのお坊ちゃんだったから、入学当初はスラングなんてほとんど知らなかったのに悪い先輩(主にダリルたち)が変な言葉を教えるからたまに口が悪くなる。使い慣れない言葉を悪ぶって使おうとしていた一年生の内は本当に可愛かった。個人的にはアル君はスラングなんて使わなくても、人にダメージを与えられる話術をお持ちなのだからむしろスラングは使ってほしくない派だが、たまに口が悪くなるのも可愛いって思う。


 少し冷静になってきたので、ちゃんと距離をとった状態でアル君にかけていた捕縛魔法を解いた。



「っ」

「駄目、ベッドから出ないで」

「せんぱ」

「そんな顔しても駄目。こういうことについては明日ちゃんと話し合おう、アル君に契約を継続する意思があるなら、はっきりさせないといけないことだからね」



 眉間にぐっと力を入れてしっかりと顔を作り、飛び起きたアル君を制止した。指揮者と魔導士の関係上、私たちは対等であって、けれど決してそうではない。指示を出す以上、指揮者はある程度のイニシアチブを持っていなければならない。その強さややり方はそれぞれであるけれど、上下関係で表すならば指揮者は魔導士の上にいなければいけないのだ。これができていないペアはよくない、とされている。それは主に指揮者の力不足だとも言われ、不名誉なことだ。そしてその悪評を自身の指揮者につけておいて何とも思わない魔導士も、高が知れていると揶揄される。私たちは、そうではない。アル君は浮かしかけた腰をゆっくりと下ろした。



「……僕は」

「アル君、今日はもう休んで」

「僕は、貴女が無条件に僕に甘いことを知っている」

「……それは、そうなんだけどね」

「違う! 知っていたんだ、知っていてそこにつけ込んだんです!」

「その話、明日じゃ駄目?」

「駄目です!」



 何かもう私も今日は疲れたから横になりたいんだけどな。ここで無理矢理寝かしつけてもいいんだけど、後で何か言われるのも面倒だしなあ。



「じゃあ、どうぞ。できるだけ手短に」

「ぐ、分かりました」



 釘をさすのを忘れてはいけない、たまには私だって強気にでる。ことが、ことだしね。ここで間違えてはいけない。契約を継続するのであれば、手綱を握っているのは私だ。



「あの学校に入学して、僕はすぐに指揮者探しを始めました。二年生にすごい指揮者がいるって聞いたから、校長に掛け合って無理矢理一年生から魔獣討伐の実習を受けた」

「ああ、あれ学校側からの要請だと思ってた」

「違いますよ、学校には無理に僕をねじ込む必要なんてなかった。……本当はダリル先輩を狙っていたんです」

「うん、知ってる」



 それは知っている。むしろ、あの代の魔導士はほとんど全員ダリルを狙っていた。さすが主人公。初めからピーター君に目をつけていたサマンサや、既にペアを組んでいる先輩たちは争奪戦に参加しなかったけれど、それ以外のほぼ全員がダリルにペアを申し込んでいた。けれど、ダリルもあれで義理堅い所がって、一年生の内にペアを組むと約束をしていた魔導士から順にペアを組み始めたのだ。つまり、ダリルが一年生の時に交渉ができなかったアル君は、その順番の一番最後。そこに私が駄目もとで声をかけたのだから。



「ダリル先輩と組むまでは他の指揮者も色々試すつもりだったので、貴女から来てくれたのは好都合だったんです。でも……」

「他の指揮者と、ペア組まなかったよね?」

「他を試す気がなくなるくらいには、貴女の指揮が完璧だったんです。初めから僕の特性を知っているかのように指揮してくるし、授業で仕方なく他の指揮者と組まないといけない時なんて最悪だった」



 初めから特性を知っているのは、すみません。前世の記憶というずるっこをしてました。これは他の主要キャラにも結構言われたので、知らないふりを何回かはした。



「一年の終わり頃、ダリル先輩に『順番が来たから組むか?』と聞かれましたが、断りました。その時にはもう、貴女以外から指揮を受ける気はなかった」

「ああ、まあ、そもそもアル君とダリルはちょっと合わなかったかもね」

「それは僕も思いました。あんな頭のおかしい人に指揮されたら、僕の魔導士人生が終わる」

「そこまで言わなくても」

「……あの頃の僕は、自惚れていました。自分の能力にも、貴女からの好意にも」



 全然手短じゃないな、と思いながらその頃を思い出してみる。自惚れ……? 陰で努力するタイプの秀才型であるアル君には、あまり似つかわしくない言葉だ。駄目だ、全然思い出せない。最推しと組めてハッピーな一年目の最後だったから記憶が飛んでいるのかな。



「貴女は僕に甘くて、サポートしてくれるのも段々それが当然みたいに思ってた。魔導士としても、僕は先輩たちの中でだって上位だった。全部が上手くいっている気がしていた。そんな風に自惚れて注意を怠って、魔力暴走を起こしたんだ」

「ああ、あれねー」

「あれね、じゃないんですよ。普通、魔力暴走を起こした魔導士に突っ込んでくる指揮者なんていないんです。自分が希少な存在だって分かってます?」

「でもまあ、あの時はもう私たちペアだったし?」

「関係ないですからね、助かりましたけど。……僕はあの時まで自分のことを、貴女に尽くされて当然の優秀な魔導士だと思っていたんです。でも結局は自分の魔力管理もできない底辺の魔導士だった」

「アル君アル君、過度な謙遜は嫌味だよ」

「ブーメランですからね」



 アルバート・アスピラシオンが底辺だっていうなら、他の魔導士なんて魔導士すら名乗れない。なんてことを言うんだ、ともう一度眉間に皺を寄せたのにため息を吐かれた。ひどい。



「焦りました、すごく。幻滅されたんじゃないかって」

「そんな訳がないよね」

「なかったですね。だからこそ、別の心配が増えました」

「別の心配?」



 だ、駄目だ、何かいつものペースに戻りつつある。気をしっかりと持たないと。



「貴女は僕のことを魔導士としてでも、恋愛対象としてでもなく、小さい子どもか弟みたいに愛でているんじゃないかって」

「……ああ、うん。うん?」

「だからさっき、好きだと言ってもらえて嬉しくて、浮かれてしまって。……すみませんでした」

「だからで繋がるかな、その話」

「繋がりますよ。思い返せば、あの頃の貴女は僕の世話を焼くのに、僕に何かをしてと要求をしたことなんてなかった。僕の話は聞いてくれるのに、自分の話をしないって気づいたのもその頃です。完全に子ども扱いしてましたよね、僕のこと」

「そんなことは、ないんだよ」



 いや、ある。その頃はガチ恋してるなんて認めてなかった頃だし、可愛い可愛い私のハートみたいな気持ち悪いことを思っていた。いやだって、一年生の時のアル君本当に可愛かったんだって。今だって可愛いけど、身長もここまで大きくなかったし生意気盛りだったし、何ていうか少年が青年になる中間の危うさっていうか、とにかくすごく可愛かった。子ども扱いをしたつもりは一応ないけれど、猫可愛がりしていた自覚はある。



「まあ、いいですけど、実際あの時の僕は子どもでしたから。更にはそれにつけ込むような悪ガキだったんです」

「悪ガキって言葉が似合わないね」

「……話を続けても?」

「ごめん、どうぞ」

「貴女は、僕が手をつないだり引き寄せたりしても抵抗するどころか、喜んだじゃないですか」

「いや、うん……」

「この際、子どもだと思われていてもいいから、触りまくってやろうと」

「おっと?」

「僕だって健全な男の子なんで、全部しっかり下心でしたよ。いつか意識してくれるだろうと思ってたんです。勉強をしなおして、魔力管理もして苦手だった遠隔魔法の技術だって身につけました。貴女に相応しい魔導士になれたら、貴女が振り向いてくれると思って」



 衝撃が、色々とすごい。あれかな、性の芽生えかな。適切な距離を見誤ったのは私だったのか。……悪いことをしたな。期間限定の契約だと思い込んで、好き勝手し過ぎた。



「あの、アル君……」

「まあ結局、振り向いてもらうどころか、二度も逃げられかけたんですけど」

「その件に関しては、ほら」

「……僕は」



 何か良い言い訳が思いつかないだろうかと言葉を濁す私を、アル君がじっと見ている。可愛さの欠片もない真剣な視線だった。



「僕は、貴女が好きだ」



 息が止まるかと思った。いや止まった、ついでに心臓も。何も返せなくて、黙り込む私に構わずアル君は話を続けた。



「ずっと貴女が好きで、でも貴女は僕なんて眼中になくて。好きだなんて言ったら、僕の指揮者を辞めてしまうんじゃないかって、ずっと」

「アル君、それは」

「どうせ貴女は、勘違いだとか気の迷いだとか言って、僕の気持ちなんてなかったことにするつもりなんだ」

「そ、そんなことは」

「ある。三年もペアを組んだんだ、そのくらい分かるんですよ。だから黙っていたんだ、ずっと……。まあ、僕もそれなりにいい思いはしたんで。でも、人の気も知らないで、よくもまあ自分勝手に僕のことが好きだなんて」

「……もしかして、何か、私、怒られてる?」

「怒ってます」

「えっと、整理をすると、あの、アル君ってもしかして私のこと結構好き……?」

「かなり好きです。愛しています! ずっとくっついていたいし、一生僕の指揮者でいてくれないと嫌だし、結婚したいし、キスだってそれ以上だってしたい! っ、ああもう! こんな風に言うつもりなんてなかったんだ!」



 アル君はいきなり叫びだし、言い終わると興奮したように少し肩で息をした。何か言わなきゃ、と思うのに声は言葉にならないで空気と一緒に舌の上で消える。



「……好きなんです。貴女が、嫌だっていうことは、もう二度としないから、だから、僕のこと、嫌いにならないで」

「な、泣かないで」



 アル君の視線が落ちたと同時に彼の目から涙が零れた。やっと吐き出せた言葉と一緒に駆け寄って抱きしめてしまったけれど、アル君は泣き止んではくれなかった。いつもならすぐに抱きしめ返してくる腕は、だらんとベッドに落ちたままだ。



「貴女が、泣かせてるんです。っ、畜生、格好悪いな……」

「格好悪くなんてないよ。えっと、無神経なこと言ってごめんね」

「ただ、ベタベタしてくる無神経な後輩を常識的に諌めようとしたんでしょ。貴女は間違ってなんかない、僕が調子に乗り過ぎただけです。貴女はもっと、僕に怒っていいんだ」

「アル君……」

「怒っていいから、ここにいて」



 アル君の涙を拭うのは本日二度目だ。推しの涙は尊いが、それ以上に胸が締め付けられる。その原因が私だという事実も辛い。



「いるよ、ちゃんと。契約もしたでしょ?」



 そうだ、契約をした。アルバート・アスピラシオンは、私の魔導士だ。そして、



「何かもう、ぐちゃぐちゃだけどさ、私もアル君が好き」



 もう本当にぐちゃぐちゃだ。こんなの絶対に恋愛漫画にはならない。両片思いとかそういう甘酸っぱさもない。どちらかと言えば、癇癪持ちの子どもが喚きあっているようなものだ。でも、今、私がアル君を好きなのは事実で、アル君も私を好きだと言ってくれているなら、これでハッピーエンドでいいんじゃないだろうか。格好はつかないし、三文芝居ってやつにもならなさそうだけど。



「……本当ですか」

「うん、だから泣かないで大丈夫。本当に今日は、色々なことがあり過ぎて大変だったから、もう休んで」

「キスしてもいいですか」

「寝なさい」



 ぺちり、と手の甲を合わせて催眠魔法をかける。催眠って字面が怖いけれど、この世界での催眠とは睡眠デバフみたいなものだ。デバフには睡眠、麻痺、毒など、ゲーム的な分かりやすいものしかない。魔法があれば何でもできるって訳ではないので、ある意味平和だ。やはり疲れていたらしいアル君は、抵抗もせずにこてんと倒れた。


 それにしても、教育を間違ったな。これは絶対に甘やかしすぎた。ゲームの中のアル君も初めの頃の彼ももう少しストイックなキャラクターだったのに。この世のストレスの全部を背負ってます、みたいな顔してたからって甘やかしすぎた。とりあえず、今はさすがにそういうことではありません。


 アル君も寝かしつけたし向こうの部屋に戻ろうとしたのだけれど、思い切り服を掴まれている。全く、いつのまに。はあ、それにしても疲れた。卒業式が終わる前に実家に帰ろうと思っていたらから朝から忙しなかったし、何か追いかけられたから逃げ回ったし、アル君の魔力暴走もあって契約書書いて連れて来られて……今日一日で数年分くらいのイベントをこなした気がする。いいや、もう。ここで寝てしまおう。怒られたら、怒られた時だ。はあ、疲れた……。


 読んで頂き、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ