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5,じゃあ、さっさとこれにサインしてください

 最推しなんて言葉で包んで、結局はただの一目惚れだったのかもしれない。前世からのガチ恋だったのか、今世での実写にやられたのかは分からないけど、きっと私のこれは真心じゃなくて下心だった。でも、叶わないって初めから分かっている恋を恋と認めるには、私はあんまりにもちゃちで。ただ傷つきたくなくて、自分勝手に。でも、ちゃんとお別れをしよう。アル君にもこの心にも。それがきっと、私が“指揮者”としてできる最後の仕事だ。“魔導士”の心身の健康管理は、そのペアである“指揮者”の仕事なんだから。



「あのね、アル君」

「……僕、貴女が指揮者じゃないんだったら、魔導士なんて辞めるんで」

「あのね」

「辞めてやる」

「アル君……」

「辞めてやるからな」

「ううん」



 そんな、駄々っ子みたいに去年と同じことを言われても。まずい、何かがおかしい。さっきのポエムのような心情が全て恥ずかしくなる。最後くらい綺麗な私でいさせて欲しい。



「えっと、私ね、学校を出たら魔道具製造士を目指そうかなあ……って、結構真剣に考えてて、だから」

「は?」

「怖い怖い、どうした?」



 泣き顔をそのままにアル君が顔を上げ、そのまま私の肩を鷲掴んだ。また瞳孔開いてるよ、でもその顔もびっくりした猫みたいで可愛いね。



「そんなこと一回も言わなかったじゃないですか!」

「いや、皆が指揮者や魔導士になっていくのに、一人だけ魔道具製造士になりたいとか言いづらくて……。それにここ専門校だし、怒られるかなって……」

「つまり、じゃあ、僕が嫌だとか、他に組みたい魔導士がいるとかそういうことじゃないんですね?」

「そんなことはない、けど」



 世界中の夢と希望が詰まった魔法のステッキを開発した後は、身の丈にあう魔導士を探してペア組んでもいいかなあ、くらいには思っている。学生時代にあのアルバート・アスピラシオンとペアを組んでいた、とか言えば良い条件出してくれる人もいるだろう。……今日、押し掛けてきた人たちは怖いので除外とする。



「僕、金は持ってます」

「おおっと、どうしたどうした」

「子どもの頃から魔獣討伐はしていたんで、家の金じゃなくて僕自身の個人資産を持っています」

「そ、そうなんだ……?」

「エステル先輩が魔道具製造士をやりたいというなら、その支援ができます」

「……ん?」

「工房も作ってあげますし、珍しい素材だって採ってきてあげます」

「えっと」

「だから、片手間でいいから、僕の指揮者でいてください。ずっと、ずっと僕だけの指揮者でいてください、お願いします」



 あれええ? これは、えっと、え? 親離れ、いや、指揮者離れができてない、のか? あ、甘やかしすぎた、のかな?



「あのね、ちょっと落ち着こうかアル君。その条件出すんだったら、もっとすごい指揮者が雇え――」

「他に条件があるなら全て飲みます。全部言ってください、全部! 貴女、前も言いましたけど自己主張が足りなさすぎるんですよ! 魔道具製造士になりたくて悩んでたんなら言ってくれればよかったんだ!」

「落ち着こう、ね。いい子だから、先輩の首がとれちゃうから」



 肩を揺さぶられて首ががっくんがっくんしてる。酔う、酔うって。



「それとも、僕には言えなかったんですか、僕じゃ駄目なんですか」

「いや、ううん、そういう話じゃなくて」

「貴女の最高の魔導士は、僕だけだって、嘘だったんですか」

「嘘じゃないよ、でもね」

「エステル先輩」



 手をぎゅっと握られれて、顔が近づく。ゲーム内の絵に似ている構図だったが、あの絵よりもずっと目の前のアル君の方が大人びている。ついでに、私の喉からは、ひゅ、と音がした。



「貴女の魔導士は僕だけでいい。……そうでしょう?」

「そうですね」



 さっきまでのシリアスさとか、私がいなくなればいいみたな自己犠牲とか、アル君のお家がとか、その他諸々の全部が一瞬でどうでもよくなった。だって最推しに手を取られてお願いされてるんだよ? 誰がどうして断れるっていうの? いいよ、もう、ギャグ漫画の人で。ギャグ漫画だからきっとご都合主義でどうにかなるよ。人生ちょっとちゃらんぽらんな方が生きやすいって、多分。



「じゃあ、さっさとこれにサインしてください」

「さっさとって……」



 やっといつもの調子に戻ったアル君が差し出したのは、指揮契約書だ。しかも、専属契約。指揮契約には種類がいくつかあって、複数契約、期間契約、特殊契約などがあるが、専属契約はその名の通り魔導士一人に指揮者一人がつくことを指す。


 魔導士と指揮者の対比はいつまで経っても圧倒的に指揮者が少ないので、多くの指揮者は初め期間契約をする。いろんな人を試すためだ。その点、専属契約はちょっと厄介で、これを言ってくる魔導士には気をつけなさいと先生に何度も言われていた。


 専属契約は期間を定めていない場合が多く、途中でどちらかが「合わない」と思っても契約解除が難しい。そしてその場合に困るのは指揮者の方が多い。もし魔導士に「合わない」と言われた所で、指揮者はすぐに別の魔導士と契約ができるが、魔導士はその逆で次の指揮者探しがかなり難航する。だから魔導士は指揮者に「合わない」と言われても契約解除をせず、契約を盾に指揮者の囲い込みをするのだ。



「専属は、ほら、お互いの為に止めた方がいいんじゃないかなって」

「最後を見てください」

「ん?」

「“魔導士アルバート・アスピラシオンは指揮者エステル・リヒトがこの契約を破棄する意思を持った時、それを妨害せず契約破棄に応じる。”……なので、これは専属契約ですが、貴女が嫌ならすぐにでも破棄できるんですよ」

「おおう……」

「他のことは後から決めるとして、とりあえずサインさえしてくれたらいいんです。さあ、早く、さあ!」

「う、うん……?」



 急かされるままに、さらっと文面を目でなぞって契約書にサインをした。あんまり良いことではないだろうけど、もうここまでくれば書かない訳にもいかない。……でも、この契約書どこから出したんだろう。むしろ、いつから用意してた。もっと早くに言っておいてくれれば、もうちょっとちゃんと考えたのに。



「……よし、不備はありませんね。これで契約成立だ!」

「おっふ」



 サインを書いた契約書をひったくられて、覆いかぶさるように抱きしめられた。これはあれだ、大型犬のそれだ。可愛い。私の最推しは大きくなっても本当に可愛い。この可愛い、の為なら私なんだってできる。



「おーい、こっち終わったぞー」

「怪我人もおらへんし、ピッカピカやで。アルバート、魔法薬学の新書で手ぇ打ったるわ」

「アルバート俺、肉な。高いステーキ肉食いたい」

「分かりました」

「え、いいの? いいんだよ、あんなのの話は聞かなくても」

「そりゃないで、エステルちゃん。ワテら頑張ったってぇ」

「いいんですよ。後輩にたかるような人の要求を聞いてあげたくらいで、痛む懐でもないですから」

「おい」



 アル君の魔力暴走の後始末をしてくれていた皆が戻ってきた。あんなにも抉れていた地面も崩れていた校舎もすっかり元通りだ。



「契約結んだの? 結局結ぶんだったら、こんな騒ぎ起こさずにやって欲しかったわ」

「ご、ごめん、サマンサ……」

「今日押し寄せた魔導士だって、今日まで契約がされてないって噂を聞いてきたのよ。去年の時点で諦めてた奴らだっていたのに、長引かせるからこんなことになるんでしょ。大体、エステルは防犯意識が低すぎるのよ」

「あ、はい、すみませ」

「ドュー先輩」



 正論で滅多打ちにされている私の肩を、アル君が引き寄せた。少しよろけてぶつかったのに、アル君はびくともしない。私の最推し、本当に大きくなった。



「これからは僕がちゃんとしますんで、ご心配には及びません」

「ア、アル君……!」

「うっわ、“この指揮者、俺のですから”アピールが酷い」

「長いわ。こういうんは、彼氏面でええねん」

「あら、三年もかかってやっと契約してもらった分際で、いやねえ」

「百歩譲ってダリル先輩は除外しますが、後のお二人にだけは言われたくないですね」

「あっはっは、そないに真面目に返さんでも。魔導士ってそんなもんやん」

「そうそう、律儀に返すだけ無駄」

「俺たち指揮者はお前らのそういう所、たまに本気でやべえなって思ってんだからな?」

「あっはっは」

「笑って誤魔化すんじゃねえよ」



 さっきまでの修羅場なんてなかったように、普通に会話が続く。これがこの学校のいい所かもしれない。職員も生徒も異常事態に慣れ過ぎていて、喉元過ぎればこの程度なら何の確執も生まれない。避難していた人たちも、もう戻ってきた。多分、魔力暴走についてはちょっとは叱られるだろうけど、やっぱり何事もなかったように処理されるだろう。とりあえず卒業式も終わったことだし、確実に面倒くさいであろう未来のことには目を瞑って少しくらい談笑しても、今だけは許される気がした。


 読んで頂き、ありがとうございました。

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