3,相変わらず忙しないですね、ここ
何がどうした。
「相変わらず忙しないですね、ここ」
「まあビュッフェだからね。えっと、アル君、別に無理しなくてもよかったんだよ? 今からでも隣のカフェとか行ってきても」
西の校舎にある大きな食堂はビュッフェスタイルで、食べ盛りの若い学生たちには人気だ。朝の早い時間ではあるけれど、大勢の学生や職員で賑わっている。しかしこういった雰囲気が苦手な人も一定数いる為、すぐ隣には少しラグジュアリーな雰囲気のカフェテリアもある。ホテルで食べるようなブレックファーストが人気だ。一限目が西の校舎である時、アル君は基本的にそっちに行くから私もつられていつもそっちに行っていた。そっちはそっちで美味しいし、リッチな気分にもなれるしで女生徒人気も高い。
「確かに好き好んで来る場所ではないですけど、別に唾棄する程に嫌いな訳ではありません。今まで僕の好みにばかり合わせてもらってましたし、たまに来る分には構いません」
「いやあ、ううん……?」
いいとこのお坊ちゃんが、お盆を持って大皿の大衆向け料理を自分の皿に取り分けている。何とも言えない気持ちになるのは、私に何らかの偏見があるからなのだろうか。いや、うん、似合わない。アル君ったら、絶妙にこの雰囲気に似合わない。偏見、かなあ……。
朝、私はこの西の食堂で食事をする為だけに早起きをした。西の食堂は日にもよるが、開店前から並ぶ人もそれなりにいるからだ。そして、できるだけ多くの料理を制覇したいから、お白湯を飲んでウォーキングもした。ペアを組んでから何となくずっと一緒に朝食をとっていたアル君に一応「今日は西の食堂に行くから別で食べるね」と、飛鳥(小鳥のメモ用紙風魔道具、連絡したい相手にメッセージを届けてくれる)も飛ばして完璧な状態だった。
お腹も空いたし開店時間十五分前だし、今日はとことん食べてやると意気込んで既にできていた行列に並ぼうとして「エステル先輩」と声をかけられた時の心臓の痛みがまだ残っている。本当に吃驚したのだ。あのアル君が先に列に並んでいたのだから。前後に並んでいた学生たちも大分困惑していた。そりゃあ、ビュッフェとかカジュアルとかそういうのの対岸にいそうな人が開店前に並んでたら、そうなるよね。しかも一人で。私が合流したことによって「なんだ、そっか」みたいな雰囲気だされたけど、気持ちは分かる。でもそれって何、私が並ばせたとか思ってる? あのアルバート・アスピラシオンを? 違うからな!?
運よく二人掛けのソファー席を勝ち取ることができたので、戦利品をゆっくり味わう。美味しい。たまに新しい料理が出てきてリンゴンとベルが鳴らさる賑やかさも、それに群がる騒々しさも楽しくて好きだ。アル君にはとことん似合わないけれど。
「というか、エステル先輩はもう少し自己を主張してください。僕が、人を慮ったり機微を読んだりできない人間だって知っているでしょう」
「そんなこともないんじゃない? アル君はよく人を見てるし、魔獣の弱点見つけるのも早いし」
「二個目、関係あります?」
「あるよ。私の体調不良とか私より気づくの早いじゃん」
「それは貴女が、っ……。いえ、ともかく、ちゃんと言葉にしてください。前から言ってますけど、全部を僕に合わせる必要なんてないんで」
「えっと、うん、ありがとう……?」
なんだろう、もしかして一人で朝ご飯食べるのが嫌だったのかな。アル君、友だち少ないからな。いや、いない訳じゃないんだけれど、ご飯は大体私と食べてたから。それでも別々に食べることだってあったのに。昨日だってそうだったのに。……少しは寂しさを感じてくれているのかもしれない。どうしよう、可愛い。
「それで、その、今後」
【ビービービー! 緊急招集、緊急招集。学園付近に大型魔獣接近中、Sランク以上の生徒、職員は速やかに西門に集合してください。Aランク以下の生徒、職員は外出禁止。外にいる生徒は速やかに建物内に入り、職員の指示に従ってください。これは訓練ではありません、繰り返します――】
「……デザート食べてなかったのに」
「はあ……。行きましょう」
「はあい」
アルタール魔法学校はその昔、魔獣の巣窟と言われていた場所に建っている。魔獣退治のスペシャリストを養成したいなら、魔獣の多い所に建てちゃえ! というふざけた理由である。建てた時に本当に駄目そうな魔獣は退治したらしいのだけれど、教材としてあえて残している魔獣は多い。なので、学校の授業の他に極々まれにこうやって招集がかかる。
生徒、職員はその力量によってランク分けされており、Sが最高でその下がA、B、C、Dとある。D評価が最低値だが、それでもこの学校に通えるレベルでのDなので、基本的には皆優秀だ。もちろんアル君はSランクです。ついでに私も。
「一応、Sランクのみが招集されているんですから、気を抜かないでくださいよ。最後の最後で怪我とかされたら目もあてられないんで」
急いで食器を片付け、足早に食堂を後にする。この世界には箒で空を飛ぶあの伝統的なスタイルは存在しないので、地道に走っていくしかない。魔法で動くタイプの乗り物はいくつかあるのだけれど、過去暴走事故が起きたとかで校内では禁止だ。
「確かに、気をつけます」
「分かればいいんですよ」
「生意気ー」
そこがいいんですけどー! と、心の中で叫びつつ、言われた通りに気を引き締める。特にこの一年、ぼんやりしていても戦闘が勝手に終わってたから初めの頃の緊張感とか無くしてしまっていた。いかんいかん、今から対峙するのは人類共通の敵。ここ数十年、生徒が死亡したことはないものの、欠損など重度の怪我をした生徒は十年に数人は出ている。私にとってそれが今日かもしれない、慣れは危険だ。
西門には既に数名の生徒と職員が集合していた。
「皆さん、ご協力に感謝致します。もう見えていると思いますが、あれの始末をお願いします」
「あれって……」
「亀さんじゃん……」
「最後の最後で面倒なのをまた……」
当たり前だが、学校には結界が張られている。西門の外でその結界にじゃれついている魔獣を倒せと、教員は簡単に言ったが皆は一様にげんなりした。
正式名称は長いので通称“亀さん”。攻撃力は高くないが好戦的で防御力が異常に高い。本物の亀によく似ているが、大型馬車くらいの大きさでカラーリングが派手な上に遅くない。速さに特化した魔獣ではないので、攻撃を当てること自体は難しくないが防御力が高いので相手が面倒なタイプだ。
「ひっくり返して割ればいいだけだろう。エステル先輩、行きますよ」
「うん、まあ、それはそうなんだけどね」
とりあえずこの場にいる全員に防御強化の魔法をかけて、アル君の傍にかけよる。隣にいるより後ろにいることが多い三年間だった。そもそも指揮者って基本前線に立たないから、それが普通なのだけれど。
「強化を二重でかけてください、一気に潰します」
「今日この後、授業は?」
私がかけられる強化魔法はそれなりに効果がある。しかしこの魔法には代償が必要だ。効果の少ないものであれば、代償は私の魔力だけで事足りる。しかし強いものを二重、例えば魔法強化と体力強化などでかけるとなると、かけられている対象者にも負担がいくのだ。貧血、眩暈、筋肉痛なんてものもあった。朝一の授業があるならどれも避けさせたい症状だ。……本当に優秀な指揮者になれば、こういうことのないのだろうけど、所詮私程度ではこのラインが限界なのだ。
「無いですね。僕は部活動もしてませんからお別れ会的なのもないんで、卒業式の練習も昨日で終わっていますし」
「じゃあ、かけるけど、無理はしないようにね」
「僕の無理の範囲は、僕より貴女の方が詳しいでしょう?」
「そういう問題じゃないの!」
他にもSランクの生徒や職員がいるのだから、アル君が一人でやらなくてもいいのに彼は協力プレイが嫌いだからあまりやりたがらない。本当にどうしようもなくなった時は私が応援をお願いするのだが、もう今期のSランクたちはそれに慣れてしまって待機モードに入っている。それもそれでどうなんだろう。来期から大丈夫かな、と思いつつ強化魔法を二重でかける。一つは通常の魔法強化、もう一つは風魔法限定強化。まあ、結果は見えているのだけれど、最後まで気を抜かずに手の甲を重ねた。
ちなみにこの世界、魔法のステッキ的なものもない。魔導士や指揮者など、魔法を使える人の手の甲には生まれつき痣があって、それを重ねることで魔法を発動させる。……ここらへんはゲームの世界観そのままだったが、私は魔法のステッキが欲しかった。ニチアサのような、子どもの夢の結晶みたいなやつ。あれは大人になっても心躍るものだと信じているので、学校を出たら製作に着手していきたい。まずはおもちゃレベルで、簡単な光魔法が出るみたいなやつから。アル君の指揮者になれないんなら、正直他の誰かの指揮者になるよりも魔道具製造士になりたいんだよね。
「あ」
ぼんやりしていたら、もう亀さんがひっくり返っている。慌ててもう一度手の甲を重ねて、風魔法強化から雷魔法強化に切り替える。亀さんは防御力は高いがお腹のあたりに弱点である溝があり、ひっくり返してその溝に雷撃を叩き込むのが一番早いのだ。通常ならひっくり返すまでに大勢の魔導士が必要で、且つ弱点の溝にピンポイントで雷撃を当てるのも難しい。それをさらっとやってのける私の最推しは本当にすごいのだ。
今日も今日とて、スキップしたかのように戦闘が終わった。退治した魔獣は貴重な魔道具の素材になるので、私たちを見学しつつ防衛魔法の強化を行っていた他のSランクの生徒たちがそれを回収する。亀さんは硬いので素材の回収も面倒であるが、そこはもう頑張ってもらうしかない。
「お疲れ様です。相変わらず、見事な指揮ですね」
「ふふ、それほどでも。アル君の魔法が冴えてるからだよ」
これは好感度マックス状態でのアル君の戦闘終了セリフだ。ゲームの中の彼と目の前のアル君は別人だと理解はしているものの、好感度を計る指針にはなった、と思う。うん、私はきっとアル君に嫌われてはいない。学生時代にそんな先輩いたな、とたまに思い出してもらえるくらいには仲良くなった、筈だ、多分……。
「……デザート、食べに行きます?」
「え、いや、いいよ。アル君、卒業の準備で忙しいでしょう。もうあとちょっとなんだから、ちゃんと準備して」
「エステル先輩じゃないんですから、準備なんてもう終わってます」
「どういう意味かな、それは。ちゃんと確認するのも大事だよ。……それに私も退去準備が」
「……」
「……」
「終わってないんですね」
「終わってるよ、終わってるけど、か、確認が大事なんだよ」
「はあ、昼頃迎えに行くんで、それまでに終わらせといてくださいよ」
「が、頑張ってみる……」
絶対、終わらないんだけれども。とは、決して口に出さず、そそくさと寮に戻った。荷造りをしつつ、そういえば普通に昼食も一緒に食べることになっていると気づいたが、まあペアであるのももう少しだけだから、それはそれでいいかと深く考えなかった。
読んで頂き、ありがとうございました。