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1,貴女が指揮者じゃないんだったら、魔導士なんて辞めるんで

「僕、貴女が指揮者じゃないんだったら、魔導士なんて辞めるんで」

「なんでそうなった?」

「だから卒業しないでください」

「だ、だからとは……?」



 麗らかな午後、芝桜によく似た小さく可愛らしい桃色の花が地面を覆いつくしている美しい季節。更にいうなら卒業式、私の学年の。雲一つない快晴のそんな目出度くもあり物悲しい日、私は将来有望で一番目をかけ一番愛でていた可愛い後輩に脅されていた。


 全人類の脅威である魔獣から人々の命と生活を守る為、国際機関が設立した魔導士及び指揮者養成校、アルタール魔法学校。年齢性別出自に関係なく、幅広い人材を育成するこの魔法学校には様々な生徒が在籍している。在学期間はきっちり三年であり、例外は認められない。この学校に“留年”なんて言葉はないのだ。つまり、彼がものすごい滅茶苦茶を言っているということを理解して欲しい。



「とにかく卒業しないでください」

「あのね、アルバート君」

「アル」



 不機嫌そうな顔を取り繕いもせず腕を組むのは止めなさいと、あれほど言ったのに。成績優秀な魔導士見習いであり私の最推しでもある後輩、アルバート・アスピラシオンは、そんな態度を改めもせずじっと私を見下ろした。本当にこの二年で背が伸びたよね。私にもその成長期分けて欲しかった。



「……アル君、えっとね。私ね、在籍して三年経ったんだ。つまり、卒業したくなくても、しなきゃいけなくて」

「エステル先輩が卒業するなら僕も学校辞めます。ついでに魔導士も辞めます」



 誰か助けて。思わず周囲を見回したが、遠くから視線を送って来ていた同級生や下級生たちは一斉に私から視線を外しやがった。こんちくしょうめ、一生許さない。私はついさっき終わったばかりの卒業式で配られた小さなブーケを握りしめながら、必死に打開策を探した。


 エステル・リヒト、今の私の名前だ。田舎で家族や親戚とのんびりと暮らしていたのだけれど“指揮者”の才能があると、強面のおじさんたちに連れて来られてこの学校に来た。門をくぐった瞬間に前世の記憶が蘇る、なんて誰にも信じてもらえない超常現象を体験し、今に至る。


 ここは、私の“前世”の記憶が正しいものであるのなら、大人気アプリ【魔導士育成ゲーム/奏~君が指揮者ならば~】の世界である。よくあるガチャでカードを引き、仲間を集めて魔獣と戦うゲームだった。舞台はここ、アルタール魔法学校。主人公=プレイヤーは指揮者という特殊ジョブで、主要キャラクターである魔導士とペアを組むところからゲームがスタートする。主人公たちが学校授業の一環で魔獣討伐をしていくというストーリーで、行く先々で様々なことに巻き込まれていく、という展開だ。


 ストーリーや戦闘システムは王道ものでやりやすく、イベントがかなりの頻度で行われるから飽きもしなかった。個性豊かで多彩なキャラは魅力的で、キャラ萌えするタイプのオタクたちには大ウケした。何がいいって、ガチャ天井が低く微課金でも楽しく遊べるってところだ。勿論重課金者はいたし、その方々のおかげで楽しくゲームできてると思えばありがたかったが、お財布の為にアプリゲームは無課金もしくは微課金を泣く泣く貫いていた前世の私にはかなり嬉しいゲームだった。ちなみに乙女ゲームではない、女性キャラも多くいる。


 ここまで説明すれば、分かって頂けるだろうが、前世の私の最推しは目の前にいるアルバート・アスピラシオン君だ。彼は多くいるキャラクターの内、唯一の後輩キャラである。【魔導士育成ゲーム/奏~君が指揮者ならば~】は、よくあるサ〇エさん方式のループ系だった。主人公が二年生になってからゲームがスタートするのだが、同級生の他にも先輩キャラが多くいる中で後輩キャラは彼一人だけ。


 元々、授業の一環で魔獣討伐をさせられるのが二年生からという設定なので当然なのだが、高名な魔導士一家の生まれである彼は入学前から自国で魔導士として活動していた経歴から、一年生であるにも関わらず魔獣討伐授業に参加していたのだ。


 ……長々と昔のことを思い出し過ぎた。しかしだ、つまり、私にはこのイベントの回避方法が分からない。それだけが事実として残った。



「あのね、アル君」

「嫌です」

「先輩まだ何も言ってないよ」



 せめて話を聞いてくれ。微課金ながらも走れるイベントは全て走り、君に全てのリソースをつぎ込んだプレイヤーに少し優しくしてくれ。


 とはいえ、この世界はゲームではなくリアルだ。電源ボタンも無ければ、タッチパネルもステータス画面も無い。本当の画面の向こう側である。私は主人公でもプレイヤーでもなく指揮者モブだ。ゲームの中でこそ主人公補正特殊ジョブだった“指揮者”だが、その辺の設定が少し違うらしい。


 この世界での“指揮者”とは“魔導士”のサポート役のことである。文字通り指揮をするリーダータイプもいれば、後方支援タイプや魔力タンクタイプなどもいる。ちなみにゲームの主人公はリーダータイプだったが、私はどちらかといえば後方支援タイプだ。


 そのように、何らかの形で魔導士を支援できる人々のことを“指揮者”という。この学校にも数は少ないが私以外に複数人在籍している。魔導士は一人でも十分に威力が発揮できる者も多いが、魔法が使える=他のことにも秀でているとは限らない。指揮者はペアを組んだ魔導士の不得手を補う存在なのだ。それは戦闘時だけでなく生活面や事務手続きなど多岐にわたる。上記ではサポート役としたが、秘書とか執事とかの方が近い気もする。



「アル君、先輩困る……」

「僕が」

「うん?」

「僕が世界で一番だって言ったじゃないですか。僕が最高の魔導士だって」

「それはそう、事実」

「じゃあ行かないでください」

「えっと、学校のシステム上無理かな……?」



 睨まないで睨まないで、その顔、限定イベントガチャのカードイラストに似てる。怖いけど可愛いから睨まないで。私は語彙力なくなると全部可愛いで済ますタイプのオタクだから止めて。友だちに結構真面目な声で「本当にそれ止めた方がいいよ」って言われたんだからな!



「エステル先輩は押しに弱いから、卒業したらすぐに変な魔導士に捕まってペアを組まされるに違いないんだ。野生かと思う程に勘が鋭くて優秀なのに呑気でお気楽な指揮者なんて狙われ放題に決まってる!」

「先輩に対してなんたる言い草だろう、この後輩君は」



 指揮者と魔導士の関係からして、本来ならば魔導士の方に優位性がありそうなものだがそれは違う。圧倒的に指揮者の数が少ないのだ。指揮者には補助魔法と回復魔法の適性が必須なのだが、両方共を持っている者は少ない。どちらか、ではなく両方を持っていて初めて指揮者になる資格を与えられるのだ。


 魔導士は攻撃魔法に適性があればなれるが、それこそピンキリで上位と下位の差は激しい。指揮者だって有能で自分と合う魔導士とペアを組みたがるから、下位の魔導士はいつまで経っても指揮者を得られないことだってあるし、上位の魔導士だって横柄な態度を取り続ければ鞍替えをされてしまう。主人公のみの特殊ジョブではなかったものの、この世界でも“指揮者”は特別な職業だった。



「貴女を野に放つ訳にはいかない。もう一年在学してください」

「いや、言い方」

「先輩の魔導士は、僕だけでいいでしょう……?」



 はい、好感度マックス特殊イベントのセリフですね。他のキャラクターでも似たようなセリフをくれるが、やっぱり最推しのセリフに勝るものはないですね。


 ただ、なあ。ここ、電子の世界じゃなくて、それこそ三次元の世界だから、卒業後にアルバート・アスピラシオンと一緒に居続けるのはかなり条件が厳しいんだよなあ。


 アスピラシオン家は、世界有数の魔導士の家系で名家だ。アル君はそこの長男で、幼少期からかなり厳しい英才教育を受けている。期間限定イベントなどでそこら辺も掘り下げてくれていたが、一般家庭では決して理解できないレベルの厳しさだった。まあアル君はそれを乗り越えたし、家族仲もそこまで悪くはない。ただ、そんな大家の跡取り息子と田舎娘って、いくら相性がいいっていってもペアを組ませてもらえないだろう。多分、あのお家ならアル君用の指揮者くらいもう用意してそうだし。


 ゲームはゲームだった。サ〇エさん方式だったし、楽しい時間がいつまでも続いていた。でも現実はそうじゃない。運よく最推しとペアを組ませてもらえたけれど、私はもう画面の向こうの主人公ではない。幸いにも名門アルタール魔法学校を卒業したのなら就職先には困らないので、私は私の人生を歩いて行ける。



「私の最高の魔導士はずっとアル君だけれど、」

「分かりました」

「待って、まだ話してる」

「学校長の所へ行きましょう」

「待って、待ちなさいアル君。アル君!」



 「私の最高の魔導士はずっとアル君だけれど、アル君の最高の指揮者は私じゃないよ」って格好つける筈が、最後まで言わせてもらえなかった。それだけでも結構恥ずかしいのに、おい、こら。先輩を小脇に抱えるんじゃありません。本当にその成長期寄こせ。入学当初は私より僅か数ミリ大きいだけだった癖に! とは、さすがに言えずされるがまま運ばれるしかなかった。こうなったアル君はもう何を言っても聞かない。ここまでの騒ぎになったのだ、きっと先生が何とかしてくれるだろう。


―――


 何ともならなかった。


 学校長の所まで小脇に抱えられた私は、衝撃のお言葉を頂いた。『そうだね、二人はペアだしね。エステル・リヒト君はアルバート・アスピラシオン君専属職員としてこのまま一年在籍することを許可するよ』と。ゲームのストーリーが終わってるからって私の知らない設定を出してくるな。……これがリアルか。


 とりあえずこれからの話し合いをしようか、ということで落ち着ける場所を探したが、今日が卒業式だったからか何となくまだ慌ただしかった。一人で帰省する為に大荷物を運ぶ卒業生、その逆で迎えを待つ卒業生と迎えに来た親族、見送る在校生や教員、招待された来賓、来期の学生の受け入れの為に学内や学生寮を見回る職員がどこかしらにいた。仕方がないので学内のカフェテリアで飲み物を買い、広すぎる中庭をできるだけ邪魔にならないように歩く。



「僕が根回ししていたからよかったものの、そもそもエステル先輩が何の準備もしてないから悪いんです」

「え、噓でしょ、私のせい……?」



 私の知らない内にアル君は色々と裏で手を回していたらしい。というか、学校にも私以外とペアを組む気はないし学校も魔導士も辞める、と言ったらしい。名家のお坊ちゃんからの脅しじゃん。まあ、それだけでという訳ではなく、私たちがこの二年で残した功績も要因の一つだったらしい。ちなみにこの特例はかなり久しぶりではあるけれど初めてのことでもないらしく、しかしその場合は両者の成績や生活態度、熱意などが考慮されるそうだ。……聞いてないが?


 卒業をしたのだから学生寮は使えないが、臨時職員用の部屋を貸してもらえることになった。給与などはでないが、学生時代と同様衣食住はタダである。


 まあ、帰ってもしばらくゴロゴロするだけの予定だったので、問題もそうない。実家に連絡を入れれば「あらー、一年だけでも就職できて良かったわねー」と呑気に返された。……もう少しさ、年頃の娘が帰って来ないってところに反応してくれてもいいんだよ、ママ?



「先輩のせいです。勝手に卒業しようとするから」

「いや、卒業は、普通なんじゃ……」

「僕が卒業してないんだから、一つも普通じゃないでしょ!?」

「え、ごめん……?」



 何故私は謝っているのだろう。私が謝る要素あった? これは、怒っていいのでは? いや、怒るべきなのでは? 確かに最推しだが、ここは心を鬼にしてきちんと叱るのも愛だろう!



「あのね、アル君!」

「怒ってますか……?」

「私がアル君に怒るとかそんなことある訳がないよ」



 手のひら返しは得意です。



「ですよね」

「うん、そこでそう言っちゃうところも嫌いじゃないよ」

「知ってます」



 はああ!? 生意気ー! そこがいいー!



「僕の指揮者はエステル先輩だけです。……二度と、僕を置いて行こうとなんてしないで」

「待って先輩、鼻血出そう」

「茶化さないで」

「ううん、じゃあ、うん。できうる限り努力します」

「まあ、今はそれでいいですよ」



 そう言いながら、アル君は私を抱きしめた。彼はこの性格でスキンシップが好きだ。好感度をマックスにしなくてもべったべたしてくる。ハグをするのも手をつなぐのも特に抵抗がないらしい。他にもそういうキャラクターはいたが、彼や彼女たちはそういうお国柄の人たちだった。アル君はそういうタイプの国の出身ではないから、単純に彼が飛びぬけてスキンシップが好きな子のなのだ。すごく可愛い、ありがとうございます。じゃなくて、



「アル君、どこでもかしこでもハグしちゃ駄目って言ってるでしょ!」

「挨拶の内ですよ、こんなの」

「へええ、挨拶なんだ。じゃあ別れの挨拶だね、また明日ね。バイバイ」

「……」

「無言の抵抗はやめなさい!」

「丁度いいんですよね、顎を置くのに」

「挨拶ですらない! やめなさい!」



 一年生の最初の内はまだ同じくらいの身長だったからまだ良かったけれど、アル君はもう今では私より頭一つ以上大きいのだ。男の子だから力もどんどん強くなるし、押さえ込まれればどうすることもできない。両手首を片手で掴まれた時には一瞬どうしようかと思った。ファンサの供給過多で私を殺す気か?



「あああー、もうおしまい! いい子だから!」

「いい子じゃなくていいです」

「そんなこと言う子にはもう耳かきしてあげません」

「卑怯な……!」

「卑怯、とは?」



 渋々といった体で拘束を解かれた。本当に危なかったこれ以上はいけない。私の心臓に負荷がかかりすぎる。自覚をして欲しい、本当に。


 この世界には存在しなかった“耳かき”という概念を教えてからというもの、アル君はそれに夢中だ。そもそも耳には自浄効果があるというから、必要がないのであればやりすぎは絶対にいけない。でも気持ちが良いからやっちゃうよね。耳かき棒は自作しました。



「まあじゃああと一年よろしくね、アル君」

「……はあ」

「あ、ここで溜息なの?」

「よろしくお願いします。貴女の指揮に期待していますよ」

「それは任せて!」



 前世でのプレイヤー歴〇年、今世でのペアとして二年、もはや私はアル君の指揮者としては完璧な身のこなしを手に入れた。卒業するつもりだったから少し不思議な気分ではあるが、指揮者として動いていいのなら思う存分楽しもう。思いがけず延長された最推しとのペアなのだから、存分に満喫しようと決意した。



 読んで頂きありがとうございました!


 大変恐縮ですが、よろしければブックマーク・評価などして頂けるととても嬉しく思います。よろしくお願い致します。


 ここまで読んで頂き、ありがとうございました!

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