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悪役令嬢三人娘奮闘記  作者: いずみわか
執着の檻(ヒーロー視点)
22/23

ロベルトの過去

 


 ──ああ、空が燃えてる……


 先程まで寝ていたはずの寝室ではなく、今ロベルトが立っているのは荒れ果てた荒野だった。元々木だったものが所々に生えているが、そのどれも朽ち果てて石化していた。血の様に赤い空に、散らばるように浮かぶ紫色の雲の隙間からは時折稲光が轟いている。

 夕焼けというにはあまりに禍々しい色のこの空に、ロベルトは妙な懐かしさを感じた。世界の終末といったら、きっとこんな感じなのだろう。


(そうか、魔素が濃いせいで空が赤いのか……ここはどこだ?)


 こんなに魔素が濃かったら、人間の体には猛毒だ。


(そして……俺はいま、何を……、──ッ!!)


 強力な魔法が背後から迫るのを感じる。急いで防御魔術を展開しようとするが、体がなぜか言う事を聞かず右腕が弾け飛んだ。


「──ッ!! ……ぐっ」


 ダラダラと自分の腕から血が流れていくが、血の色は人間の赤ではない……黒とも紫ともいえない何色とも形容し難い色だった。


「……苦しませてしまい申し訳ありません。今、楽にして差し上げます」


 その声は、つい先程までロベルトの腕の中で可愛らしい声を上げてくれていた女の声だった。

 しかし、今はその声にロベルトに対して何の感情もこもっておらず、ただ淡々と紡がれている。


 愛しい彼女の名前を呼びたかったが、ロベルトの口から出てきたのは違う台詞だった。


「……君に殺されるなら悪くはないけど、俺もまだやらなきゃいけない事が残っていてね。懺悔する時間位はくれるだろう?」


 ロベルトはこの時、全てを理解した。


(あぁ……そうか。これは、昔の……遥か昔の記憶だ)


 ミレイユ一人を誘き出す為に、わざと誰にも邪魔されないこの名もなき荒野まできたのだ。


 彼女に近づき呪いを確実にかけるために、あらかじめあの御方に転魂の魔術をかけてもらったのだから。


「汚れし魂よ……なんて哀れな最期でしょう。ですが、今更貴方の懺悔を聞くつもりはありません。闇へと帰りなさい」


 熱く高温で燃えている様な青い目でロベルトを見据える前世の彼女は、姿形はミレイユそのものだが、その高圧的な口調や威圧感で全く違う人に見える。


 聖光気を身に纏い淡く発光する彼女は清廉という言葉が相応しい。


 初めて、この姿を見た時からずっと惹かれていた。


(そう……彼女が、人間にだけ向ける慈愛に満ちた表情が印象的で。その瞳で俺を見てもらえたなら、他にはもう何も要らなかったのに)


「そろそろ終わりにしましょう。せめて最期は苦しまない様に……」


 女神ミレイユは、キィィィィンッと耳障りな音を響かせた。全身に纏っていた聖光気を右手に集め、銀の短剣を作り出す。

 風切音が僅かにしたかと思った時には、ロベルトの目の前にミレイユの青い瞳があった。


 ──あぁ……綺麗だな。


 ロベルトがそう思ったと同時に胸を深く貫かれていた。ミレイユはロベルトの体内にある核を捉えた手応えを感じたのか、一瞬だけ油断した。


 ロベルトは、この時を待っていた。


 ミレイユの細い腕を掴みグッと自分に引き寄せると、後頭部を押さえ付けてそのまま呪いをのせて深い口付けをした。


 ミレイユがまるで汚い物に触ってしまったかの様に顔を歪めて振り解く頃には、ロベルトの体は灰になって消えていた……


 ♦︎♦︎♦︎


 ロベルトがハッとして目覚めると、そこは見慣れた天蓋付きのベッドの上であり、隣には先程ロベルトを刺し殺した女が寝息を立てて幸せそうに眠っていた。


 ロベルトが昔の記憶を完全に取り戻したのは、母親の出産に立ち会い、ミレイユに初めて頭を撫でられた時だった。


 ロベルトは魔族の矜持を取り戻したと同時に、長い時を渡る間にいつのまにか目的を見失いかけていた自分を深く恥じた。


 万が一、ロベルトが思い出さなかった時は所詮その程度の執着だったのだろう。


 しかし、あの慈愛に満ちた笑顔とそこに煌く青色(サファイア)の双眸を見て何もかも全て思い出した。


 あの時の焦燥を。


 敵として出会ってしまった絶望を。


 そこから暫くロベルトは魔族だった頃の感覚が取れず、求愛行動でついつい人前でも給餌をしてしまいミレイユを困惑させてしまっていた。


 それでもミレイユは、ロベルトがどんなに情けない我儘を言っても最後には「ロベルトはもう、しょうがないですね」とふわふわ笑って許してくれるのだ。


(でも、まさか……あんな苛烈で気高く清廉だった彼女が、こんなに柔らかくおっとりとした少しドジな娘になるなんて……)


 先程のリアルな戦闘の夢の興奮も相まって、気が昂る。スヤスヤ寝てるミレイユを後ろから抱きしめて身体を密着させた。


「……んぅ、ろべると……?」


 寝起きで少し擦れてる声でロベルトの名を呼ぶ彼女は、夢の彼女からは想像できないほど艶っぽかった。


「ミレイユ、ごめん。もう一回しよ?」

「へ……?ぇ、あのっ……む、むりで……っ」

「大丈夫だよ、愛してるミレイユ」


 ロベルト自身も一体何が大丈夫なのかよく分からなかったが、取り敢えず早朝からミレイユを強く抱きしめたのだった。


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