大魔王の地元では、魔王でさよならする
季節は夏。久々に地元に帰ってきた。
懐かしい景色を楽しみながら、夕方の街をぶらぶらと歩き回る。
お気に入りの懐中時計の針が、丁度6時を指した時。短調の三連符が気味悪く響き渡る。
シューベルトの『魔王』だ。
本来このように子供達に帰宅を促す放送というものは、『夕焼け小焼け』であったり、市歌や県歌であったり、もっと優しく語りかけるものだ。
しかしどういったわけか、俺の地元では『魔王』が採用されている。
親子に迫り来る影。魔王の甘い囁き。息子の悲痛な叫び。必死で馬車を走らせる父の努力も虚しく、息子は帰宅する前に絶命する。
簡単に言うとこのような物語なのだが、それはそれは恐ろしい曲調で、今聴いてもうっすら鳥肌が立つ。
大人の俺がこうなるのだから、子供達はさぞかし怖いだろう。
約4分にわたる曲が始まると、皆おもちゃを片付け、友人に別れを告げて一目散に帰宅する。曲が終わる頃には小学生以下の子供たちの姿は綺麗に消える。
そういう意味では本来の目的に適ってはいるのだが、そんなにビビらせる必要も無いのではないかとも思う。
歩みを進めていくと、公園に少年が一人残っているのを見つけた。
うん、分かるよ。皆が余りにも逃げるように帰るから「俺、怖くねえし」って悪ぶってみたくなる気持ち。女の子の前だとついやりがちだよね、分かる分かる。
昔の俺も、そうだった。
まあここは先輩として、そして立派な大人として注意しなければ。
ねえ君、お母さんにちゃんと教わらなかったかな?
『魔王』が流れても帰らなかったら…。
今日も僕は、地元の街をふらふらと歩く。
大人になってから久々に見る景色はどこか懐かしいようで、なんだか新鮮でもある。
そろそろ時間だ。
胸元から懐中時計を取り出す。僕の趣味ではないのだが、貰い物だから仕方ない。
古びた針が6時を指す。
『魔王』の時間だ。
この曲はいつ聴いても良い。陰気なメロディに子供の叫び。
ゾクゾクして鳥肌が立つ。
曲が終わった。僕は尚も散歩を続ける。
ふと見ると、空き地に一人の少年を発見した。
なんだかいじけたように俯いている。
これは友達と喧嘩したクチか?それとも弟妹ができて親に構ってもらえなくなった腹いせか?
まるで昔の僕を見ているようだ。
ねえ君、このルール知ってる?
『魔王』が流れても帰らなかったら…。
ハイファンタジーが書けない女なので今回も少し現実味のあるお話です。
やっと1000文字にも慣れてきました。あと何本書こうかなあ。