スノーフレーク・オブシディアンは勇者である
スノーフレーク・オブシディアンは勇者である。
小さな体、しょぼい筋肉、爽やかな笑顔、並程度の顔、大草原の小さな胸、最高の運スキル、職業は羊飼い、16歳、そんなスノーフレークは女勇者である。
始まりは暗黒魔王の復活だった。ベタであるが餡子熊王では無い。暗黒魔王だ。
スノーフレークの国、プレジオライトは平和で牧歌的な国だった。しかし、プレジオライトのあるベルベリア大陸に封印されていた暗黒魔王が復活してしまった。
暗黒魔王は冷徹で残虐で冷静だった。『覇道は征服しやすい国から』をスローガンに掲げ、ベルベリア大陸で一番戦力の劣ったプレジオライトが狙われたのだ。魔王と名乗るなら、最強を謳うエレスチャルを狙えば良いものを、とプレジオライトの全国民が思ったが狙われた事実は変えられない。
元々、国境を海と見紛う大きな河と千仞の谷で隣国と隔たれたプレジオライトは、自然の要塞に守られてのんびりほんやり暮らしていたのだ。国の財産だってほぼ家畜と穀物。他国から輸出は頼まれるが襲って管理するのは色々面倒だと、いい感じに付かず離れずでやっていけていたのに。
赦すまじ、暗黒魔王。
何故ただの羊飼いの少女が勇者になったのかというと、伝説の剣を抜いたからだ。それはもうポイッと、ヒョイっと。
いくら平和主義のプレジオライトでも、来る危機への備えはあった。それが伝説の剣。王家の秘宝として、王宮の噴水の真ん中にさりげなくプスっと刺さっていた。プレジオライトに危機が迫った時、勇者にのみ抜く事が出来る伝説の剣モリオンだ。警備はされていない、何故なら勇者しか抜けないから。時々気が向いた人が抜こうと試みるが全身ビシャビシャになって終わる。
暗黒魔王の復活により、王から国民全員に勇者の剣を抜く試みをするようにとおふれがでた。試して抜けなかった人は避難の準備をしても、いつも通りの生活をしても良いので、とにかく一回は引っ張ってみて、というおふれ。もし誰も抜けなかったら、戦いになる前に魔王に降伏しちゃえ!という非暴力大作戦を展開しちゃえというのんびりぶりである。もし魔王軍が凶悪なら、魔王が復活した時に地上に現れた魔王城から隣国までの進撃ルートに住んでいる人達はルートからダッシュで離れるという指示も出ている。邪魔だから襲われるのだ。だったら避ければ良いじゃない?隣国と関係が悪くなるけど、魔王が復活した時点でそんなのどうでも良くなるし。
そんなこんなでスノーフレークは幼なじみの農夫ナリム・チャロアイトと村からロバに乗ってチーズを売りに来たついでに、伝説の剣チャレンジをしたのだ。
二人がチャレンジ出来たという事はまだ勇者は現れていないという事で、二人は村に戻ったら今作ってるトウモロコシを収穫し羊を移動させねばと、話しながら順番を待った。
うんとこしょどっこいしょ。うんとこしょどっこいしょ。うんとこしょどっこいしょ。誰にも抜けずに二人の番になりました。
先にナリムが引っ張った。一瞬、グラッと剣が揺れた。
「「「「「「おおーっ!」」」」」」
ところが剣は抜けません。一瞬動いた理由を宮廷魔法使いが鑑定スキルで見てみると、ナリムが無効スキルを持っているっぽい事がわかりました。どうやら伝説の剣の抜けない特性を無効化しかけたらしい。持っているっぽいというのは鑑定スキルが妨害されてっぽいという不確定な結果だったから。
でも、剣だって伝説の剣です。意地でも勇者以外に抜かれる訳にはいかない。頑張った。
次にスノーフレークが引っ張った。ばしゃーん。すっぽ抜けた剣を掴んだまま、噴水の中でひっくり返る。
「「「「「「「おおーっ!!!!!」」」」」」
♪でどでどでどでどでどでどでどでどでーんでん♪
▷伝説の魔剣モリオンが抜かれました
▷スノーフレーク・オブシディアンは呪われてしまった
▷力が999になった
▷耐久度が1になった
▷呪いの装備は捨てられません
「だめじゃん」
ひっくり返ったままスノーフレークは寂しく呟いた。耐久度が低すぎて立つ事が出来ない。一回噴水からでたナリムが戻って手を貸すと、スノーフレークは起き上がる事が出来た。ありがたい事に、呪いが無効化されたらしい。
こうして勇者スノーフレークは魔王討伐に向かった。
王様は隠されている他の伝説装備の地図と旅費と馬をくれた。馬は厩に入って、一番最初にスノーフレークに飛びついてきた真っ黒な馬だ。他の馬よりひと回り以上大きくて力強い。呪われているスノーフレークはナリムと二人乗りしないといけない。一人で乗ったら動けないから。だから、この大きな馬がスノーフレークに懐いたのは運に恵まれている。
♪でどでどでどでどでどでどでどでどでーんでん♪
▷馬は呪いの妖獣コシュタでした
▷スノーフレーク・オブシディアンは呪われてしまった
▷素早さが999になった
▷器用さが1になった
▷コシュタは一定の距離から離れません
恵まれて無かった。でもナリムがいるから大丈夫。ナリムはスノーフレークを自身の体に縛り付けてどんどん進んで行く。せっかく仲良くなったんだから、馬でも妖獣でも構わない。羊に付けてるベルも付けちゃえ。羊につけてもカウベルとは此は如何に。カロンカロンと進んで行く。
♪でどでどでどでどでどでどでどでどでーんでん♪
▷伝説の鎧は死神の鎧でした
▷スノーフレーク・オブシディアンは呪われてしまった
▷防御力が999になった
▷魔力が1になった
▷呪いの装備は捨てられません
♪でどでどでどでどでどでどでどでどでーんでん♪
▷伝説の冠は闇のサークレットでした
▷スノーフレーク・オブシディアンは呪われてしまった
▷精神力が999になった
▷遠距離防御が1になった
▷呪いの装備は捨てられません
♪でどでどでどでどでどでどでどでどでーんでん♪
▷伝説の盾は悪魔の盾でした
▷スノーフレーク・オブシディアンは呪われてしまった
▷状態異常抵抗が999になった
▷回避力が1になった
▷呪いの装備は捨てられません
♪でどでどでどでどでどでどでどでどでーんでん♪
▷伝説のブーツは邪神のブーツでした。
▷スノーフレーク・オブシディアンは呪われてしまった
▷移動力が999になった
▷信仰度が1になった
▷呪いの装備は捨てられません
「この国の伝説の装備は全部呪いの装備なんだねえ」
「そうだねえ」
「信仰度はどうでもいいよねえ」
「僕ら無宗教だもんねえ」
スノーフレークとナリムは魔王城の前に到着した。羊飼いと農夫だから戦い方はわからない。わからないけれど、羊飼いのスノーフレークは羊を狙う狼と戦う事もあるし、農夫のナリムは作物を狙う猪や熊と戦う事もある。暗黒魔王と部下の魔族と戦うのは怖いけど、村と羊と農作物を守らなくちゃいけない。
例えスノーフレーク前、ナリム後ろの二人羽織みたいな姿でも。
だって伝説の剣抜けちゃったし。
征服されるよりは魔王を倒せた方がいいし。
引越しめんどくさいし、村の人みんな村の人仲良しだし。
懐いてくれたコシュタも雑魚敵踏み潰したり、蹴り飛ばしたり、もぐもぐしてくれるし。
「危なかったら逃げていいと思う?」
「いいよ。王様も言ってたじゃん。というか、逃げる時は教えて、手を繋いで一緒に走らないと転ぶから」
スノーフレークが剣を振るたび、魔剣モリオンの先からソニックウエーブみたいなのが飛んでいく。一薙で雑魚っぽいのが一気に消滅する。流石魔剣。さすま。ナリムは邪魔にならないように手足を縮めている。
飛び上がって剣を振れば、空中から魔法の矢が大量に出現してホーミングミサイル状態でそれなりに強そうな魔族が爆砕する。流石魔剣。さすま。ナリムは邪魔にならないように手足を縮めている。
勢いのままに、二人羽織で暗黒魔王の広間に飛び込む。
「よく来たな、勇?勇者?二人?男が女におぶわれている?」
「私が勇者?だと思う。多分」
「僕は勇者じゃない。確実に」
「ふふふ。まあいい。我は暗黒魔王。地上に破壊と破滅と暗黒をもたらす者。手始めにお前ら二人を殺し、地上を暗黒で包んでくれるわ!」
暗黒魔王から、真っ黒な風が吹き出すと、スノーフレークとナリムの足が動かなくなってしまった。
「ふふふ。魔王の覇気で動けまい」
その時、女神が現れた。
『勇者スノーフレークよ、己の運と引き換えに伝説装備の力を使いなさい。さすれば、レジェンドスキル自爆が発動して、ベルベリア大陸は救われるでしょう』
「貴様!しかしもうその技は使えぬ!過去伝説装備の勇者に倒れた混沌魔王と殺戮魔王は、伝説装備の自爆に敗れた。魔王の覇気で動けぬ勇者が自爆せねば、我を倒す事は出来ぬのだ!この為に新たに編み出した技を喰らうがいい!伝説封殺!」
『ああっ!しかし、スノーフレーク、貴女には最高の強運があります!今すぐその無効スキル持ちから離れて伝説装備の呪いを全て受け止めるのです!さすれば、レジェンドスキルが発動するでしょう!」
「えー、ここまで一緒に来て僕邪魔者扱いとか信じられなーい」
「えー、自爆はやですー。だって自分も助かりたいからここに来たんですもん」
「女神のくせに人間に死を要求するとかおかしいじゃん。それに僕たち動けるし、な、スノー」
「うん、リアム。コシュタ、おいで!」
カロンカロンとカウベルの響きも高く、二人の前にコシュタが参上。足が動かない二人を乗せて暗黒魔王に突撃だ!
勇者スノーフレークはコシュタの上で魔剣モリオンを振りまくる。ナリムはコシュタの手綱をガッチリ掴む。
「うわあああああああああ!」
かくして暗黒魔王は滅びた。魔王城は消滅した。役目を終えた伝説装備は消えた。コシュタも消えた。
「帰ろうか」
「うん、王様に報告しないとね」
乗って来たコシュタがいないから、二人はほてほて歩いて一番近い村に向かった。村人は避難していたけど、はぐれた馬が見つかった。運が良い。
王城に戻った二人は大歓迎された。貴族にしてあげると言われたけれど面倒そうだから断った。馬二頭と最新式の荷馬車は貰った。実用的。
王様にはまた伝説の剣が必要な時は、勇者に無効スキル持ちの人をつける事と記録して欲しいとお願いした。理由を聞いた王様は嬉しそうに頷いて伝説に残すと約束してくれた。
伝説の魔剣モリオンは噴水の真ん中にぶっ刺さって濡れていた。元に戻るシステムなのか?
厩に行くと、横に大きな馬の像が立っていた。馬を選びに来た時は無かったのに、と二人で見上げると、首にカウベルをつけていた。二人でニコニコしながらぴかぴかに磨いた。
こうして、勇者スノーフレーク・オブシディアンと幼なじみナリム・チャロアイトの旅は終わった。二人は村に帰って、羊を追ったり、豌豆豆を収穫したりのんびりゆったり暮らしている。