プロローグ 〜現代日本での生活〜
西暦3120年の日本、某IT企業にて。
定時まで後10分、仕事は残っていないので残業せずに帰ろうと思っていたところ、
「すみません天羽先輩…。少しこの後お時間良いですか…?」
と、申し訳なさそうに後ろから声をかけられた。
「どうしたんですか?月島さん、何やら深刻そうな顔をしてますが…。大丈夫ですか?」
彼女は俺の1つ下の後輩であり、指導をしている月島葵という子だ。亜麻色の髪を腰上あたりまで伸びていて、ハーフアップで後ろに結んでいる。顔立ちも整っており、万人に聞いても美少女と答えるだろう容姿をしている。
そして普段から愛想が良く、ニコニコしている彼女ではあるが、今は何やら辛そうな顔をしていた。
「はい…少し相談をしたくて…。今日は定時で上がられますか?」
「一応そのつもりですよ。今日の仕事は片付けましたしね。」
ちょうど定時で上がろうと考えていたので問題は無かった。
仕事終わりに相談をしたいって事は積もる話があるのかも知れない。
「もし都合が合えばで良いのですが、私も定時で上がるのでカフェかどこかに寄って行きませんか?」
「良いですよ、それじゃあチャイムがなった後そちらに行きますので待っていて下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
本当は就業時間中にプライベートの話をする事を咎めるべきなのだろうが、訳ありそうなので今はやめておいた。カフェで話を聞いた後に軽く言うとしよう。忘れてそうだけどその時はその時だ。
そうして10分経ち終業のチャイムが鳴ったので帰宅準備を済ませ、月島さんに合流。
近場の個室があるカフェに移動して適当に注文を済ませた後に話を聞いてみた。
「それで、相談というのは?」
「実は…」
彼女はポツリ、ポツリと話し始めた。
「……という事なんです。」
「はぁぁぁぁ…なるほど。あんのクソ上司が…見事なまでに手本通りのセクハラパワハラだな…」
纏めるとこうだ。
うちの部署の木崎部長が女性社員に対するセクハラを行なっており、飲みの席で触るという事が殆どだが、何人かは飲み会帰りにホテルに連れ込まれてしまい、あられもない写真や動画も撮られてしまっているとの事。
しかしそれを訴えようにも権力差的に上層部には取り合ってもらえず、うまく丸め込まれてしまい、下手に刺激しようものなら「私に逆らうと言うのか!」「写真をSNSに流すぞ」等と脅しをかけて来ると言う。
月島さんもホテルに連れ込まれはしてないが飲みの席で触られたりした事もあったそうだ。
「…月島さん、勇気出して話してくれてありがとうございます。怖かったでしょう?」
そう言って俺は今にも泣き出しそうな彼女の頭を撫でた。労うように、安心させる様に。
「……はい…はい…!怖かったです…!私が触られるのも、みんなが触られて嫌そうにしてるのにそれを訴えたら脅して来るのも…怖かったです…!」
彼女は我慢していたものが決壊したように、ポロポロと涙を流し始めた。
それと同時に自分の中に凄まじい怒りが湧いて来るのを感じた。大事な後輩をここまで泣かせて、しかも後輩以外にも苦しんでる人が大勢いる。それも部長の醜い欲望のせいで理不尽に対象にされているのだ。許せるはずがなかった。
「木崎部長を止めてみます。もうこの先こんな事が起きちゃあいけない。絶対にやめさせないと。」
涙を拭く事もせず、彼女の大きな瞳が見開かれた。
「止めるって、どうやって止めるんですか…?」
「考えがあります。可能であればもう少しだけ協力して欲しいんですが、おそらく負担を掛けてしまうので女性の方々と決めて下さい。」
そうして作戦会議をしてその日は解散した。
「すまない…1週間だけ耐えてくれ…」
ーー1週間後ーー
定時までに仕事を終わらせて、月島さんとカフェに来ていた。
「天羽さんに言われて集めた証拠です。」
そう言って、女性社員をセクハラしている場面の写真や動画、部長のキッツイ発言を録音したICレコーダーなど、どっさりと証拠が出てきた。
「ありがとうございます。ごめんなさい、1週間無理させてしまって…。あとはこれだけ証拠があれば大丈夫です、こう言う証拠はセクハラされた被害者が提出してもあの間抜けな上司連中がお前らの都合良いように捏造したんだろとか言い出しかねないので第三者の俺が上に提出します。」
「い、いえ!謝らないでください、この1週間我慢すればこの苦しみともお別れ出来るかもしれないと思えば頑張れましたし、天羽さんは私たちの希望ですから。…そうですね、提出の方もお任せしていいですか?これで部長のセクハラが無くなれば良いんですけど…」
先週より大分マシな顔つきになった月島さんが苦笑しながら聞いてきた。
「任せてください、これだけ証拠もあればおそらくあのクソ部長もクビでしょう。相応の報いは受けてもらわないと困ります。後は最終兵器でも持って明日にでも上に直談判をしに行きましょうかね。」
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翌日、証拠を持って部長のところに行った。行く途中で1人声をかけておいたがーー。
「部長、少しお時間よろしいでしょうか。」
オフィスにいる人全員に、とまではいかなくとも近くにいる人には聞こえる声量で話しかけた。
「…天羽か、私は見ての通り忙しいんだ。後にしてくれ。」
部長は興味もない、と言った感じに返してきた。ーーもっともいつまで無関心を貫けるのか甚だ疑問ではあるが。
「いえ、それが急ぎの要件でして。この後お時間は取らせないと思いますので。これをお聞きする方が早いでしょう。」
そう言って俺はICレコーダーを取り出し、録音された音声を流した。
「ーーーっっ!?」
部長がこちらを向き凄い形相で睨んでいるが知ったことでは無い。
レコーダーから流されたのは先日行われたばかりの飲み会の席での女性社員に対する部長のセクハラ発言。
周りにいた社員達も驚いたようで、こちらを気にしている。
「その顔は自覚あり、と言ったところですかね。聞いての通り部長の女性社員に対するセクハラがあまりにも酷いそうなので1週間程調べさせてもらいました。」
部長の顔が茹で蛸の様に赤くなっていく。
「なんのつもりだ!私はこんな事知らん!貴様のでっち上げだろう!そもそも一般社員の分際で…私にこんな事して許されると思っているのか!貴様をクビにしてやっても良いのだぞ!」
と、凄まじい剣幕でまくし立てて来た。
「あくまでシラを切るつもりですか…。そうやって女性社員も脅していたそうですね。あなたこそセクハラパワハラと犯罪行為のオンパレードですが許されるとお思いなんですか?言っておきますが証拠なら山ほどありますので、嘘を付けば付くほど私ではなく、自分の首を絞めるだけですよ。」
「黙れッ!こんな事が認められるか!!お前も私に逆らった女どもの様にクビにしてやる…!!」
「出来るものならお好きにどうぞ、自分の醜い欲望を満たすためだけに女性社員を傷つけ、自分に逆らう者に罰を与える。あなたの様な人間や、それを隠蔽する上層部もそうですが、せっかくの優秀な人材を大切にせず、殺すばかりのこんな会社に未来は無いし、辞めろと言うなら辞めますよ。辞表も持ってますので。その代わり出るとこは出ますけどね。」
と、強い口調で訴えれば部長は苦い顔をして黙った。
勇気を持って訴えた女性社員もクビにされてしまっていると言う事にこの1週間調べてる間に気がついた。おそらくもみ消されるとは思っていなかったのだろうが、可哀想な限りだ。なんとしてでも相応の報いを受けてもらわないと。
この会社の為にも、コイツの被害に遭った女性社員の為にも。俺がどうなろうと構わない。コイツを淘汰する事が出来るんだったら辞表でも何でも出してやるさ。ーーまぁ、そんな事にはならないと思うけどね。
「木崎くん、今の話は聞かせてもらった、私は残念でならないよ。」
良いところで来てくれた!そう、部長のところに行く途中声をかけた人が来てくれた。
「しゃ、社長!?い、いえ!これは天羽の勝手な作り話でして…!断じてこんな事はしておりません!」
こんな絶対に聞かれたく無いような話をしてる時に社長が来たらそりゃあ面食らうよな、無理も無い話だ。同時に慈悲もない話だけれど。
「これだけの証拠が集まっていてまだ戯言を抜かすか…。天羽君、調べてくれて、教えてくれてありがとう。すまなかった。上層部の不始末は私の監督不届きでもあるだろう。この件は私に任せてくれないか?」
と聞いて来た。
社長は50歳手前くらいの年齢であり、若い頃に社長に就任した為、この会社の社長を務めて長い。しかし全社員に対し差別なく平等な扱いをし、敬い、時に叱責し、謝るべきところは自ら相手に頭を下げる。
当然の事の様であるが、目の前の木崎部長の様に、権力に溺れた人間は得てしてそれを忘れがちであるのに対し、社長という身分になってからもそれを忘れずに大切にしている姿勢に俺は憧れ、尊敬していた。
「い、いえ、頭を上げてください社長。それより、お任せしてしまっていいのですか?」
「良いんだよ、これも自分の会社で起きた事だからね。ましてや上層部もグルになっていたともなれば私が直接赴いた方が良いだろう。天羽君は指導している子にこの事を伝えてその子のケアをしてくれ。」
「…分かりました。社長がそう言うのであれば私に否やはありません。ですが、その…被害に遭った女性社員の為にもーー」
「うむ、任せてくれ。木崎君には相応の処遇をするつもりだからね。」
「はい…!ありがとうございます。よろしくお願いします。」
こうして木崎部長のセクハラパワハラ事件は、社長の介入によりスムーズに事が進んだ。
結論から言えば木崎部長はクビ、最後まで私はやっていないと喚いていたらしいが、裁判にまで発展した事により正当な判決が下された。
オマケに事実を隠蔽していた上層部連中も左遷させられたりしているらしい。
「ーーって感じで上手くいったみたいですよ、これで安心ですね、月島さん。」
俺は社長に言われた通り、月島さんに事情を説明する為にいつものカフェに月島さんと来ていた。
「そうですか…!良かったです、本当に良かったです…!天羽先輩、ありがとうございました!」
と、心から安心したようで深々とお礼を言われた。