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怪物

「奴は、この機会を狙っていたんだ。俺は、抵抗出来ずに飲まれたんだ。」


それは、少年時代に彼の屋敷を襲撃した男の姿に似ていた。

いや、そいつもまた、怪物に食われた奴かもしれない…

ジャンは、混乱しながらも、手際よく寝室の妻を刺し、

明るい祭りのリュートのしらべに酔うように、しなやかに使いなれた名刀を使用人に、親族に、そして、自分の小さな跡継ぎにも突き刺してまわった。


愛する者の血液が、凍えたジャンの体に優しく降りかかる。

鉄の臭いを振り撒きながら、ジャンの体を心を満たすように、赤い液体は、名残惜しそうにゆっくりと、ジャンの背中を、足を愛撫しながら床へ流れて行く。

その快楽に少しでも長く酔いたくて、ジャンは、何度もその体を突き刺した。

数日後、ジャンの屋敷の人間がパッタリと姿を見せないのを疑った村人が、屋敷に行ってこの惨劇が明らかになったのだ。


裁判でジャンは、動機をこう表現した。



月が綺麗だったから。



「仕方ないよな?だって、それ以外、俺は、なにも覚えてないんだから。」

日常の何気ない話をするように、ジャンは、笑って私に同意を求めた。

その時、ジャンの底知れない深い闇を覗いた気がしてゾッとした。


「お前の反応…好きだな。」

ジャンは、私をいとおしそうに見つめていった。それは、既に、人間の感情を超越しているように見えた。

「怖いだろ?実際、人間の狂気が一番怖い。異界のモンスターなどより余程、醜悪で不可解だ。でも、安心しろ。500年の長い時間で、俺もまた、少しずつ変わってきたから。」


モンスターのジャンは、人の姿をとるのを止めた。彼は、話を続けた。



当時、ジャンのような不可解な犯罪の噂が、チラホラとフランスを覆っていった。

そこに、ジャンヌに関わった人物が少なからずいる事に気がついた一人の坊主がいる。

彼もまた、ジャンヌの火炙りの様子を目撃した人間でもある。

ジャンの事件にも興味を持ち、彼は、ジャンに面会をした。

「その坊さんは、まだ20代の気の弱そうな学者タイプの男で、俺の話を聞きながら、悪魔の姿を見ていたよ。だから、心の拠り所にしたいと願ったら、母の形見のカメオのブローチを持ってきてくれたんだ。俺の安らかな眠りを願って。しかし、俺は、眠ることなく、こうしてお前の前にいる。罪人の持ち物すら、平気で売る人間がいたからな。」

ジャンは、思い出し笑いをした。


「人間は恐ろしい…自分達の為なら、何でも出来るんだよ。後に俺は、術師によって、仲間食いの化け物にされちまったのさ。ブローチから、本に依代が変わった理由?それは勿論、俺が奴を、ジル・ド・レの偽物を食らったからさ。」


ジャンは、お手伝いを自慢する園児のように無邪気に私に笑いかける。


その無邪気さの裏に、絶望と不信感と、わずかばかりの希望が垣間見えて、私の心を締め付けた。


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