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ジル・ド・レ

心が傷ついて、気持ちが揺れている少女に取り憑くのは、それほど難しくない。


ジャンは、そう言いきった。


特に、小説家のような、他人格を作り出す遊びをしているなら、尚更だ。


少女の空想の人物の姿をかぶり、より深い心の奥へと忍び込める。


「ジルは、綾香が本を読んでいるあいだ、彼女の隣に並び、自分を認識してくれるのを静かに待っていたよ。」

ジャンは、苦い思いがよみがえったのか、顔をしかめた。


「アイツは、怠惰(たいだ)で、冷酷(れいこく)で飽きっぽいけれど、標敵を認識すると、いつまでも泥の中で、相手の隙をうかがえる一面があった。」

ジャンは、扮装地でのジルを思い出す。

現在(いま)では、青髭男爵の影で、架空の人物と間違われるほど薄い存在感になってしまったが、100年戦争の終盤、確かに彼は、聖女の隣で雄々しく戦った騎士であった。



「俺も、一応は貴族の生まれで、爵位もあったんだ。まあ、そんなものは、平和でなければ何の価値もありはしないけどね。」

ジャンは、苦笑した。


どうも、ジャンは、15世紀のフランス人らしい。

この時代、フランスは内乱と戦争で大混乱していた。

始まりは1337年。


フランス王家カペー家の直系男子の断絶からはじまる。

はじめの頃は、テンプル騎士団の呪い…なんて、一部で騒がれたりもしたけれど、終わり近くの1420年代には、もう、色々ありすぎて、そんなことはどうでも良くなってきていた。


とにかく、その頃には、フランスは、イングランドの領地がはびこり、細かいいさかいに、大きな戦いが繰り広げられ、村が焼かれたり、略奪されたりするから、子供達にまともな知識も礼節も身に付くわけも無い。


戦争も終盤に入ると、まとまりのないフランスは、イングランドに押されてしまう。


「まあ、戦争も80年近くやってると、もう、どうしようもないしね、俺らに責任言われても、困るわけよ。第一、イングランドだの、フランスだの言っても、ぶっちゃけ、親族の跡目(あとめ)争いみたいなものだし、責任感言われても、俺らだって、ジーさんたちの時代の尻拭いで戦うはめになったんだから、被害者でしょ?」

ジャンは、人生投げたように昔を思い出して言葉を吐き捨てる。


「でも、イングランドに負けたら、大変じゃないの?」

私は、あまりのなげやりさ加減に、思わずフレンドリーにこう質問してしまった。

ジャンは、あー、始まった。と、言わんばかりにあからさまに口をへの字に曲げて、

「別に…ブルゴーニュの奴等は基本フランスの人間だけど、あからさまにイングランドの応援して、それなりにやってたし、扮装で田畑をやられるよりは、どちらについても、一年野良仕事が出来る方がましなんだよ。」

と、投げるように言ってきた。

「とはいえ、1428年近くになると、俺もやり直しなんて、きかない年齢になってきたし、周りの大人も律儀な奴から戦争で死んで行くから、俺から言わせると、マトモな青年なんて育つわけないのよ。みんな、自分の事しか考えずに、好きに戦って、勝てばもうけもの、運が悪けりゃ死ぬわけだ。」

ジャンの話を聞きながら、学級崩壊したクラスを思い浮かべてしまった。


戦争の話というより、不良と呼ばれた少年の過去の話をされてる錯覚に陥っていると、有料放送で親が、たまに見ていた昭和の学園ものの先生のように、荒れた戦地にジャンヌダルクが登場する。


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