7の月
依代の本が、少女小説の類いでなかった事に私は驚いた。
それでも、「きれいなお城の残酷な話」は、十分にロマンチックで、文学少女を刺激する魅力があるように感じた。
殆ど汚れのない表紙と、焼けてない背表紙で、それでも、紙のブックカバーの背表紙の頭だけは、少し破損がある事から、大切に、何度か読まれていた本であることが分かる。
この本は1999年5月第1版だ。
ジャンは、語る。
この本は、6月に生まれたある少女へのプレゼントだったと。
その子の名前は、綾香。18才の女子高生だ。
世間が世紀末に騒いでいても、彼女には就職か進学か、人生の帰路の方が心配な年齢だ。
彼女は、小説家になりたいと考えていた。
そんな彼女の為に友人はこの本をプレゼントし、ホラーの文学賞に投稿するように背中を押した。
この本は、二人の少女の人生の分岐点に深く関わることになる。
本のプレゼントに感動した綾香は、高校生生活最後の夏休みにホラーの文学賞に作品を投稿する事に決めた。
友人は、アルバイトをする事に決める。
二人の少女の20世紀最後の夏休みはそうして始まるのだ。
「新刊になぜ、俺が憑いていたのか、聞かないのか?」
そこまで話してジャンが私を見た。
「君は人間だったね。」
私は、少し胸を詰まらせる。この本を手にした時、違和感を感じたのだ。
そして、人の霊は私の管轄外だ。祓うしかない。
「そうだ。俺はその昔、兵士をしていた。人を沢山殺し、悪鬼になり、アンティークのカメオに憑いて居たのだが、この本に依代を変えたのさ。」
ジャンは、破壊的な笑いを漏らした。
「当時、俺は綾香の父親がプレゼントで買ったカメオのブローチに俺は取り憑いていた。そして、持ち主が堕落するのをゆっくりと待っていたよ。綾香は…堕ちるまで時間がかからないと思ったよ。部屋の中は怪しげな魔術やオカルトの本ばかりだったからね。」
ジャンは、そう言いながら昔を振り替える。
カメオのジャンは、机の上で作り上げられる、絢香の不気味で滑稽なモンスターの話を静閑していた。
星やら、人形やらが書いてあるファンシーなノートに、シャープペンシルで描かれる、残酷に殺される人々を。
たまに少女の挿し絵が入り、そして、不可解な行動をとる人々。
ジャンは、生来の残酷さ以外で殺人話が笑えることをこの時知った。
綾香の作品は、洋ものホラー。主人公は孤児院出身の元気な少女に、お金持ちのお嬢様のコンビ。
綾香と友人をイメージしたのだろう。
18世紀のアメリカを想像したらしい世界で、スイカ農園の大富豪、ジェーン・トレーシーが、殺戮を繰り返す悪鬼と化した花嫁の亡霊に立ち向かう。そんな話らしい。
「スイカ農園だぜ。それでどうやって大富豪になれるのかね?」
ジャンは、自分の家族の昔話をするように楽しそうに笑った。
が、私は、どう反応して良いのか分からずに黙っていた。
どうも、モンスターの花嫁は、結婚する前に亡くなり、その腹いせにトレーシー家の結婚話をぶち壊すべく殺戮を繰り返すらしいが、確かに、滅茶苦茶だ。
関係のない列席者を片っ端から殺して行くのだが、ワザワザ殺す前に、ベートーベンの「運命」をかけてみたり、展示用のクラッシックカーで引き殺してみたり、密室で壁に死体を打ち付けてみたり、確かに一つ一つは残酷なのだが、こう、殺人の見本市のように、めったやたらと殺されると、怖い前に設定の不可解さに笑えるのだ。
これを、花嫁衣装のモンスターが、一人セコセコ準備する姿を想像すると、滑稽で、なんだか、間抜けで、好意すら感じてくる。
「まあ、良く考えたと思うよ。俺も沢山の人間を手にかけてきたが、そんな方法は考え付かないよなぁ。」
ジャンは、笑いながら不気味な台詞をあっさり言って、綾香を思い出していた。
が、一連の殺人の説明を終えると、ふと、表情が暗くなった。
「まあ、投稿したところで入選できたかは、分からないが、この作品は、未完のまま、送られることはなかったよ。」
ジャンは、嫌なことを思い出したように、顔をこわばらせた。
「綾香の友人が、バイト先の男とデキて妊娠したんだ。」
友人は、高校を中退し、けれど、社会人で真面目な人物らしく、二人は結婚した。
が、彼女を友情以上に愛していた綾香は、精神的に持ちこたえることが出来ずに、衰弱したのだ。
綾香は、結婚する友人に会うことはなかった。
彼女にとって、知らない男と新しい世界に踏み出す彼女は、異質なものでしかなかったのだ。
彼女は、代償をプレゼントされたこの本に探すのだ。
辛い気持ちを織り混ぜながら音読で、何度も何度も読み返して行く内に、本には悪い気が集まる。
それでなくても、世紀末の世の中では、悪魔もいつもより多目に地獄を這い出してくるのだ。
いつの間にか、彼女の隣には、青髭男爵、ジル・ド・レが寄り添うようになっていた。




