書庫
土蔵の鍵を開けると、倉庫の土臭い香りがした。
私は、内戸を引いて空気と、日の光を土蔵に流した。途端に、歓迎とも嫌悪とも言えないパチパチと弾ける様な家鳴りがする。
なかに入ると、内戸を閉めて、電気をつけ、床の扉を引いた。
書庫は地下にある。私は、地下へと続く階段を下り、薄暗い電球に照らされた書庫の扉の前に立った。
扉は木製で、18世紀の北欧の品物と聞いている。
そこに立つと、真ん中に鎮座するライオンのノッカーがあり、その下の液晶画面に
サインをどうぞ。
と、表示される。彼もまた、大正時代に渡来したドアの、もの神で、暗証番号より、古来から馴染みのあるサインで相手を確認してくれる。
私は、指で画面いっぱいを使ってサインをすると、彼は私を認識して、鍵を開けてくれた。無口だが、仕事熱心の良い漢なのだ。
私は、ドアに親しみの挨拶を一言かけて、久しぶりに書庫に足を踏み入れた。
申し訳ないが、期待しているような、高価な本も、歴史的な本もここには無い。
ここには、終戦後、日本の書店に大量に並べられた本が無造作においてあるだけだ。
ただ、その本に住まうモノは、どこにでも有るようなモノではないが。
私は、子供の頃に味わった、懐かしい不安を煽り立てるような、心許なげな棒型蛍光灯の光に照らされる6畳ほどの小さな本棚の前に立って、静かに気を整えた。
この中から、百話会の、もの神候補を選ばなければいけない。
私には、物語の声を聞く能力がある。
壁のスイッチに手をかけて、一度電気を消した。
静寂の中、私の呼吸する音が聞こえた。
呼吸を整えて、そのボリュームを下げると、そよ風に歌う笹の葉のざわめきのように、人ならざるモノの声がする。
すすり泣くだけのモノ
怒りに叫ぶだけのモノ
嬉しそうに歌うモノ
そして、確固たる意思をもって、私の前にたたずむモノ…
私以外の呼吸音を耳元に感じて、漆黒の闇のなかで思わず目を見開いた。
私の目の前にそれは居た。
とはいえ、本当には目に見えないが。それは重厚で残酷な気配に心臓が激しく脈を打つ。
訓練された呼吸と共に恐怖をコントロールする。落ち着いて見上げると、そこには大柄の西洋人が起立していた。
視覚で見ているわけではないから、これは彼から受ける私のイメージだ。
私は、それほど西洋の文化や歴史に明るくないので、彼の姿も私の…好きな漫画や映画の知識に脳内変換される。
この時点で、経験の浅い人間は、低級霊に騙されるのだ。
あなたも、私のイメージをそのまま信じてはいけない。
彼は、古い人間のようで、足にぴったりと張り付くパンツとチェニックのラフな姿だ。
太く逞しい二の腕と、張り出した胸筋は、しかし、彼のアピールポイントらしい。
肉体を失った現在、彼のよく躾られた残忍さが、腹の底に重く居座り、それは見ている私の胸にも、重厚感としてのし掛かってくる。
「占書術師」
地獄から響くような声で、そいつは、私にそう言った。




