もの神
「今年は絶対に出席していただきますからね。」
叔母の華栄は、白魚の様な美しい右手を少し強く、輪島塗の黒いテーブルに打ち付けた。
厄年を終えて艶香が増した34才。独身である。
私は、この華やかな叔母が苦手だった。
終戦後、GHQと共に日本へ入ってきたのは、西洋人とナイロンの靴下だけではなく、兵隊や宣教師に紛れて、妖怪やら、悪魔などの異界の生物もワラワラと上陸してきた。
戦いに敗けた国を守ったのは、この世もあの世も女性である。
日本書紀では、上陸するのは、セクシー・ダイナマイッのアメノウズメで、純朴な国津神の猿田彦をスカートをめくって言いなりにしてしまう。いやいや、これはれっきとした魔術である。性の力を使う魔術は世界でも複数記されるところで、よくネット小説で言われるようなビッチキャラとはひと味違う。(諸説あり)
1945年やはり、やって来た悪魔やモンスターに果敢に戦いを挑んだのも、やはり、ウズメの系列の女神で、スカートをめぐり、豊かな乳房の威力におののかせるつもりが…(フィクションですよ)
西洋の妖怪は、日本の純朴な神々妖怪とは違い、驚いて退くどころか、前に進み出て、口笛吹いてガン見した挙げ句、彼女の右手にキスをして、我先に愛を語るのだった。
そうして、オカルト界にも国際化が広まり、ハーフの神、妖怪が生まれ、日本の妖怪にも性質の違うモノが生まれ始めたのだ。
いなり神社と言えば、漢字では稲荷。御神体はお狐様が一般的だが、
イナリとは、異成。異なる文化の神や妖怪を祭り封じる意味もある。
嘘だと思うなら、地元の図書館で郷土資料を当たるといい。多分、ひとつ、二つは、狐以外のいなりの話を見つけることができるはずだ。(畑に出てきた大蛇を殺してしまってまつられたイナリの話を見るけど、どうだろう?)
そして、私は、そんな異成神社の宮司、射鳴 言影。
便宜上、宮司と名乗ったが、日本の古来の神社からは外れた存在だ。
正式な神とは違い、妖怪の類い…ピンは河童明神、キリは貧乏神などと同じグループの端に属している。
ここで、私たちの存在を初めて知った方々が多いと思うが、まあ、そんな感じのマイナーグループで細々と生きている。
で、私の叔母は、ウズメの系列の女神のご加護を受けて、年を増してなお、美しく華やかな女性なのだ。
「百話会、出席ていただきますからね。」
華栄は畳み掛けるように強くいい放つ。
百話会とは、100の話をして幽霊を呼び出す、平たく言うと百物語という、交霊会だ。ただ、呼び出すのは幽霊ではなく、もの神だが。
「…仕方、ありませんね。あまり、気が向きませんが出席します。」
ウズメを愛した猿田彦の系列の守り神を引き継ぐ私に、叔母の命令に逆らう術はない。
仕方ない。
諦めて出席を決めた。
「全く…あなたと来たら、本当なやる気がないのだから。九十九の年も近くなってきたと言うのに…。跡取り一人手に出来ないなんて。気になるお嬢さんは居ないの?」
華栄はいつもの小言を言い出した。
九十九の年。
もの神…、九十九神ともいわれ、どちらかというと妖怪のカテゴリーに分類されてしまうが、我々にとっては古来から、神として崇める存在だ。
日本では、ものにも魂が宿るとして、100年を迎えるとその物は、神になる。が、99年で壊れてしまうと、神になれずに妖怪化するのだ。
終戦後の急激な西洋化と、プラスチックをはじめとした新しい素材の急増で、オカルトの世界激変している。
戦後100年を迎える2045年に、どんなもの神が生まれてくるのか…
我々からすれば、アポロが月面着陸した辺りから、心配なのは、ノストラダムスより、2045クライシスだった。
お陰で、私はクラスでも変わり者になってしまったが。
ああ、私は、これでも、24才だ。少し、浮世離れして、じじ臭いと言われたこともあるが…
ガールフレンドが居ないのは、こんな山奥に要るからで、モテないわけでは無い(多分)
「百話会には出席します。跡継ぎ問題は、現在関係ありません。」
私は、憮然と言い放ち、華栄はあきれた風に眉を下げた。
「まあ…いいわ。来てくれるのなら。約束しましたからね。では、私もそろそろおいとましましょうか。」
華栄は立ち上がり、脚線美が映えるスラックスと、カッターシャツの爽やかな色気を振り撒いて、一度伸びをすると、帰っていった。




