男、かく語りき(2)
「それから、オレは毎日のようにあの神社へ通ったわけ。まあ、一目惚れだよな。見えたのは、人影と指先だけだったけど」
「その後はお会いできたんですね」
「いや、直接はゼロ」
「え、」
「俺の前で御簾上げてくんなくてさー」
「でも、綺麗って」
「綺麗だよ? オレが知ってる花さんは全部綺麗だ」
語る葉山を見て、椿が呟いた。
「お前、意外と純粋なんだな」
「ちょ、失礼じゃね? 教育どうなってんだよー、久道くん」
口を尖らせた葉山は、ふうとため息をつくと悲し気に笑った。
「……今までずっと、来てたんだ。一度も拒否られたことなかった。でも、急に返事してくんなくなったんだ。原因は分かんね。いつも通り和歌も作ってきたけど、この通りなー……」
「歌が詠めるのかお前」
「まーね。似合わねーって思った? 寿々《すず》ちゃんたちが、教養のない殿方など論外とか言うから勉強したんだよ」
「寿々《すず》ちゃん?」
「そうそう。さっき話した狛犬の姉弟。おねーちゃんが寿々《すず》、弟くんが祝仁。その子たちも無言でさ、いるのはなんとなく分かんのに」
オレ、なんかしたかな……。
葉山は項垂れた。
「本当に思い当たらないのか」
「うん……」
「最後に会ったのはいつだ」
「んー……一週間ちょい前? 告白した日」
「告白!?」
一樹は声を上げた。椿が呟く。
「間違いなくそれだろ」
「いや、違うと思うわ。それが初めてじゃねーし」
何度も想いは伝えているのだと葉山は笑った。
「十数年片思い。当たって砕けて、また突撃して。フラれ記録更新中な」
「そうなんですか……」
「会った当初は、寿々《すず》ちゃんたちの仲立ちありで文でのやり取り。きったねー字だったからかなりチェック入ってさ。楷書と草書、どっちも書けるようになったのはありがてーけど」
「おお……」
「歌を教えてもらうと、自分で勉強しながら作り始めた。狛犬姉弟っていう、超キビシー先生付きな。何年かすると、御簾越しに話ができるようになった。階の下だったのが一段上がって、また一段上がって。最近は、本殿の方で喋ってた」
「もはや執念だな」
この人、すごい人だ。
一樹は話を聞きながら思った。軽い言動なので分かりにくいが、相当努力している。しかも、恐らくそれを大変だったとは思っていない。
「あんま重いとやべーかなっては思ったよ。でも、花さんは変わらずオレを迎えてくれて。狛犬ちゃんたちには、弓馬の道がどうだの歌の心が大事だの言われて、とにかくお叱り受けまくったけど見捨てられはしなかった。とにかくがむしゃらだったし、楽しかったな」
いつの間にか痩せてたし、まあ、結果オーライじゃね?
そう言って葉山は笑う。あくまで口調は軽い。仕草も同様に。
「高校でものすごく人気だったって聞きました。本屋さんでも女子が騒いでましたよ」
「んー、オレ、花さん以外興味ねえしなー。ポチャの頃から優しかったの花さんだけだし。ま、普通に応援してくれんのは嬉しいけど」
時計に視線を落として、葉山は言った。そろそろ帰るか、と。
***
「オレ、この話したの久道くんが初めてだわ」
メーワクにならない程度に、また行ってみる。
そう言った葉山と連絡先を交換し、一樹は別れた。
「葉山さん、椿さまに驚いてたね。神様とずっと交流があったのに、他には見えていなかったのかな」
「小物は恐れて近づけなかった。大物は面倒だと感じたんだろう。あれはかなりの気に入りだ、光が差していた。余計なことに首を突っ込まんよう、目をかけているんだな」
「光?」
「気づかなかったのか。星屑のような光を纏っていただろうが」
「えっ。あれ、イケメンオーラかと思ってた、なんか輝いてみえるっていう」
「容姿が優れているからといって、ただの人間が光を放つか」
お前はあの若造と別軸の阿呆だな。
ばっさり切り捨てる椿を他所に、一樹はおやという顔をした。
「イケメンは分かるんだね。テレビとかでよく聞くからかな」
「ああ。それに、よく口にする奴が知り合いにいるから知っていた。そういえば、お前は野風に似ているな」
「野風って?」
「薫風と同じ風神だ。女童の姿をしている」
「へえ……ってちょっと待って。なんで俺が小さい女の子と似てるのさ」
「呑気なところがそっくりだ」
「なんだと」
それは双方に失礼じゃないか。
つかみかかろうとしたが、ここは往来だ。一人不審な動きをして通報されるわけにはいかない。
不戦勝か、つまらんな。
そう言ってニヤニヤする椿を乗せたまま、一樹は仕方なく帰路についた。
***
「それで、結局どうしようか」
帰宅後、一樹は椿とともに求神サイトを眺めていた。
最近、椿は共にいることが多い。神様たるもの、自分の家(祠)を頻繁に留守にしていていいのかと思ったが、呼び出しの方法は用意していると椿は言った。要件があれば、通信機のようなことができるらしい。
「神様へのお土産って何がいいんだろう。椿さまは何をもらったら嬉しい?」
「待て、お前何をしようとしている」
「え、お話しに行こうと思ってるけど。花さんに」
椿が盛大なため息をついた。
「あの、いんてりちゃら男でも謁見が叶わない相手だぞ。ぽっと出のお前なんぞが、のこのこ行って上手くいくものか」
現代語の習得早いな。一樹は感心した。あだ名まで拵えるとはなかなかやる。それにしてもひどいが。
「そうかな。こういうことって、第三者の方が聞き出しやすかったりしない?」
「ほう」
「それに、こっちには椿さまがいるからね。最初の交渉はまかせた」
「俺か?」
「まさに神頼みだよ」
今日も求神はゼロだ。葉山の件を除いて。
「椿さま、これ受けよう」
「話が通ったら考える」
不満そうな一樹を見て、椿は言った。
「あれは治癒の神だ。歌声に癒しの力を持つという」
「椿さま、知ってたんだ」
「噂に聞いたことがある。白拍子の格好をして、舞い踊るらしい。ただ、いつも御簾の奥にいてその姿を見たことがある者はいないそうだ。歌う以外は、口を開くことも滅多にないとのことだったが……」
考える顔をして、椿は頷いた。
「餓鬼の相手をするくらいには、気の穏やかな神であるようだ。行くだけ行ってみるか」
「よしっ」
「手土産なんぞ考えるな。ああいう手合いは、身一つで行った方がいい」
だが俺は、桜餅が食いたい。
美少年の真顔は迫力がある。食い意地が張っていれば尚更だ。さっき、おやつで食べたじゃないかと一樹は呆れ顔で言った。
「もう一つねだってこい。お前の取り分が減るわけではなし、腹も膨れていいだろうが」
「これから夕飯だから駄目。入らなくなるだろ」
椿は基本、人のような飲み食いはしない(「こちら側」の飲食物に限ってのことらしいが)。ただ、他者から供物として差し出されたものはその影を切り取るようにして口にすることができた。
祖母特製のかりんとうをあげた時に、分裂したようにそれが増えたのを見て驚いたものだ。祖母の料理の腕については、以前からお供え物で知っていたらしい。度々、一樹につまみ食いを要求するようになった。確かに物自体が減るわけではないので、問題はないのだが。
「成長期とやらだと言えばいいものを」
口をへの字にした椿に、一樹は笑った。
「だからこそ、ご飯はしっかり食べないと。桜餅だけじゃ大きくなれないよ」
「そういうものか」
「そういうもの」
首肯して、一樹は立ち上がった。そろそろ夕飯の準備がある。お世話になっている分何かやりたいと、一樹は祖母にお願いして家事を手伝っていた。部活に入ることを勧められているが、今のところは未定だ。
「今日は何を作るんだ」
「ツワブキがたくさんあるって言っていたよ。きんぴらとかするんじゃないかな」
「それはいい」
早くもそわそわしだした椿が、一樹の周りをぐるぐると飛び回った。一定の距離以上離れられないためだ。外に出ても不便そうで、なんとなく申し訳なく思う時がある。一度、そう言ったのだが、阿呆だなの一言で片づけられた。
こんなにも楽しい。何の不満がある。
笑った椿は、お前こそ、うろつく俺が目障りではないかと問うてきた。それこそ杞憂だ。化けるのが趣味の神様に驚かされることはあるけれど、そう、自分も楽しいのだ。この生活が。
「お風呂まで済ませたら作戦会議をしよう」
「仕方ないな。乗ってやるか」
言葉とは裏腹に、椿は少し楽し気な色を瞳に浮かべて頷いた。
***
「さて、やってきました」
「うむ」
翌々日の夕方。一樹は椿と共にあの神社の前に立っていた。それとなく葉山に予定を聞いて、今日は来ないことを確認したのだ。大学の後、モデルの仕事が入っているらしい。
「それでは、お願いします」
「任された」
自分から言い出したことだが、緊張する。自然と敬語になってしまった一樹に若いなと道中笑っていた椿は、人型でまたも仁王立ちしていた。外出時によく見られる変身シリーズは封印中だ。礼儀として本性で出向くのだと話していた彼は、涼し気な瞳で鳥居を見据えた。
「突然の訪い、失礼する。俺は先の山に住む椿と申す者。此度は、こちらの花姫殿にお話があって参った。お目通り願いたい」
おお、と一樹は目を見張った。かっこいいじゃないか。
朗々たる声が鳥居の中に吸い込まれていく。しん、と静まり返った境内に椿はもう一声乗せた。
「葉山殿についてだ」
一樹は声を上げかけ、慌てて口元を押さえた。拝殿の両隣に控える狛犬の首がふいにぐるりとこちらを向いたのだ。椿に会った時のことを思い出しつつ、雰囲気の違いを感じ取る。まだまだ、こちらの世界には慣れていない。石像が滑らかに動く様は異質さを際立たせた。
――其の方は。
「葉山さんの知人です」
無感動な瞳のまま、石像から声が響いてくる。一樹は何とか答えた。突然、お邪魔してすみません。そう言って頭を下げる。
――知る辺が何用か。
一樹はなんとなく、ぴしりと扇子のようなもので指されている気分になった。
「葉山さんが、こちらの神様にお会いしたいとおっしゃっています。僕はお二人のこれまでをほとんど知らない身ですが、葉山さんは真剣で、そして苦しそうでした。どうか、彼とお話をしていただけないでしょうか」
石像からは返事がない。一樹はめげずに話を続けた。
「あの人の気持ちは、あなたが誰よりもご存じのはずです。お願いします、花姫様」
もう一度頭を下げた瞬間、鳥居の向こうから真っ直ぐな光の線が走った。