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回復薬を作ります。それは猫です、いえ妹です



第三話 回復薬を作ります。それは猫です、いえ妹です



爆発失敗から一夜経った次の朝。

エストリアは再び路地裏に立ち、魔導書作りに励んでいた。

いつものように、早朝で。

いつものように、木製のバケツに向けて、


「我に、その力を示せ!!」


と、唱えたまではよかった。

まさか、……あんな目に合うはめになるとは…。





「ふわぁあ~」


大きなあくびをして朝帰りをしてきた兄、オストリア。

目の下にはクッキリとしたクマがあり、死んだ魚のような目をしている。あの後、売人仲間の女を取り調べるも中々進展せず、尋問する女に対し、プチッと不満マックスでキレた同僚のリーニャを取り押さえるやらで、色々と疲れた。

頭をかきながら、家にいるだろう妹にどう言い訳しようかと思いつつ、魔法道具屋の前まで帰ってきた。

だが、そんな彼の視線先、


『ニャーッツ!!!』


正確には道具屋の扉に対し、『必殺ひっかく』を繰り返す一匹の猫を見てしまった。

向こうもオストリアに気付いたようで、顔を向けるや否やカチンと固まってしまった。


「…………」

「…………」


オストリアと猫。

二つの視線が交差し、その場に沈黙が落ちる。

そして、兄オストリアは溜息をつきながら、



「ニャ――――――――――――ッツ!?」

「はいはい、そう暴れるなって」



猫は首根っこを掴まれ、オストリアに連れられるまま家の中へと招かれることになってしまった。





「ほら、これでも食べな」


リビングにて、オストリアは牛乳の入った容器を猫の前へと差し出す。

だが、その一方で。ポカーン、と猫は驚いたような顔でそんな彼の顔を見上げていた。


「ん? こっちじゃなかったか?」


そう言って、オストリアは再びキッチンへと戻っていく。

どうやら、彼は猫がご飯をねだりに店までやって来たと勘違いしたらしく、フライパンを手に、簡単な料理(刻んだだけの焼いた鮭)を作っている。

そして、もう一皿にそれを乗せて猫に出した後、来ていたトレンチコートを脱ぎ、もう一人の住人の名前を呼んだ。


「エストリアー、いないのかー?」


そう言って、彼は各部屋を回りながら妹を探す。

だが、一向にその姿はなく、どこかに出かけているのか? と呟きながら再びリビングへと戻ってきた。

その間、猫はというと『エストリア』という単語が出るたびに体を震わせていた。


「よっこいしょ、っと」


オストリアはテーブル前の椅子に腰を落とした後、疲れたように体を伸ばし、椅子の背もたれ体重を乗せる。

昨日の朝から一睡もしていなかったこともあって、その顔はひどく疲れた表情を浮かべていた。そして、重い溜息を吐くオストリアは、うとうと、と瞼を瞬かせながら、やがてそのまま眠ってしまう。

もう一人の住人がいるとも知らずに…。




** *




魔導書の失敗は今日に始まったことではない。

爆発、麻痺、その他諸々と失敗を繰り返しているエストリアにとっても、それは慣れの分類に等しいものだった。

だが、その失敗でまさか…、


「にゃ……ニャニャ!?」


猫になってしまうとは思いもしなかった。

魔導書を唱え、眩い光に包まれた彼女は地面に落ちた服の山から、ヒョッコりと頭を上げる。

最初は何が起きたのか自分でもよく理解はできていなかった。

だが、そんな彼女の目の前に一枚のパンツを見つけてしまったことによって、自身の状態に気付いてしまったわけなのだが、


(まさか兄さんに助けてもらうとは、思わなかった…)


リビングの一室で、エストリア(猫)は茫然と椅子の上で眠る兄の顔を見上げている。

昨日、朝まで帰ってこないと言っていた兄だが、その顔は遊んで帰ってきたというよりも、仕事をして疲れて帰ってきたような顔色だ。

遊び人遊び人と、街ではそう噂されているのに……、


(あんな兄さんの顔……初めて見たかも…)


今まで暮らしてきた中で、見たことない兄の顔。

いつも遊んでばかり、と言っていた自分の事を思い出した瞬間、ズキッとエストリアの胸の内に小さな痛みが走った。

罪悪感という感情なのだろうか…。

そんな事を思いながら、エストリアはもう一度、兄の顔を見つめ、


「にゃー」(よしっ…)


エストリア(猫)は行動を開始した。



** *



猫の肉球はとても柔らかい。

プニプニとした弾力、さらには力の入れ具合など、それは初めての経験だった。

リビングから一階に降りたエストリアは、商品棚から数種類の薬草を持ち運び、再びリビングへと戻ってきた。

数種類といっても、その数は三種類。どれも森で簡単に採取できる薬草だ。


「にゃ~」(さて……と)


エストリア(猫)はもう一度、自身の手を見つめる。

小さい上に、可愛らしい肉球。

どう考えても、この手で窯を使った調合は不可能だ。だが、何も調合は煮るという手法だけではない。

色々な手法がある中で、猫でもできるやり方があるのだ。


「ニャー……ニャ? にゃにゃ…」


先に用意しておいた容器に細切れにした(必殺ひっかくを使った)薬草を入れる。

次にさらに用意していた丸薬を使用するのだ。これはエストリアが作った回復道具の一つで、ポーションやエーテルのミニバージョンとも言える。

その大きさや調合工程もあって、本来の回復薬より少し劣った代物にもなってはいるが、それでも瓶入りのポーションといった所持数の減少を防ぐ役割を担っており、人気商品の一つとも言える。

だが、そんな、来は硬い形状を持つ丸薬も、作るのには数日という期間が必要になる。

それは柔らかい丸薬を長時間、乾かす工程で外に置き、外面を硬くさせる。

そして、丸薬は完成するのだ。


「にゃー……」


ただ、今回は猫ということもあって、外置きしてまだ一日目の丸薬を使用する。

完成期間は満たしていないこともあって、硬さはない。

猫の肉球でも十分捏ねれる柔らかさだ。


「にゃっ、にゃつ!」


ムニュムニュ、と容器の中で丸薬と薬草を捏ね合せ、時折、水を数滴入れて、また捏ねて、を繰り返し続けた。猫の声を入り混ぜながら…。

やっと完成した頃には、かれこれ一時間という時間が過ぎていた。



** *



にゃー、にゃー、と猫の声が聞こえる。

重い瞼を開かせ、目を覚ましたオストリアは唸り声を出しながら、固まった体を伸ばす。

と、そこで不意にズボンの丈が、グイグイと引っ張られていることに気付いた。


「ん? あれ、お前…」


そこには、こちらを真っすぐと見上げる一匹の猫がおり、その口に小さな丸薬が加えられていた。

そして、まるでそれを飲んでほしいと言っているかのように、猫は顔を上げ、それを示す。

一度は手を止めるも素直にそれを受け取ったオストリアは、最初は眉間を寄せていた。

だが、その物体が、妹が作っている丸薬であることに直ぐに気付き、


「これ…エストリアの」

「にゃぁー」

「……これを、飲めって言ってるのか?」

「にゃあ!」


人間似したように、頭を頷かせる猫。

しばし、茫然と固まるオストリアだったが、もう一度と丸薬を見つめた後、喉をゴクリと鳴らしながら、その丸薬を口の中へと入れ、唾で飲み込んだ。

初めは喉奥に苦い味が広がり、薬草独特の味がプラスされる。だが、次第に丸薬の効果が出てきたのか、体の疲れと同時に眠気が冴えはじめていく。


「んんっ? こんな丸薬、この店にあったか?」


ポーションやエーテルといった分類でしか丸薬はなかったはず。

それなのに、ポーションの効果に加えて疲労や寝不足が解消されたような効果が発揮されている。

首を傾げるオストリア。

だが、それも無理もない。

何故なら、この丸薬はエストリア(猫)が捏ね上げる際に入れた薬草によって、プラスされたオリジナルの丸薬なのだから。


「にゃぁーん」(えっへん!)


上手く行ったことに、得意げな表情を見せるエストリア(猫)は内心で小さく息をついている。成功したからよかったものの、やはり猫の体での調合は正直しんどかった。

腕も疲れ、四本脚で立つのも疲れてくる。

どこかで寝よう…、と一安心したエストリア(猫)はそのまま足を動かし離れようとする。

だが、そんな彼女の考えを無視するように、猫を体が突然と持ち上げられ、


「ありがとうな、おかげで疲れが飛んだよ」


兄オストリアの膝上で、頭を撫でられた。

労わるような手の動きに加え、普段からは想像できない優しい兄トーク。

突然の突然、思いもよらない事態に内心で顔を真っ赤にするエストリアは、弱々しい鳴き声を漏らしながらも、抗えず、そのまま撫でられ続けた。

この心地よさに、今度はこちらが眠ってしまいそうになるほどに……。


「お礼に、その汚れた体も洗ってやるからな」


と、兄の言葉を聞きながら。

そっか~……洗ってくれるのか~、と思いながら、エストリア(猫)は兄と共に浴室へと連れられて行く。






「………………………にゃ?」(え?)






だが、エストリアが現在進行形で起きている事態に気付いたのは、既に風呂の中。

それも服を脱いで裸となったオストリアに体を洗ってもらう寸前の時だった。


「にゃっつ!?」(ちょっ――――!?)

「こら、だから逃げるなって」


そう言いながら、オストリアは猫の体を優しく洗っていく。


「にゃっ、にゃああ!? にゃにゃ、にゃああああーん!!?」(訳語は想像にお任せします…)


そして、オストリアの手の中で、グッタリとした猫。

すると、その時だった。


「っ、なっ!?」


突然と猫の体が光を放ち、それは眩いものへと変わっていく。

オストリアは目をつぶりながらもその手を離さず、その間にも猫の体は姿を次第に変化させていく。

そうして、光はゆっくりと落ち着きを見せだした。


ぷにっ、ぷにっ、と。

そんな柔らかい感触がオストリアの手にはあった。



「あっ…ん…」

「…………………は?」



目を開く、オストリア。

その目の前には、一切の衣類を身に着けない、生まれたままの姿をしたエストリアが…、




「いぃぃぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッツ!!!!!!」




余談だが…。

妹、エストリアの得意とする魔法は、ウォーター・コントロールという液体を自在に操作する力を持つ。

そして、彼らがいるのは、風呂場であり、浴槽にはたくさんのお湯が溜められていた。



深くは語らないが、その数分後。

風呂場は完膚なきまでに崩壊し、その壁には人がのめり込んだような跡が残っていたという……。






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